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残り火よ、在りし日を燃やして 十二

夢は可燃物質



 蟻が象に挑むような些細な反撃。

 俺にとっては些細な一撃でもヴェルフリートにとっては違ったらしい。

 空気が変わる。


「ガァァアアアッ!」


 理性の感じられない雄叫びと共にヴェルフリートの体はぱちぱちと弾けるような音を立てて()()()


「ああっ!俺のもふもふが!」


 俺の夢が目の前で音を立てて弾けていく。

 あんなに艶やかだった毛は煙を上げてチリチリに。

 神聖さすら感じる美しい狼が焦げ臭いデカ狼に成り果てる。

 その姿はまるで何度も脱色して髪が傷んでしまったかのような……悲しい姿をしていた。


「ヴェルフリート……!」


 唇を強く噛み血涙を流す。

 目と鼻の先まで近づいていた勝利がすごい速度で離れていくこの有り様を見て誰が泣かずにいられようか。

 蹴って悪かったって、だから返してくれよもふもふを。チリチリじゃないのだ俺が求めているのは。

 

 そんな思いは露知らず、ヴェルフリートの全身を黒炎と黒煙が包んで行く。

 誰がどう見ても手遅れになったヴェルフリートは揺れる漆黒から足と顔だけを覗かせた。

 

 あぁ……どうしてこうなるのかなぁ……

 いいじゃないか、夢ぐらい見たって。

 なぁーんで見せた夢片っ端から折っていくかなぁ……

 そんなに夢を追うのは厳しいとでも言いたいのか?モフりたいっていうのはそんなに遠いものなのか?

 

「ヴェルフリート!俺が勝ったらあの綺麗な毛並み返せよ!」


「ゆ゛く゛ぞ゛」


「わぁ〜聞こえてなさそ〜」


 モチベーションのために一方的な宣言をかますも返ってくるのは焼け爛れた声。

 綺麗な声はどこへやら、肺が煤に塗れたようながなり声が響く。

 鋼鉄の肉体が焼け盛る様は明らかにヤバそうで、天地がひっくり返ろうが勝利は絶望的だ。

 だからってこんなテンション低そうな黒いだけの炎に俺の清く純粋なモフりたいという気持ちが、情熱が!掻き消されるワケにはいかない。


 噛み合い悪くエアリアルの効果が切れる。

 それでも俺のやる事は変わらない。弛んだ気持ちを頬を叩いて締め直し、いらない思考を端へ追いやる。

 

「モフみを捨てた力とやらを見せてみろよヴェルフリート!」

 

「燃゛え゛よ゛」


「へぇぁ!?」


 聞き覚えのある言葉から記憶の引き出しを開けるも眼前に広がる()()を見て情けない声が出てしまう。

 繰り出された()()は便宜上第1形態とでも言うべきなまやさしいヴェルフリートが擦っていた火の玉ブーメラン。

 しかし第3にして恐らく最終形態となったヴェルフリートが繰り出す火の玉ブーメランは次元が違った。


「デカすぎだろ!」


 人1人分ほどある巨大火の玉がいちにー……兎に角ヴェルフリートを中心に散開する形で放たれた。

 これを避けるのは容易い。というか以前よりかなり()()

 しかし俺の額には冷や汗が流れていた。


「戻゛れ゛」


「言われなくても!」


 やばいのはこれ、その数を増やして戻ってくるターン。

 何がやばいかと言えば弾が遅い事。

 つまりは……


「雷゛貫゛」


「相変わらず嫌な事ばっかり考えやがる……!」


 弾速が遅い事を活かした同時攻撃。

 前から猛スピードで飛んでくる燃える弾丸か後ろからゆっくりと迫る爆弾か、どちらかで仕留めようという算段。

 とはいえあくまで雷貫、しゃがんでしまえば──


「エアスライドォ!」


 考えるより先にエアスライドを発動、雷貫を迎え打つかのように斜め前の空いたスペースに一陣の風と共に雪崩れ込む。

 チクリと肌に刺さった死の気配から逃げるように動く。

 直後、ヴェルフリートが通ったルートに一本の線が……俺が頼ろうとしていた地面をまるまる焼き焦がして刻まれていた。

 

「ははは……まじかよ」


 乾いた笑いしか出てこない。

 火の玉ブーメランといい雷貫といい、第3形態ではこれまでの攻撃全部の判定が巨大化していると考えた方が良さそうだ。


 なにはともあれこれで位置関係は逆転。といってもこっちからは攻撃出来ないため挟み撃ちを抜け出しただけではあるが。

 大事なのは次のエアスライドを上げる事。緊急脱出ボタンを切らさない事だ。


「炎゛獄゛」


「うおっ」


 挟み撃ちの次は前と下からの攻撃。

 地面に入った亀裂は今までの倍以上、昇る火柱は太く高く……到底飛び越えるなど出来なさそうだ。

 

「炎゛獄゛、炎゛獄゛、炎゛獄゛」


 迫り来る巨大火の玉の隙間を縫って大地に走る亀裂から逃げ続ける。

 対処さえ間違えなければ当たる事はない。


「雷゛貫゛」


「はいエアスライド」


 流石に本体が加わると捌けないので空へトンズラする。

 状況リセット。ついでに火の玉ブーメランも消えた。

 ここから警戒すべきは第2形態のスタイル。

 マナポーションを飲み、上がったエアリアルの詠唱を始める。


「空を纏い──」


「雷゛貫゛、雷゛貫゛、雷゛貫゛」


「てぇ!?」


 詠唱なんてしている場合じゃない。

 前に体を投げだして3度の前転。なりふり構わない1番距離の稼げる回避方法でなんとか躱す。

 唱え始めた途端、狂ったように雷貫をぶっ放して来やがった。

 明確にこっちの行動に()()したような動き。


「CPUみたいなこともやってくるのかよ……!」


「雷゛貫゛」


 魔法を使おうとすると距離を詰めて妨害してくる……今のはあらかじめ決められていた速さだ。

 突然詠唱禁止の縛りをかけられた俺はみっともなく前転で雷貫を回避する。



「……っ!下!」


 本命はこっちか!

 背中に熱気と寒気を同時に感じて直感で飛ぶ。

 殺す気満々の一撃が地面を抉りながら振るわれる。


 今のは恐れていた下段の横薙ぎ。雷貫は距離を詰めるための手段でしかなかったという事。

 

「からの上ェ!」


 体勢を立て直した俺を狙うはもう1パターンの通常攻撃。

 上段から振り下ろしてくる凶刃に頭を下げることで対応すれば、殺す気満々の一撃が頭上、肩とスレスレを通った。


 ホッとしたのは一瞬だけ。

 ヴェルフリートは振り下ろした凶刃を燕返しの要領で翻す。

 その挙動は今までに見たことのない下から抉り込むような鋭い一撃。


「っぶねえ!」


 地面を蹴りつけて急いで凶暴な爪から距離を取る。

 初見殺し、それも合図のない通常攻撃で焦ったがギリギリ間に合った。

 飛び退いた俺の体は着地と同時に地に伏した。


「あ、れ……?」


 興味を失ったかのように明後日の方へと歩き出すヴェルフリートの後ろ姿を見て理解する。

 どうやら俺は死んだらしい。


 ……確かに避けたと思ったんだがなぁ…………


 全損したHPと胸元に残る4本の焼け跡を見て悟らずには居られない。

 通常攻撃もまた判定がデカくなっていたようだ。


 ……やっぱり通常攻撃が必殺技じゃないか?



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