残り火よ、在りし日を燃やして 十一
遅くなってしまいました!
現実に逃げ帰ってきた俺はだるい体に鞭を打ち起き上がる。
時計を見れば7時に針。
ラッキーなのかアンラッキーなのかよくわからない夢を経て、俺はいつも通りの時間に起きた。
いつもと違うところがあるとすれば……
「……さっっっむ」
ガンガンに効いた冷房に寝起きのダブルコンボで体は夏だと言うのに驚くほど冷たい。
寝落ちの弊害というかバカのツケと言うべきか、最低温度にしたまま寝てしまったせいだ。
ほら、家に1人だと普段出来ない事とかやりたくなるだろ?ちょっと贅沢したりだとかさ。
今回たまたまそれが裏目って極寒の部屋が出来上がってしまったワケだが。
居ても立っても居られなくなった俺は出口を求めて扉を開け放つ。
「あっっづぅ……」
なんだこれ、地獄か?
常夏の島ハワイなんて比にもならない。
開け放った事で繋がった外の世界はおおよそ人の住める環境になかった。
ジリジリと肌を焼くような暑さに凍えていた体が汗を噴き出す。
地獄の温度差。せめてカラッとした暑さならばまだ耐えられたかもしれない、しかしこれは……夏の暴力だ。
「し、しぬ……」
「っぷはぁ!生き返る〜」
危うく夏に殺されかけた俺は風呂場にエスケープ。
一命を取り留めて風呂上がりの冷えたメロンソーダで生を実感する。
サンキュー小夏、お兄ちゃんもいま急激にメロンソーダを好きになってきたぞ。
「……俺も旅行ついていけばよかったかな」
カレーのない純粋なメロンソーダの味に、クソ犬に汚染される前の綺麗な夢を思い出す。
煌びやかなビーチ、心地良い雰囲気、手を振るお姉さん、スルーされる俺、恥ずかしさで死ぬ俺、バケモノになった俺。
……あれ?全然嬉しくないなこの夢。
「カムバック小夏ーっ!」
思えば小夏に会えた事以外ロクでもない夢だった。
行きたかったのは海外旅行じゃなくて小夏というオアシスだったかもしれない。
もちろん叫んだところで帰ってくるはずもなく、ただ蒸し暑い夏が肌を焼くだけだった。
あー、飯食ってドラグラしよ。
「リベンジだクソ犬ゥ!」
ドラグラの世界は降り立ち開口一番俺は思いっきり吠える。
正直バカが考えた理不尽な攻撃も寝た事で割とどうでも良くなったので恨みといえば小夏とのバカンスを破壊された事ぐらいしかないのだが、この暑すぎる夏の憂さ晴らしとしてサンドバッグになって貰う。
相変わらず奇異の目が刺さるが気にしない。
腹を満たした俺は最強状態。
鬼に金棒、武士に刀、俺に満腹。今なら何も怖くない。
「うおおおおおおお」
大声を上げて街を大爆走する。
準備なら昨日の俺がしてくれている。
今日の俺はノンストップで駆けるのみだ。
それに今日はコンディションがいいだけじゃない、俺は進化を遂げたのだ。
昨日は逃げる事で精一杯だったが今日の俺は一味違う、なんてったって新しい魔法エアリアルが俺にはあるからな。
付与する形で発動されるエアリアルは俺に足りない足を外付けで補ってくれる。
足りない足が揃えば何が出来るのか?
「インファイトするのも久しぶりに感じるな〜」
槍の雨に等しい即死攻撃を全部避けて殴り返せる……はず。
リスクを自信でカバーする綱渡り戦法を使う時が来た。
バカみたいな攻撃をしてくるやつにはこっちもバカになるしかない。
1発当たったら即負け?当てれるものなら当ててみろって話だ。
「うおおおおおはようございまぁす!」
「やけに元気だなお主」
土煙を立てて爆走してきた俺はヴェルフリートを見つけるなり朝の挨拶をする。
満腹により上がり切ったテンションは留まるところを知らず、部活並みの大声が出る。帰宅部だったけど。
「今日の俺は一味も二味も違うんでな!」
「ほう?ならばその自信、ワタシが砕いてやろう」
活きのいい発言を聞いたヴェルフリートは少しばかり距離を空け臨戦態勢に入る。
話が早くて助かる、さあ存分にやろうじゃないか。
「よしこい!」
「ゆくぞ」
周囲に殺気が満ち、ヴェルフリートは体を低く落とす。
昨日やられた雷貫と見せかけた黒煙を使う動作だ。
ただ性格の悪いヴェルフリートの事だから今度は雷貫かもしれない。
辺りが一瞬静まり返った時、誰が言ったわけでもなく俺たちは同時に動き出した。
「こ──」
「炸裂しろ!」
警戒すべきはもちろん黒煙。
ヴェルフリートが魔法(物理)タイプであると発覚した以上、暗闇の中で戦うのは避けたい。
雷貫はなんとかなるだろうが炎獄が見え辛くなるのがやばい。
故に今回は出来るだけ張り付いて黒煙を打つ隙を与えない事が目標だ。
2文字目を紡がせる前にイグニスプロードを発動、牽制する。
「空を纏いて」
「炎獄」
エアリアルの詠唱を始めると足元に亀裂が走る。攻撃の合図だ。
煙のように立ち昇る真っ黒な火柱を一歩下がって避け、詠唱を継続する。
「我が想いを──」
「雷貫」
悠々と言葉を紡ぐ俺を止めるため、ヴェルフリートは爪を妖しく光らせる。
しかしそれを出すには準備が足りなかった。
初見ならまだしも何度も見た攻撃、黒煙をチラつかせられる事もないただの雷貫を放つには少しばかり距離が開きすぎている。
頭の中の対策メモを元にしゃがんで頭上を通過する凶刃をやり過ごす。
「──為せ」
「雷貫、雷貫」
見えなくともヴェルフリートの狙いが手に取るようにわかる。
プレイヤー顔負けの狡猾な手法も使ってくるが、雷貫に関してはかなり素直だ。
右に転がり中心を狙った突進をギリギリで躱す。
勢い殺す事なく地面を蹴って斜め後ろに飛び退く事で回避。
行き場を失った凶刃は一筋の煙を残して空を切った。
「飛翔せよ!エアリアル!」
詠唱を終えエアリアルを発動。
風の渦が俺の体を取り巻いて、地面から浮いたような感覚に陥る。
「なるほど、これなら確かに飛べそうだ……!」
今から30秒間、俺が主導権を握る番だ。
軽くなった体で開いた距離を一気に詰める。
効果は絶大で5回は足を回さなければ行けない距離がたったの一歩で行けてしまう。
「炎獄」
「最っ高!」
行手を阻むように燃える火柱を俺は軽々、鉄棒でも回るように一回転して飛び越える。
ヴェルフリートはあんぐりと口を開いて驚くがそれも一瞬、すぐに着地狩りに切り替えたようで立派な爪を振るう。
それを空中で体を捻り回す事で無理やり回避する。
「雷貫、雷貫、炎獄、炎獄、雷貫」
「慌てるにはちょっとばかし遅かったんじゃねえかァ!?」
単発では通用しないと悟ったのか、ヴェルフリートはとにかく技を繰り出す昨日のスタイルに移行した。
昨日よりも苛烈さを増した連撃も対処法を覚えれば簡単。
炎獄は安全が確保出来ている前方に抜ける事で避け、雷貫は俺の心臓目掛けて飛んでくることさえ覚えていれば上体を大きく逸らすだけでも避けれたりする。
むしろ1番やばいのは間に挟まれる名前のない通常攻撃。
無言で行われる攻撃の割には発生が早く、上段からの振り下ろし、足を狙った下段の横薙ぎと2パターンあって対処が異なるため非常に厄介、その上読み間違えれば1発アウト。
もはやそれを必殺技と言ってほしいところだ。
「雷貫」
ここまで来れば雷貫はボーナス行動、突進を闘牛の要領で躱しバックステップで追従、脇腹に1発蹴りを入れる。
初めて反撃に成功するが……
「かったぁ!?」
鉄でも蹴ったのかと疑うほどヴェルフリートは硬かった。
もふもふの毛の奥には鋼鉄の肉体が隠されていたらしい。
これと殴り合い?流石に勝てるイメージが湧かないな。
ここは当初の目標、盛大にモフって一矢報いる方向にシフトだ。




