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残り火よ、在りし日を燃やして 十



 燦々と照りつける日差し、マリンブルーの波が寄せては返し、キラキラと輝く砂浜はどこまでも続いていた。

 ……夏だ。

 ポカポカする体、一定の周期で聞こえる波の音。心地が良い事この上ない。


 波風と共に人の声が聞こえてくる。

 耳をすませばその声は笑っていたり感動していたり、何故か聞き取れる英語だったり。

 いつの間にか辺りはどこからか湧いてきたサングラスにラフな格好をした人で溢れていた。あ、水着もちらほら。

 

 あっちではバレーボール、こっちではトロピカルなジュースを飲み歩き。

 波を待つサーファーにビーチパラソル、至る所に外国人。

 瞬き一つすれば目の前に円形の影が落ちる。

 どうやら俺もビーチパラソルの傘下にあったらしい。

 あ、背の高い金髪のお姉さんが笑顔でこっちに手を振ってる。

 もしやこれはナンパ?いやいやそんなまさか、あんな綺麗な人が俺に用があるわけがない。

 きっと何かの見間違い、もしくは蜃気楼だ。次に目を開けば跡形もなく綺麗に……

 

 ……ってなんかどんどん近づいてきてない!?

 距離が近づく事で今度はハッキリとわかる。間違いなく俺目掛けて歩いて来ている!

 嘘だろ?今って夏で合ってるよな?


 人生初ナンパ、しかもこの綺麗な砂浜で?

 最高のロケーションに胸が高鳴る。

 存在したのか、こんなキラキラ展開が……!

 

 ビーチパラソルの下にいるはずなのに熱い体を仰ぎながら、未だ手を振ってくれているお姉さんに手を振り返す。

 あ、笑った!しかも照れてる!


 え?そのギャップはズルくないか?

 突然の確定演出に体温が急上昇、このままじゃ熱中症になってしまう。

 やばい、急激にこのはにかむお姉さんがかわいく見えて来た。

 

 接近するに連れどくどくと揺れる心臓を手で抑え、意を決する。

 タイミングはあと……あーもう3秒もない!

 

「は、ハロー?」


 予行演習無しに絞り出したその言葉は聞くに耐えないほど上擦っており、俺の体を耳まで真っ赤に染めた。

 うわああああミスっ……あれ?


 ややフライング気味に放った挨拶はお姉さんの耳に届く事はなく、お姉さんは満面の笑顔のまま俺の横を通り過ぎて行った。

 あのー?お姉さーん?お姉さーん!?


 俺は盛大に転けていた、頭から。

 ビーチパラソルの庇護から飛び出してしまった砂浜はヤケに熱かった。


 いやさ、わかってたよ?俺じゃないって。蜃気楼を疑うぐらいにはない話だってわかってたよ?だいたいなんで俺こんなところにいるのかもわからないしビーチパラソルの下でボケーっとしていただけだし?

 でもこんなに陽気な場所ならそんな魔法みたいな事もあり得るのかと思っちゃうじゃん夏の魔法的な何かで。


 あー太陽でもそこの頭にサングラス乗っけてカッコつけてる人でも誰でもいいから殺してくれー。



「わっ、おにいちゃん何してるのこんなところで!?」


 しばらく死んでいたところ、頭上から元気な声が聞こえた。

 この無邪気で元気な声には聞き馴染みがある。

 俺の兄妹のかわいい方であると共に我が家の癒し担当である我が妹。


「あ、ああ小夏(こなつ)か、お兄ちゃん今ちょっと死んでるんだ」


「えぇっ!?死んじゃったの?ここ熱いよ?生き返ろ?」


 なんたる事か、勘違いして蒸発した俺に手を差し伸べてくれるというのか。

 心の中で小夏の評価を更に上方修正しながら起き上がる。

 げ、砂だらけだ。


「もうこんなに砂付けちゃって……おにいちゃんハワイだからって羽目外しすぎたら、めっ!だよ?」


 ここハワイだったんだ……

 衝撃の事実を知らされながらせっせこ砂を払う。

 こういう時に当たり前のように手伝ってくれるのが小夏が我が家で癒しと言われる所以だ。

 

「はいこれおにいちゃんの分のメロンソーダカレー」


「あ、アリガタクイタダキマス」


 どこからか突然現れた名前からしてやばいそれを受け取る。

 全てにおいてかわいい我が妹小夏にも一つだけかわいくないところがある。

 お父さんに似たのかこの壊滅的な……イカつすぎる食事だ。

 曰く「好きなものは何にかけてもおいしい!」だそうで、よくこうしてバケモノの食事が生み出される。

 今はメロンソーダがマイブームのようだ。

 天よ、どうして天使に二物を与えてはくれないのですか?いいじゃん、別に完璧でも。

 俺にこのかわいい妹を否定するなんてとてもじゃないが出来ないので、泣く泣く俺もバケモノとなる。

 うぅ……


「おにいちゃんはなんで死んでたの?またゲーム?」


「いや、今回は……」


 正直に答えようとして()()()()()

 食以外のことで俺が小夏の言葉に引っかかるなんて珍しい。

 ()()()()()という言葉に少し呆れたものを感じたからだろうか。

 いや小夏に限ってそれはない。

 俺が忌まわしき姉にゲームのクリアを押し付けられて死んでいようと格ゲーであったまってボロ負けして死んでいようと洗濯機に靴下投擲チャレンジとか言って丸めて投げ入れているところを見られて死んでいようと毎回付き合ってくれるのだ、このまたには他意は一切含まれていないはず。

 となるとなんだ?


「どうしたのおにいちゃん?難しい顔して」


 いや待てよ、ゲーム?

 そういえば昨日までバリバリやってたじゃん、エアリアル使うためにゴーレム踏みまくってマナポーションがぶ飲みして……そうそうあの馬鹿げた攻撃をぶっ放してくるクソ犬に勝つために一日中……


「あれ?俺どこでログアウトしたっけ?」


 覚えている限りの軌跡を辿る。

 確か減った腹を無視してゴーレムを狩ってたらそのうち空腹のピークを通り過ぎて……街に帰ってインベントリの整理をして……疲れたから気晴らしに街行く人の数を数えて……それからどうなった?

 400ぐらいまでは記憶がある。ムキムキの筋肉がドレスを着ているプレイヤーが441だった事は覚えている、そこで辞めたような気もするし続けたような気もする。


 ……もしかして寝落ちした?


 思考の海に耽っているといつのまにか辺りにはハワイのハの字もなくなっており、小夏も居なくなっていた。

 代わりに広がるのは走馬灯のように広がる断片的な映像。

 ここまで来れば流石にわかる、これ夢だ。それも多分明晰夢の類。


 ……カムバック小夏〜!


 夢の時間を取り戻すべく心の中で叫んでみるも風景は変わらない。

 目に入るのは真っ暗闇から突如噴き出す火柱、地面に衝突した俺を見下ろして弧に歪んだ口、ボール遊びでもするように俺を転がす即死攻撃。



「全部クソ犬じゃねえか!」


 大聖堂と始まりの竜原を繋ぐ道の傍ら、最悪の寝覚めで意識が覚醒する。

 いきなり大声で叫びだしたヤバいやつを見る目が一つ、二つ……たくさん向けられ、居心地の悪くなった俺はそそくさとログアウトした。



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