ロマンを追う二兎、一兎に追われる
捕まえた我が半身、アルボをもふりながら隠し通路を進む。
幅にして手を広げた人3人分ぐらいだろうか、太くも長い石畳の通路は突き当たるまで進めば下に続く螺旋階段があった。
下の階に進むに連れ、壁や天井にドラゴンや火を崇める人々の絵が見られるようになる。宗教的な壁画からはここが大聖堂の地下である事を実感させてくれる。
入る時にも聞いた不気味な甲高い声と爆発音が時折響いて来て、この通路に得も言えぬ怪しさを醸し出していた。
「あーこの感覚、なんというかこう、胸の奥底でパーティが開かれているようなそんな感じの。いよいよゲームを始めたって感じがするな」
新しいゲームを始めた時特有のドキドキとワクワクがセッションしている感覚が目的を持って動き始めた今、胸の奥から湧いてくる。
ゲームはこうでないとな。平凡にリアルを過ごしていては味わえないドキドキにワクワク、スリルとロマンが味わえてこそゲームってものだ。
それは6階へと足を踏み入れた時。
ドコドコと猛獣でもいるのかと錯覚する足音を立てて何かがこちらに走ってくる。
アルボをしまい、前方の暗がりから急接近してくる足音に対してファイティングポーズを取って構える。
「かかってこい、闘牛なら得意科目だ!」
こちとら越冬とは言えコロシアム上がりだ、突進してくるやつの捌き方は頭に入ってる。
……引きつけて横っ腹を叩く。
道中、ドキドキさせると共にワクワクさせた音の正体、さあ見せてみろ!
「たすけてえええええええ!!!」
「…………は?」
……軍服に身を包んだ謎の物体が血と絶叫を振り撒きながらこっちに走ってきた。
え、ホラゲー?
あまりの状況に目眩がする。理解してしまっては絶叫を振り撒きながらこっちに爆速で走ってくる血塗れのヤベーやつを助けなければいけない気がする。
いや、血塗れと言っても赤いポリゴンだしどちらかと言えばモザイク塗れというべきか?
脳が理解を拒み呆然と立ち尽くしていると、ヤベーやつは一瞬にして俺の横を走り抜ける。
走り去るかと思いきやすぐに俺の後ろに隠れる。
この仄暗い通路で会敵した瞬間に横を抜けて俺を肉盾にするだと?
こいつ、慣れすぎだろ……!
「おいおまっ、なにして──」
「前見るっス前前!」
遅れること数秒、鈍い音が地面を揺らしながらやってきた。
目の前のそれはところどころ爆発したような焦げ痕を付けており、その体は石で出来ている。赤く光る双眸は天井スレスレだ。
「おいおい嘘だろ……?」
石の牛というにはデカすぎる。というか最早石の塊だ。岩だ。牛というなら後ろのヤベーやつの方がまだそれっぽい。
赤い双眸に人型の石の塊を動かす。格ゲーには無縁の存在だがたくさんのゲームで登場するこいつはもしかしなくてもゴーレムだ、それも臨戦態勢の。
……来るっ!
ガシャンと俺の存在を認めると同時にデカすぎる手を振り上げた。
死を直感し、咄嗟に前へ跳ぶ。
すり抜け様に脇腹に一発叩き込む。
……全然足りない。
そのまま身体を回し、壁を蹴って石の背中に飛びつく。背中を足場に宙に跳ぶ、天井スレスレを回りながら遠心力を乗せた蹴りを振り上げた方の肩にぶちかます。
少しは効いたらしくゴーレムはバランスを崩し、力任せの一撃と共に倒れ込み通路を揺らしながら地に伏した。
「うわあああ揺れるっスうううう」
「今のうちだ!そいつ飛び越えてこっちに来い!逃げるぞ!!」
倒せた気配はないが確かな手応えを胸に走り出す。
越冬で鍛えたアクションスキルはドラグラでも思った通りに使えるらしい。
俺、このゲームやっていける気がする。
一向に聞こえない鈍い足音に一度転んだら起き上がれないのか?などと思いを馳せながら血塗れのヤベーやつと呑気に地下探検を続行していた。
「で、なんで逃げてたんだ?」
ただいまより事情聴取を始める。顔面にモザイクかかってるし丁度いいだろう。冷やされた肝の分、キッチリ聞かせてもらおうじゃないか。
「ゴーレムに追いかけられてたからっス!」
「名前は」
「一撃のセピアっスね」
え、なんで名前に二つ名が?というかそこまで名前なの?
「その名前にした動機は」
「二つ名ってかっこいいじゃないっスか!」
「それはわからんでもない」
かっこいいからか。確かにかっこいいけども、普通名前に入れないだろ。せいぜい自称であれよ。
いや……むしろMMOだと一般的なのか?規格外のゲームだ、それもあり得るか。
「犯行に至った経緯は」
「犯行ってなんスか!?っていうかなんでさっきからこんな取り調べみたいな感じなんスか!?」
一撃のセピアは……名前が長くて呼びにくい顔面モザイクマンはシラを切った。
犯行に心当たりがないらしい。まじで?
「人を見るなり肉盾扱いは凶行の類だろ。こちとら通行人Aだぞ」
「ぇ、あーいやぁ……これには深〜いワケがあってっスね……」
顔面モザイクマンは情状酌量の余地があると主張し始めた。
どうやら俺と同じように目的もないので如何にも何かありそうな大聖堂を漁っていたのだとか、すると隠し通路があるじゃないか。俺と同じようにうっきうきで進むと前からモンスターが!目に入るもの全てに発砲していたところたまたま目の前にいたゴーレムに当たってしまったらしくこうして逃げる事に……
「うーんギルティ」
「なんでっスか!?」
なんで?なんでと来たか。確かにここに来た理由もここに来てからの立ち回りも俺でもそうするっていうものばかりだった。俺とお前はほぼ同じだ。
しかし今の話ではこう言ってるのと同じだ。
「肉盾にする必要なかったじゃねえか!」
「それは!……癖っスね」
モザイクで何一つわからないが照れくさそうに頭に手を置く姿はテヘペロと言ってるに違いない。
癖と来たか、その言葉を出されてしまえば仕方ないと言うしかないのがゲーマーの悲しい性だ。話を聞く限りFPSあたりのゲーム出身のようだしな。
俺が隙を晒した敵に最大コンボを決めたくなるのと同じように、人が遮蔽物にしか見えない時だってある。……あるか?
疑問は残るが情状酌量の余地ある、よって。
「案内役の刑に処す」
「案内役っスか!?私が?」
有情と言って欲しいところだ。初心者を肉盾にしたのだから。
リリース直後だからお互い初心者か?いやでもこっちは初期装備なんだ、格が違う格が。
「俺だってバトルを楽しみにここまで来たんだ、ちょっと周りを見てくれよ、狩り尽くされてるじゃないか」
「あ〜!私の武勇伝が聞きたい感じっスね!」
「部分的には合ってるけど!そうじゃねえ!」
違うんだ。どんなモンスターがいたとか実験があったかとかそういうロマンある話が聞きたいのだ。
「そっスね〜、ここにいたモンスターはみんな体から鱗とか尻尾とか生えてて気味悪い系だったんスけど、私が全部沈めたっスね」
地下で出会う気味が悪いモンスターか、なかなか雰囲気出て来たな。
いいぞ、その調子だ。まさしくそういうが気になってたのだ。
「それでそれで?」
「それでも何も沈めて終わりっスよ?」
「終わり!?もっとこう……こいつはちょっと強かったとかあいつの攻撃は面白かったとか!」
必死に情報を引き出そうとする俺を見て少し悩んだ素振りを見せ、肩を竦めた。
「私、出会って3秒以内でヘッドショット決めて倒しちゃってたのでよくわかんないっスね〜、『一撃』のセピアなんで」
そう言ってドヤ顔でマスケット銃に酷似した銃を見せびらかしてくる。
お?初期装備の俺への当てつけか?
俺はジト目で対抗する事にした。
「……それじゃあモンスター以外でなんか面白いところとかは?」
「あ〜、あるっスよ!多分もう直ぐっス!」
イチオシのところがあるようだ。よかった。何もなかったら発狂して引き返すところだった。
石畳の続く道に一つ、木製の扉で区切られた部屋があった。
「あっ、ここ実験室っぽいとこっスね!医療器具とか変なエレベーターみたいなのがあって、中にいっぱいモンスターがいたんスよ!流石にびっくりしたっスね〜、あとゴーレムと出会ったのもここっスね!」
顔面モザイクマンはテンションを上げて教えてくれる。
そうそう、待ってましたァ!怪しい地下通路と言えば実験室の一つや二つあるべきだ、わかってるじゃないかドラグラ。
思いがけないドラグラのノリの良さにうっきうきで扉を開く。
「全面モザイクじゃねえか!」
教育によろしくないとでも言いたいのか実験室と呼ばれる部屋はモザイクに塗れていた。
説明を受けたからかろうじて何の部屋かはわかるものの大惨事だ、視認性がどうとかいう次元じゃない。
「あ〜……もしかしてチュートリアル受けてない感じっスか?」
「チュートリアル?受けたはずだが」
「ちゃんと聞いてなかったんじゃないんスか?設定開いてポリゴン表示を滑らかにのバーをマックスまで動かせば快適っスよ〜」
言われるがままにメニュー画面を開いて設定をいじる。なんだかサポートセンターみたいだ。
バーを振り切った瞬間、そこかしこに散らばっているモザイクも顔面にかかっていたモザイクも、砂が落ちるように空に溶け出してゆく。
ついに顔面からモザイクが剥がれると、そこにはクリーム色の髪とゴーレムによく似た真っ赤な目が出てきた。
「おおっ!ほんと……お前、人だったのか」
「なんだと思ってたんスか!?」
「顔中モザイク塗れだったからつい……それじゃあ改めて、俺はヨバル。よろしくなイチノセ」
「イチノセ……?」
「俺が今つけたあだ名、一撃のセピアでイチノセ、悪くないだろ?」
「おぉ〜!なんかそういうのかっこいいっスね!」
我ながらなかなか良いセンスをしていると思う、顔面モザイクマン改めイチノセと盛り上がっていると、乗降装置の方からギギギという音と共に鈍い音がした。
「な、なあ、今の音聞き覚えないか?」
「あ、あるっスね……これは……」
鈍い音はやがて数を増し、際限なく溢れ出した。
「「ゴーレムだああああああ!!!」」