残り火よ、在りし日を燃やして 九
初見殺ししていいのは殺される覚悟のあるやつだけ
理想的な初見殺しを決めた俺は焦るヴェルフリートの姿を真上から眺めニヤついていた。
まさか開戦と同時に決着がつくなどとは思うまい。
格ゲーマーもカレーも再戦から本領を発揮するのだ。
いくら強かろうが移動縛りで勝てるほど2日目の俺は甘くない。
あまりプレイヤーをナメるなよクソ犬。
お前は調子に乗って手札を見せすぎた。
対人戦なら一度見せた手札は散らして使うべきだぜ。
……まあここは1つ、勉強代として大人しく俺にモフられやがれ。
差し迫る漆黒の毛を前に俺は思いっきり両手を広げる。
目と鼻の先にヴェルフリートを捉えた時、突然目の前が真っ白になった。
「は?」
振るった腕が空を切り、突然現れた地面に面を喰らう。
タッチの差で避けられたらしい、俺は間抜けな顔を晒して地面に衝突した。
「ぶげえ」
痛みこそないものの、顔から行った精神的ダメージはそこそこのものだ。
それより今はヴェルフリートなる裏切り者についてだ。
お前……縛りプレイをしていたはずでは?約束こそ交わしていないけどあるじゃん、紳士協定的な暗黙の了解的なやつが。
普通に動いて避けやがった。そんなに嫌かモフられるのが。
俺は顔を上げ、恨みがましくヴェルフリートを睨んだ。
「上にいたか、これは一本取られたな」
道ゆく小学生程度ならチビらせれそうな目で睨むもヴェルフリートは涼しげで……目を細めてカラカラと笑っている始末だ。
最初から掌の上で転がされていた気分だ。
しかしそんなはずはない。確かにヴェルフリートは俺を見失っていたし、今だって一本取られただなんて言っている。
つまり俺がコンマ数秒でも早ければガッツリ掴めていたワケで。
自由落下しているが故に逃した勝利。
とはいえ俺目線ではこれが最善、それだけに壁の高さを実感する事になった。
「……お前、動きたくないんじゃなかったのかよ」
「出来る事ならワタシもお主相手にはこれだけで行きたかったのだがな」
クレームをつければヴェルフリートは黒い火の玉を周りに浮かべそう答えた。
その口ぶりからはまだまだ手札がある事が察せられる。どうやら奥の手は4枚下ろしだけじゃなさそうだ。
「はっ……俺相手に手抜いてる暇なんてないぞ」
「そのようだな、仕切り直しと行こう」
今度は距離もそこそこ俺へと向き直ってくる。
隠し札は先程までの遠距離ではなく中距離での攻撃と言ったところか。
重要とは言えただのNPC、バランスなんてものがあるのかはわからない。
しかし普通に考えれば黒煙、炎獄を始めした遠距離攻撃に対し、中距離攻撃は発生も早く隙も少なくなっているはず。
俺は頬を叩き気合いを入れ直す。
「よし!こい!」
どんな攻撃だろうが初見で攻略してやる!
「雷貫」
発せられた言葉が俺の耳に届くより早く、ヴェルフリートは前に飛んだ。
「ほわぁ!?」
お前中距離はおろか魔法タイプですらないのかよ!
黒く妖しく光る爪は心臓を貫かんと死の直線を描く。
全くの想定外の挙動に正常な回避行動を取れず、固まる脳を差し置いて体だけが死を察知して膝を曲げた。
目の前を仄かに焦げたニオイのする漆黒の巨躯が駆け抜ける。
流れ星の如く駆け抜けたヴェルフリートは攻撃の爪痕を一筋の黒い煙という形で宙に残した。
当たれば間違いなく即死。
土壇場で曲がってくれた膝は俺に出オチをやり返されるという恥も回避してくれた。
とはいえ今の体勢も相当に恥ずかしい、一言で言い表すならリンボーダンスに失敗したヤツだ。
「ちょっ、まっ──」
「雷貫」
「まてまてまてまて!」
詰みかけの体勢に容赦なくトドメの声が響く。
上体を起こして退避するには時間が足りない。
エアスライドを発動し、シュールな体勢で一陣の風と共に地面を滑る
あの野郎。通過したかと思えば一瞬にして切り返してきやがった……!
「雷貫」
「もう当たら──」
「炎獄」
「それは聞いて、ぬぁい!」
離れようが弾丸よろしく一瞬にして距離を詰めて来る。
距離感がバグっているヴェルフリートは俺が避けるのに精一杯なのを良い事に炎獄まで打ってくる。
亀裂を確認して昇り来る火柱を避ければすぐそこに妖しく光る爪。
振り下ろされる爪に逆らわず、斜め下……これから死の3本線が引かれるはずのスペースに倒れ込む事でギリギリ回避する。
背筋を物理的に撫でる死の風が俺に死刑宣告をする。
「炎獄、炎獄、雷貫、炎獄」
逃げ先を潰すように立ち昇る火柱を急ブレーキを踏んで対処する。
足を止めればヴェルフリートが目と爪を光らせ弾丸と化して襲いかかってくる。
幸い雷貫は見てから姿勢を腰より低くすれば当たらない。
しかし今度は死角の増えた地面から立ち昇る火柱がある。
位置が悪ければ画面外から多分ワンパンされる。
理不尽な猛攻を命からがら回避し、やっとの事で距離を取る。
まともに付き合ってられるかこんなやつに。
かかされっぱなしの冷や汗を拭い、ファイティングポーズを取る。
雷貫とやらもダメージ判定があるのは恐らく黒光りの爪だけ。
直線攻撃だったらヴェルフリートだろうがバウンピッグだろうが闘牛となんら変わらない。
なに、見てからしゃがめるのだ、サイドステップ踏んで横から飛びつくぐらい簡単だ。
文字通り凶暴な狼と化したヴェルフリートを前に呼吸を整える。
ミスれば大きな不利を背負う。外した先は想像に難くない。
「大丈夫、猶予なんて2フレームもあれば十分……だろ?」
ちょーっと難しいコンボと何も変わらない。落ち着いてやれば出来る。
瞬き1つせずヴェルフリートの動向を見る。
あれだけの猛攻をしたにもかかわらず息は微塵も上がっていない。
それどころか殺気に溢れている。
足を広げ、体を落とす。
僅かに口を開き息を溢す。
……来る!
「ここだぁー!」
「……黒煙」
「えぇっ!?」
あれだけ構えといて黒煙?嘘だろ?
傾く体を無視して慌てて設定を開く。まだ立て直せる。
色覚サポートを入れ──
「雷貫」
「ぁ、やべっ」
後手に回った俺は見事に動きを誘導される。
ぽつりと零れた黒煙の文字は俺を釣るためのフェイク。
構える敵の前で設定画面を開き硬直するバカを黒く光る爪が無慈悲に貫いた。
「バカじゃ……ねえ、の……」
当たり前のようにHPは全損し、全身から溢れ出るポリゴンを尻目に文句を垂れるしかなかった。
本気で来いとは言ったけど、誰がここまでやるのかね。
脳裏に理不尽な攻撃の数々をフラッシュバックさせながら、興味なさげに立ち去るヴェルフリートの後ろ姿を見送った。




