残り火よ、在りし日を燃やして 七
少し長くなってしまいました
スーパーレベリングとは言ったものの目的地まではあともう少しだけある。
6階に足を踏み入れた時、空気が変わった。
「なんか……嫌な気配がします」
「だな」
以前は感じなかった生ぬるい空気、異臭とまではいかないが鼻を撫でるような不快なニオイ。
アルボが嫌な顔をするのも仕方ない。俺もアルボから見たらこんな顔をしているのかもしれない。
この前はイチノセと遭遇したからそれどころじゃなかったが、そういえばここはそういう場所だった。
「ロマンあるとは言ったけど実際に関係者側になると嫌だなこのきな臭さ」
表向きはクリーンだけど実はヤバめの組織でした!なんていうのは心躍る展開だが、画面を介していないとこうも違った感覚になるとは思ってもみなかった。
不快なニオイや生ぬるい空気のせいか?
なんにせよ俺の金クエ事情は芳しくない。
地下に実験場を抱える大聖堂、地雷のバーゲンセールである聖女、狂気の産物、取り戻すという言葉から恐らく救出系のクエスト……うーんフルハウスかな?
どう考えても怪しいのはこっちなのでヴェルフリート側についたのは面白半分とはいえ正解だったような気がする。ナイスだ過去の俺。
「うーん……」
「どうしたんですかご主人?」
「いやな、ちょっとボスについて考えてたんだ」
「ボス、ですか?」
そう、ボス。
不思議そうに俺を見上げるアルボに指を立てる。
「いま俺の受けてるクエストがお嬢様を助けてください!みたいなそういう感じのものでさ」
「そうなんですか」
「で、多分そのお嬢様とやらが実験に大きく関わっているんだ」
「は、はぁ……」
「重要人物を取り上げようとすれば当然顔真っ赤にされるだろ?その時止めに来るやつがボスだと思ってな」
恐らく実験をやっている研究者的なやつが出てくるに違いない。
しかし研究者と言えば自分では戦わないだろう。
そこで俺を待ち受けるボスは……ぼくのかんがえたさいきょうの実験生物ってところか。
整理がつき、ひとりで納得しているとアルボが申し訳なさそうに手を上げた。
「ご、ご主人、その実験っていうのはどこから出て来たんですか?」
そういえばアルボは知らなかったか。
イチノセ曰くここ地下6階には実験室がある。
そして……
「丁度出て来たみたいだな」
「どわあああ!ご主人!なんですかあの気持ち悪いのは!」
……気味の悪いやつがいる。
奥の方から現れたそれらは聞いていたよりも気味が悪かった。
──崩れゆく残塊Lv.7
「おいおい生物ですらないのかよ……」
あまりにもあんまりな名前に引いてしまう。
しかし名前とは別に見た目は未だ原型を感じさせる程度には保たれていた。
キメラよろしく色々混ぜられているこいつらにも共通点があった。
剥がれ落ちて残ったかのように点在する鱗にボロボロの片翼、再生に失敗したかのように見える歪な尻尾。
乱雑に付け加えられた3つの特徴は羽の生えたトカゲ……夢を見るならドラゴンとでも言うべきものは、ほぼ悪口みたいな名前のこいつらがなんらかの実験で成り損ないとなってしまったであろう事を示していた。
「ご、ご主人!こっち!こっち来てます!来ちゃってます!」
「まあまあ慌てるなアルボ」
「ひぃぃぃぃ!早くなんとかしてくださいっ!」
なんとかしろという割に足にピタッとくっついてくるアルボに苦笑してしまう。
対して俺はとても脱力していた。
それは別に7レベという貧弱な相手だからとかイチノセがワンパンしていた実績があるからとかそういう理由じゃない。
よくよくこの成り損ないを見てみれば攻撃の意思がない事が明らかだからだ。
足取りは覚束ないし進む方向はバラバラ、唸り声すらあげる事なく進んでくる様は徘徊そのもの。
というかぶっちゃけ意思を練る力もないのだと思う。
モンスターとはいえ可哀想にすら見えて来た俺は手を合わせた。
「炸裂しろ、イグニスプロード」
南無。なんかごめんよ。
「とまあ見ての通りこういうロクでもないやつに関係するクエストだ、さっき言った通りになりそうだろ?」
「ボスは気持ち悪くないといいですねご主人……」
「……そうだな」
ゾンビシューティングよろしく出てくる成り損ない共を一掃した俺たちは長く感じたここまでの道のりを締め括った。
ボスまでメンタル削る系は勘弁して欲しい、割と真面目に。
「ところでアルボ、俺たちが何しにきたか覚えてるか?」
「……!スーパーレベリングっ!ですよねご主人!」
ちょっとぶりの明るい話題にアルボは目を輝かせて食いついてくる。
よほど嫌だったのか、少しでも早くさっきの光景を忘れたいのが見え見えだ。
「正解!正解したアルボには俺の肩に乗ってもらいまーす」
「肩に?まあいいですけ……ご主人!?私自分で登れますから!」
「はいはい暴れない」
アルボを掴み上げ、例の部屋の扉を開ける。
「ん?なんですかこの音」
足を踏み入れると同時に乗降装置がギギギと鈍い音を上げる。
「なにって……経験値が運ばれてくる音だぜ」
本日開催するはスーパーレベリング。
ご来賓いただくのは初日に俺をいじめてくれた岩の塊!
乗降装置に運ばれてきた大量の赤い目と目が合う。
──ロックゴーレムLv.35
ご来賓の経験値共は赤い目を光らせてガシャンという音と共に雪崩れ込んで来る。
「どわあああああ!」
「さあ行こうかリベンジマッチ!」
耳と背に熱烈な歓声を受け走り出す。
懐かしのオワタ式鬼ごっこ開幕の合図だ。
「ちょちょちょっとご主人!どうするんですかこれ!?」
「どうするも何も鬼ごっこするんだよっ!」
「いやあああああぁぁ……」
岩の波でも見たのか鼓膜がイカれそうな叫びが響く。
俺の耳はともかく、辺りに響く叫び声は一瞬にして遠くなっていき岩の波が発する騒音に呑まれて掻き消された。
もし転けようものなら確実にすり潰されるそのスリルに胸が踊らずにはいられない。
即死上等、あの時はただ逃げ惑うだけだったが今回は違う。
俺がハンターだ。
「おいおいそんなペースで俺を捕まえられると思ってんのか?」
「なんで煽るんですか!?バカなんですか!?」
「ほら、たくさん腕振って足回せば経験値も美味しくなるかもしれないだろ?」
「そんなワケないじゃないですか!!!」
「豚だって牛だって運動するほどうまくなるんだぜ?」
「これゴーレムですからね!?」
こんなに活きがいいのだ、ゴーレムだってあるかもしれないじゃん。そういうの。
少なくとも俺は信じるぜ?だって鬼ごっこという名の激しい運動の結果……
「しっかり捕まっとけよアルボ!」
「えぇっ!?何するつもりですかご主人!もう出口もすぐそこなんですから落ち着い──」
「炸裂しろ」
「え?」
……極上の経験値工場が出来るのだから。
段々と大きくなる出口の光を前に俺は止まった。
落ち着けと言っておきながらいざ止まると口をぽっかりと開けるアルボの反応を楽しみつつ、一瞬の暇を潰す。
「ふと思ったんだ」
「ご主人!後ろ!後ろ!」
「自分で倒さなくてもいいんじゃね?って」
肩を叩く手と岩の波の騒音の激しさが頂点に達した時。
俺は空の旅へと踏み切った。
「ようこそ空の旅へ!出荷の時間だ経験値共!くらえイグニスプロード!」
今度は俺が歓迎する側だ。
続く地面がなくなるもそれにブレーキをかけられるのは先頭のゴーレムだけ。
ドミノを倒すように空へと身を投げるゴーレムを踏み台にしつつ、イグニスプロードをぶっ放す。
「反発せよ」
落ちたゴーレムには一瞥もせずに次弾の装填をする。
下では俺のブラックリストに乗っている滝壺ドラゴンがむしゃむしゃと俺の手伝いをしているに違いない。
プレイヤーとモンスター、即席パーティの完成だ。
「燃え盛れ」
「な、な、なんですかこの状況!?」
流れてくるゴーレムを踏んで当たり前のように滝壺ドラゴンと協力プレイをし始めた俺にアルボが吠えた。
動揺しすぎて迫力のはの字もなかったが。
「いやな?パーティ組んでて思ったんだよ、俺が倒しても他の人に経験値入るじゃんって、俺が倒さなくても経験値入るじゃんって。はい心せよ」
「そう……ですね」
どんどん流れてくるゴーレムを踏みつけイグニスプロードを適当にぶち込む。
イチノセと弾丸旅行をした時は経験値もドロップ品もまるで入らなくて嘆いていたワケだが、最近になって思い直したのだ。
「もしかしてパーティ組んでなくてもダメージをちゃんと与えれていれば同じような事が出来るんじゃないかって」
「はい?」
イチノセ辺りが聞けば笑われるかもしれないが、勝利に貢献したのに報酬が欠片も貰えないっていうのはなんというか……ひどいだろ?
流石に今時そんな事あるか?って思って考え直したのだ。
そしたらちょっと思い当たる節があってな。
はい塵と成れ。
イチノセとの弾丸旅行、たくさん仕事したつもりだったがダメージは1ダメージたりとも与えてなかったのではないか、と。
レベル1、ステ振りなし、装備なしの素手。
これでイチノセですらロクにダメージを与えられなかったゴーレムにダメージが入っているワケもなく。
つまり戦闘に参加していなかった判定だったので貰えるものも貰えず……的な説を打ち立てたワケだ。
「な、なるほど?」
「モンスターに働かせて甘い蜜を啜る……!グッドアイデアだろ?」
変わらずハテナを浮かべるアルボそっちのけで勝手に納得する。
あくまで俺の思い込みから来る説なのでスーパーレベリングになるかはわからなかったが……
「なんにせよ上手く行ったからオールオッケーだ!塵と成れェ!」
「楽しそうですねご主人」
楽しそう?そりゃ楽しいだろ。
なんたってほとんど不労所得みたいなものだ、キリコの時のように頑張らなくとも自ら踏まれに来るゴーレムを踏んでイグニスプロードを発動するだけ。
時代が追いつけばノーベル賞ものだ。
「ふはははは!これが誰でも出来るスーパーレベリングだ!」
「ご主人……落下するゴーレムを踏み台に滞空し続けるのは誰でも出来る技ではありませんよ……」
「ふははははは塵と成……あ…………れ……」
突然、視界がぐるりと回った。
感覚が曖昧になった体がゴーレムを踏むのをミスり、久方ぶりの浮遊感に襲われる。
「ご、ごしゅじーーーん!」
まずい、なんか滝壺ドラゴンが口を開けている気がする。
水面と同じように光を反射して煌めく歯を前に思考だけが急加速する。
俺、死ぬの?せっかくレベリングが軌道に乗り始めたこのタイミングで?
どんどんと遠ざかる俺を呼ぶ声。
……なんで俺いま落ちてるんだ?
ゴーレムを踏むのをミスって……いやその前になんか体が曖昧になって……視界が回って……あれ、これ知ってるな。
ああ、またやったのか……MP切れ。
「ごしゅじーーーん!!!」
かろうじて俺から離れていくアルボをしまうも、そこで俺の意識は途切れた。
ぽちゃん。




