残り火よ、在りし日を燃やして 一
一章も終盤に入ります
「ふはははは、あとは時間が経てば何もしなくても勝手にお金が溜まるぞ」
早くもマイワールドを捨ててドラグラの世界に帰ってきた俺は絶賛笑いが止まらなくなっているところだ。
働く事も無しに報酬が発生する。
まさに無償の愛だと言えるのではないだろうか?
「慈善?チャリティー?全く世の中には素晴らしい言葉があるなぁ!」
ギルド募金。
クラウドでファンディングなそれを設置した俺はいま大変気分が良い。
今ならキリコ狩りだって笑顔で出来る自信がある。
……まあ実際にする事はないが、街の外には出ようと思う。
今日の目標はキルナよろしく先に進む事。
せっかくオープンワールドだというのにまだドラグリア周辺でしか過ごしていない。
RPG系では真っ先にいけるところまで、道中のモンスターを無視してでも行くタイプだ。
「さあ行ってみようか弾丸旅行パート2!」
このドラグリアの街とも一旦おさらばだ。
今までありがとう、なんとなくプレイヤーみんなでプレイするゲームっていうのがどういう事なのかにも実感が湧いた気がするよ。
次に寄るのは死んだ時だろう。
「まあ死ぬ気は毛頭ないが」
あのシスターの猛攻をハンデ込みで逃げ切れるのだ、正直いまならタマザナイにだって負けない気がする。
『災厄の胚』が発生しました。
受注しますか?
→YES →NO
推奨レベル: ???
「えっ」
街を出て最初に目に入ったのは草原と初心者が広がるいつもの光景ではなく、クエストだった。
「クエストが終わるとどうなるか知っておるか?……クエストが生えてくるんじゃ」と頭の中に見知らぬ髭もじゃのお爺さんが現れ、頭が痛くなるような事を告げてくる。
「前回は聖女様に接触したのがフラグだとして……今回はなんだ?危ない文字まで見えちゃってるけど」
災厄。
あまりにも身に覚えのない名前のクエストに身構える。
なんだ?俺、前世で何かやらかしてるのか?
不穏な単語に仕事していない推奨レベル君、いま切実に仕事して欲しいと思うよ俺は。
「概要とかねえの概要とか」
本能がそれっぽいこのクエストに即決でYESを押せと訴えてくるが、いかんせん地雷の気配しかしない。
俺は理性で踏みとどまって大事な中身を探した。
「お、これこれ。あるにはあったけ、ど……?」
『災厄の胚』
発生条件: 聖典のいずれかの所持
達成条件: 災厄の封印/災厄の解放
開始条件: 当該クエストの受注
達成報酬: 称号【光を齎す者】/【光に背く者】
かつて希望を屠った災厄、古の凶狼が目を覚ました。
災厄はあなたを呼ぶでしょう。破滅の呼び声に耳を傾けてはなりません。
彼の地に災厄を解き放てば、あなたは絶望に同意する事でしょう。
清く正しき心を持つものよ、今一度彼の地に光を齎し給え。
「うっわぁ……」
1から10まで全てがやばそうな事しか書いていない。
大丈夫?一個人の範疇に収まるクエストで合ってる?
「いやあ、流石にこれは……」
報酬も称号だけで実質ないも同じ、これから弾丸旅行を敢行してやろうという時にこれだ。
受ける必要なんて正直ない。
しかしここで理性さんがログアウトしてしまう。
「でもまあ面白そうだよな!」
気付けばログインしていた俺の本能さんがYESを押していた。
元厨二病には刺激が少しばかり強かったと思う。
よって俺は悪くない。面白そうなのが悪い。
──……け…………開け……
「うおおぉぉぉ……っぽいぽいぽいぽい!」
どこからともなくおどろおどろしい声が聞こえてくる。
人をいざなうように聞こえてくる声に周りのプレイヤーが反応する素振りはない。
「もしかもしかして?」
所謂俺にしか聞こえない声ってやつにテンションがぶち上がる。
選ばれしもの。いい響きだ。
「災厄だかなんだか知らないけど、今ならなんでも聞いてやるぜ」
今すぐにでもその声を聞き入れてやりたいが生憎ここは往来、門のど真ん前。
どうせなら誰にも邪魔されないところで進めよう。あんまり騒ぐとほら、奇異の目とか気になるし。
呼び声のおどろおどろしさとは対照的にスキップに鼻歌というピクニック気分で門を離れた。
「ふんふふ〜ん、ふふふふ〜……ん?」
開け開けとうるさい声をBGMに野を渡り、若干の草木を掻き分け人っ子1人見当たらないところまでやって来た。
人どころかモンスターの気配もない。ロケーションとしては完璧だ。
──……開け…………開け……
「はいはい今開いてやる、よっ!」
おおよそ求められているであろう聖典を開く。
すると聖典は凄まじい勢いでページを一人でに捲り始めた。
「おおおお!すげえ!」
手を突き出せばまるで本物の魔法使いにでもなった気分だ。
──……詠え…………叫べ……我が名は、ヴェルフリート……
「へ、へぇ……そういうこともしちゃう?」
一人でに動いていた聖典は怪しい紋様の描かれたページでピタリと意思を失う。
まるでここを読めと言わんばかりに。
「えーなになに?火竜様を屠った忌まわしき穢れた火、憎き黒狼……潰れていて読めないな。ほにゃららほにゃららを記憶の牢獄に封ずる。仮に封印に綻びが生じた場合、以下の祝詞を以て速やかに封ずるべし」
封印に使う祝詞とやらは長ったらしくだらだらと続いていた。
だから長いのはダメなんだって俺、いまぞわっと来たし。リアルなら蕁麻疹ものだし。
なんとなく痒い気がしてきた腕を抑え込み、祝詞を飛ばして読む。
どうせ封印なんてする気ないし俺にとっては駄文もいいところだ。
「……あの穢れた火を忘れるべからず。聖女様を惑わし災厄を齎す凶狼を許すべからず」
おっと?急に雲行きが怪しくなってきたな。
文字も汚いし聖女なんて出てきて……いやこれ聖典か、だったら出てくるか。
というかこれ聖典で合ってます?呪いの日記だったりしない?
「えーっと?又、封印維持のため忌まわしき彼奴の真名を口に出す事を禁ずる……あーそういう事ね」
遠回しにたくさんの呼び方を使っていたのは隠語という事か。
そしてこの呼び声が求めているのは「俺の名前を呼んで封印を解いてくれ!」という事だろう。
いや、最後の1行だけで十分だろこれ。災厄さんも言ってくれたらいいじゃないか。サイゴノイチギョウヨンデって。
しかしまあやるべき事は理解した。
「ゔぇっほん。あー、あー、よし。」
改めて周囲に誰も居ない事を確認した俺は手を思いっきり前に突き出す。
思い浮かべるは過去の記憶。
当時は締まらなかったが、声変わりを終えた今ならカッコだって付くはずだ。
「扉は疾に開かれた
燻る残火よ
死に場所を求めよ
いつかの凶狼は我が魔道を覗き
災禍の牢となろう
光に身を焦がせ
闇に身を堕とせ
祈れ
憎め
それすらも既に灰と知れ
穢土の炎は
龍をも灼く
顕現せよ
ヴェルフリート!!!」
即興で考えたにしては悪くない。
半年やそこらで封印した俺の厨二力も舐めたものじゃないかもしれないな。
災厄と謳われる狼の真名を叫ぶと聖典が一人でに動き出し、さっきとは反対にページを捲り始めた。
まるで巻き戻すかのように。
「いや、それさっきやって欲しかったな」
切実に。
止まった聖典の上で手を突き出していた俺がバカみたいじゃないか。
なんだ?最初にヴェルフリートって叫ぶべきだったか?
「でもそれじゃカッコよくねえんだよなぁ……」
反省会を他所に聖典は辺りを真っ暗に染めて意思を失った。
「いよいよおでましだな災厄さんよぉ!」
暗闇が晴れ、そこに居たのは漆黒の狼。
しかしその見た目は穢れた火だとか災厄だとかそういったものとはほど遠く、丁寧に手入れされて毛艶と毛並みが完璧の美の集合体。
神聖さすら感じさせるその姿は意図も容易く俺の心をぶち抜いた。
「……感謝する」
目の前が真っ白になった。




