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夏祭り大作戦



裁きの右腕(ジャッジメント)


「おわぁっ!」


 ひと息つく暇もなく光柱が飛んでくる。

 サイドステップというには不恰好な体重移動でギリギリ躱す。


裁きの右腕(ジャッジメント)


「う、うしりょ……」


「ナイスイグニア!」


 ふにゃふにゃの声で出された警告に従って肩を支点にくるりと身を翻す。

 数フレーム前の俺を光柱が貫いた。

 イグニアの名アシストがなければ対戦ありがとうございましたになるところだった。


裁きの右腕(ジャッジメント)

 

「っぶねえ!」


 体勢を整える暇もなくシスターは神に祈る。

 攻撃のタイミングを散らして、俺が避ける先に置くように技を撃ってくるのが大変いやらしい。


 イグニアを抱き抱えた今、半分以上潰れている選択肢から回避できるものを選び取る。

 

 エアスライドリキャストまで残り3秒。


裁きの右腕(ジャッジメント)


「鬼さんこちらァ!」


 ストレッチの要領で片足を伸ばすようにしゃがみ込んで光柱を避ける。

 片足を伸ばし切ったその態勢は側から見れば無理やり退避したようにも見えるだろう。

 

 リキャストまで2秒。


 

 NPCとて機械じゃない。無論ある程度は喋る内容も行動も決められているのだろうが、シスターはこと狩りにおいて、ある程度独立した思考を持っている事がこの追い込み漁にも似た狡猾な戦い方からわかる。

 故に思うはずだ。


 ……かかったと。


「「「裁きの右腕(ジャッジメント)」」」


 思った通り。シスターはまんまと俺が打った悪手に引っかかった。

 3柱の光は散らされる事なくただ一点、俺を仕留めんと飛んでくる。

 

「手の鳴る方へ!!!」


 1秒。


 VRの優れた身体能力を活かし、気合いで体勢を起こし空いたスペースを走り抜ける。

 俺の……勝ちだ。


「時間切れだぜ、シスターさんよぉ」


「「「裁きの右腕(ジャッジメント)」」」


「うそぉっ!」


 出し抜いた快感からドヤ顔で勝ち誇っていると、シスターはお構いなしに神に祈って(ぶっぱなして)来た。

 

「どわ」


 慌ててアルボをリリースアンドキャッチ。

 飛び上がる事で光柱を避けた俺はエアスライドを発動。

 一陣の風と共に見事屋根の上に着地した。


 0時55分。無事最後の難関を潜り抜ける事に成功した。


「あ」


「あゎ……おつきさまがいっぱいぃ…………」


 これまでとは一転、慌ただしく動き回る俺に振り回されてイグニアは目を回していた。

 安全を確認してとりあえずイグニアは寝かせる。


「あ……」


 残り5分というタイムリミットを見て、我に帰る。

 あれ、プレミしてない?

 召喚をしてみれば当たり前のように目の前に現れたアルボに口がポカーンと開いてしまう。


「どわああああぁぁぁ……あれ?どうしたんですかご主人、そんな間抜けな顔をして」


「な、なあアルボ。どうしよう」


「はい?」


「今から間に合う……ワケねえよなぁ……」


 俺は仕方がなかったとは言え、アルボを回収してしまった。

 それ即ち打ち上げ係の不在を意味する。

 ここまで来て真っ直ぐ綺麗に打ち上がらない可能性に震えていた。


「それよりもご主人!また踏みましたね私のこと!もうすっっごくびっくりしたんですからね!目の前がピカピカ〜って!ブォンって!」


 ぷんぷんと頭から煙が出ているように見えるアルボは俺に裁きの右腕(ジャッジメント)の恐ろしさを全身を使って訴えてくる。

 いやぁ……俺でもビビったなアレは。


「え、あー……すまん、ごめん、この通り」


 どことなく長引きそうな雰囲気を感じ取った俺は3連平謝りコンボを繰り出した。

 意訳、今はちょっと時間が、時間が!である。


「それでなんですかご主人」


 意図を察してくれたのか3連平謝りコンボが効いたのか、アルボはやれやれといった様子で座り込んで耳を立てた。


「いやあ、あと4分じゃん?アルボ戻しちゃったじゃん?花火どうしようかなーって」


「ほんとですよっ!なんで私戻されたんですか?気合い入れて待ってたんですけど!」


「なんでって言われても追っ手から逃れるためにエアスライドの発動条件を……あ」


「あ?」


 途中まで口走ったところでまたしてもプレミが発覚する。

 そういえば俺、シスター関係なくここにエアスライドで登る気だった。

 つまり結局は半魂(アルボ)を出しっぱなしとはいかないワケで。

 

「ロケハンする順番間違えたああああ」


「ええーっ!?」


 突然大声で叫ぶ俺にアルボがギョッとする。

 ギョッとしたいのは俺の方だ。

 なぜ夜中までのたくさんあった時間で街中でのスキルの検証やら半魂の仕様やら調べておきながらこんな初歩的なミスをしているのか。

 花火作ってからロケハンすればこんな事にはならなかったというのに。

 詰めの甘すぎる自分に泣いた。それはもうすごい泣いた。


 

「え、じゃあ私のところに花火上げに来たあの兎さんはなんだったんですかご主人」


「え」


「え?」


 え?花火上げに来た?兎さん?


「てっきり私だけには任せられないとご主人から送り込まれた刺客なのかと思ってたんですけど……」


「……あっ」


 そういえば泣きながら俺にへばりつくめろんぱんだ引き剥がすために出荷したのだった。

 イグニアをどうするかばかり考えていてすっかり忘れていた。


「あーそうなんだよ!実は全部わかっていて打ち上げ要員として送り込んだんだよ!流石アルボ、ちゃんと俺の意図に気付いたんだな!」


 棚からぼたもち。

 過去の俺が偶然出してくれていた助け舟に飛び乗ってプレミをなかった事にする。

 なに、意図してなかったとて布石を打っていたという事実には変わりない。


「ご主人。計画通りの人はそんなにテンション上げて全部わかっていたとか言いませんよ」


 アルボが冷ややかというか呆れ果てた顔で咎めてくる。

 誤魔化せなかった。

 何故だ、褒めたというのに。うちの子はちょろいはずじゃなかったのか?


「まあ私はご主人と違って出来る子なので!刺客の兎さんにも打ち上げ係としてしっかりみっちり、それはもう恐ろしく厳しく叩き込んでおいたので大丈夫ですよっ!」


「アルボ……!」


 アルボの恐ろしい有能っぷりに感動する。

 うちの子まじすげえ、最強すぎる。


「よし、アルボも一緒に花火見ような!」


「はいっ!」


 逆に考えればミスったおかげでアルボにも特等席で花火を見せてやれるのだ。むしろよかったのかもしれない。

 そうと決まれば後は主役を起こすだけ。

 俺はイグニアの様子を見る。


「あれ?」


 寝かせたところにイグニアの姿はなし。

 慌てて周囲を見渡せば麦わら帽子からはみ出る光があった。

 

「なにしてるんだ?」


「あ!丁度良いところに!写真撮ってください!」


 イグニアは煙突から絶え間なく昇る七色の煙にご執心だった。


「撮るぞー」


 花火まであと2分あるかないかわからない事もあり、急いでシャッターを切る。


「おおーっ!これはすごいですね!見に来てよかったです!」


 いつのまにか笑顔とピースだけではなく驚いたフリまで覚えているイグニア。

 いよいよJKかと突っ込みたくなるがそんな事をしている暇はない。


「イグニア、見せたいのは他にあるんだ。花火って言うんだけど、それが今から上がるから一緒に見ようぜ」


「花火……ですか?なんだかとっても素敵な響きですね!見たいです!」




 残り1分を切ったタイミングでなんとか連れてくる事に成功。

 ついでなのでこのJKのためにタイマーをセットしてアルボ、俺、イグニアの順で並んで座る。

 あとはめろんぱんだに祈るだけ。


 残り20秒にも満たないこの状況。

 カウントダウンが近づいて感傷に浸ってしまうのは俺が花火を何度も見てきたからだろうか。

 俺は座っているにもかかわらず視界の端を出入りしてワクワクを隠せないイグニアに顔も向けずに声をかけた。


「なあイグニア」


「なんですか?」


「外の世界……どうだった?」


「最高でした!もっと気になっちゃいました!」


 色眼鏡かな。

 明るく語るイグニアの声が少しだけ寂しそうに聞こえた。


「ならよかった」


「もし喪者さんさえ良ければまた連れ──」


「静かに」


 俺はイグニアの言葉を遮り口に指を当てる。


 1時。

 

 約束の時を迎えると同時に白くも黄色い球が打ち上がる。


 笛のような音を鳴らし空を昇り始める様はまさしく火の鳥だ。


 今この一瞬。

 この一瞬だけはイグニアでも俺でもない、花火が主役だ。

 長く鳴く火の鳥に想いを馳せる。


 飛べ、高く。もっと、高く!


 火の鳥は夜空を飛び、月以外誰もいない上空で静かに翼を広げた。


 火の鳥は大きな炸裂音と共に真紅の火を散らして夜空を情熱的な赤に染め上げる。

 広がる赤は真円。

 無数の弾ける音に飾られた真っ赤な真円はまさしく一輪の花のように気高く可憐に。


 ──美しく夜空に咲き誇った。



「綺麗……」


 誰が言ったかその言葉は見るもの全ての思いであり、賑やかなこの街に静けさを齎した。


 花火が枯れ、一拍置いて街は耳を塞ぎたくなるような雑音に包まれる。


 ドッと沸く街が俺にダイレクトに大成功だと教えてくれる。

 腹の底から湧き上がる喜びを噛み締め、口が思わず緩んでしまう。


「ちょーきもちーーーーー!」


 声に声が重なりあって何も聞こえないこの状況にかこつけて、俺は思いっきり叫んだ。

 やっぱりこのうるささは最高だ。クセになる。



 ──いつか私もあんな風に空に……



「……え?なんか言ったか?」


 耳に雑音とは似ても似つかない清らかな声が掠り、慌ててイグニアに顔を向けるも、下で騒ぎどよめき立つ雑踏に掻き消され、残る言葉は何もなかった。


 イグニアの目線の先にはぼんやりと暗くなった空に流れゆく煙……お祭りにおけるエンドロールを見ていた。

 イグニアもまた終わりを悟ったようで、その顔はこれまで見たどの表情にも属さない……どこまでも安らかな顔をしていた。








「これで俺の見せたいもんは終わりだ、最後に写真でも見るか?」


「そう……ですね、見せてください!」


「綺麗に撮れていると良いが……」


 思ったより長かったからなぁ、どのタイミングでシャッターが切られているかわからない。

 一抹の不安を胸に、撮れた写真をチェックする。

 もちろんフライングは無しだ。


「せーので見るぞ、せーの」


「「「おお〜っ!」」」


 不安なんて1ミリも感じさせない、3人の背と薔薇より真っ赤な一輪の花。

 照らされた大聖堂とイグニアの髪が真っ赤になっているのが印象的な1枚だ。


「聖女様」


 しかしまあ終わりとは早いもので、楽しい時間もお母さん(シスター)の一声で現実に早変わりしてしまう。

 空気を読むなら最後まで読んで欲しい、もうちょっと待ってくれてもいいと俺は思う。


「いま戻ります!」


 反対している俺とは対照的にイグニアの返事は明るいもので、その表情もスッキリとしていた。

 満足したとでも言いたげだ。


「戻るのか?」


「私、聖女ですから!」


「そうか、じゃあ下ろすぞ」


 クエストを始めた時と本当に同一人物か疑うほどに大人びた雰囲気を纏うイグニアに、今更俺が子供っぽく止めるわけにもいかず、大した言葉も無しに別れの準備をする。


 登った時と同様、アルボにはしまわれていただいてイグニアを抱き抱える。

 屋根から飛び降りると同時にエアスライドを発動させ、一陣の風と共にふわりと着地する。


「聖女様、ご無事で何よりです。そこの喪者に連れ去られた時は殺してやろうかとも思いましたが協力の意思はあるようなので見逃しましょう。いいですか、外に出たいというのがそこまで本気なのであれば我々も止めはしません。ですからどうか、最低でも2人。いや10人は付けて外に──」


「はーい」


「え、聖女様?今なんと──」


「はーいと言ったのです!ほら帰るのでしょう?」


 過保護すぎだろ。

 雨降って地固まるとでも言うべきか、おもちゃは取り上げるより遊び切るまで待った方が良いと言うべきか。

 自分から率先してシスターの手を取ったイグニアはスキップして帰っていった。





『真夜中のお忍び聖女様』を完了しました。

クエスト達成報酬

・100000エンカ

・称号【ホーリーナイト】

・聖典『サンクチュアリ』



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