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羞恥ピンチの大作戦



「おーい、良いのは見つかったかー?」


 ()()()は決まったので声をかける。

 さっきまで悩んでいたのはなんだったのか。フィーリングで考えた途端、驚くほど簡単に文字が頭に浮かび上がった。


「あ……見つかりました。えーっと……」


 控えめに指差された先は白い花の意匠が施されたロケットペンダント。

 値段にして3000エンカ。アルボにも見習って欲しい謙虚さだった。


「お、センスいいじゃねえか。……じゃあこれで」


 自分で選ぶものまで白色であるというのはもはや面白いを超えてすごいと思う。

 所持金を切り崩して時間を稼ぐのはここまでだ。

 購入したペンダントを手に未だ目を潤ませるその顔に向き直る。


「フィーリングで申し訳ないんだが、俺もとびきり良い名前を見つけたから聞いてくれ」


「……はい」


「聖女様。今この時を以て聖女様はやめ……()()()()という名を贈りたい」


 ペンダント共にその名を贈る。

 聖女要素どこにもなし、白も光も関係なし、パッと聞く限りピンと来ないであろうその名前。


「イグニア……イグニア、イグニア、イグニア、イグニア……」


 聖女様改めイグニアはハテナ一つ浮かべず、受け取ったペンダントを握り込み何度もその4文字を声に出して確認していた。


「あーその名前な。色々考えたんだが、俺が1番好きな魔法をもじった名前にしたんだ」


「好きな魔法……ですか?」


「そうだ、コンパクトで扱いやすく最初は見た目も火力も控えめな魔法でな。でも一度火がつくと一気に派手になって輝きを増すんだ。眩しさで前が見えないほどに……そういうところがかっこよくて好きなんだ」


 そして何故それがフィーリングで出てきたかと言えば。


「それがこう……なんとなく重なって見えてな。普段はあの狭い世界で生きているイタズラが好きな聖女様。でも一度外の世界に出れば夢に食い意地に目を輝かせて……大聖堂にいる時の何倍も光って見える」


「そう、なんですか」


 イグニアの少し引いたような返事で我に帰る。


 あれ?俺は今何を言っている?

 気恥ずかしさを誤魔化すためにフィーリングを言葉に起こしてあまり耳に入っていなさそうな相手に語ってしまっていないか?

 やばい、黒歴史ルートだ。

 第一フィーリングは言葉にしたらダメだろ、早速ちょっと引かれちゃっているし!

 もしかしなくてもこれ……プレミ?


 恥ずかしいどころじゃない、恥ずか死でリスポーン待ったなしだ。

 頼む!なんとかなれ!


「何言ってるかわからないと思うがあれだ、また今度イグニアにも見せてやるよ、1番好きなかっこいい魔法ってやつを」


「イグニア……はいっ!」


 閉じたり開いたり……ペンダントを握る手は俺が新たに贈った名、イグニアと呼んだ事で止まった。


 口角も上がっているし返事も明朗。

 俺は奇跡的に誤魔化せた事に安堵する。

 イグニアも本調子を取り戻したようで全身からウキウキしたオーラを出していた。


「写真!撮りましょう!記念に!」


「はいはい」


「ちゃんと笑ってくださいね!ほらピースも!」


「わかったわかったから」


 溢れ出したオーラは俺の背中を押し、急げ急げと写真を求めた。

 イグニアはすっかりこの写真機能にハマったらしい、キャッキャとはしゃぐ姿は新しいおもちゃを手に入れた子供、SNSを手に入れた女子高生かってレベルだ。

 

 4度目ともなれば準備も一瞬だ、迷う事なく隣に並ぶ。


 3、2、1。


 シャッターが切られるその刹那、視界に麦わら帽子が飛び込んできた。


「おまっなにひへ──」


 ──。



「あははっ、変な顔です!」


「変な顔ってお前なぁ、俺の顔をイジったのはイグニアだろー」


 このイタズラ好きはついに取り繕う事すらやめて、あろうことかダイレクトアタックを仕掛けてきやがった。

 両の手のピースで引っ張られた目尻と口角は理不尽に歪み、俺の顔は福笑い一歩手前の大変愉快なものとなり映っていた。


「せっかくの記念なのに笑顔が硬いからですよ!」


 なんだかんだと言ってはいるが愉快犯である事はその顔を見るに明らかだ。

 第一記念撮影って言う割に本人が背を向けてどうするという話である。もっとマシな言い訳をして欲しい。


 赤ちゃんのように忙しなく泣いたり笑ったりするイグニアを相手にするのはなかなかに大変で、今だって浮き足立って目をキラキラと輝かせている。

 他の人が見ればかわいいだけだろう。

 しかし俺が見るにそれは早く次のところへ連れて行けという合図だと思う。


 イグニアと街を回り始めてはや45分、0か100しかない彼女に振り回されて予定は押しているどころの話ではない。

 次を期待するイグニアには申し訳がないが花火を見る特等席に向かう他ない。

 本当はもっとプレイヤーが面白い事をやっているところとか人間観察をしていて気になった変なところとか紹介したい気持ちはあるのだが、イグニアと回るには時間が足りない。あと1時間は延長したいところだ。


「あー次はな、ちょ……あ」


「あ?」


 俺は視線の先に現れた()()に気付いて慌ててイグニアを後ろに隠す。

 遠目ではあったがキョロキョロとするその姿には見覚えがあった。

 イグニアとは対照的に全身を黒で飾るその衣装。

 気を抜けば暗闇に紛れて消えてしまいそうなその影の薄さ。

 イグニアに気を取られてすっかり忘れていた。


 間違いない、シスターだ。


「イグニア、シスターがいた」


「そんな……ここでお別れなのですね」


 シスターの存在を告げると兎よろしく跳ねていたテンションが眉と共に下がった。

 もちろんここではいそうですかさようならと言うなんて気は毛頭ない。

 シスターがまだこちらに気付いていない事を確認する。


「いや、まだ帰すわけにはいかねえ」


「え?」


 素っ頓狂な声を上げて固まるイグニアの手を取り走る。

 幸い見つけたのはこちらが先、距離はかなり遠い、人通りもたくさんある。

 今ならこの目立つ光る髪を見られずに済むはずだ。

 とりあえず適当に角を曲がり物陰に隠れる。


「イグニア、聞いてくれ」


「……」


「まだ一つ、見たいもんがあってな。出来ることなら俺はそれをイグニアと一緒に見たい」


「……!」


「あーつまりだな。……まだ遊び足りないだろ?延長戦、付き合ってくれイグニア」


 固まっているイグニアに対し協力を要請する。

 こちとら黒歴史(ピース)イジられて飯食われて地雷撤去して変顔させられたのだ。

 しかもこっちは準備に1日半かけてると来た。ここで終わられてはタダ働きどころの話じゃない。大赤字だ。

 

 思いが通じたのか固まっていたイグニアの顔が動き始めた。

 どことなく緩んだその顔を引き締めるようにイグニアは大きく息を吸った。


「……はい!!!!!」



 とりあえず大声禁止で。



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