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マインスイープ大作戦



 残り30分。

 若干気まずい空気のまま俺は次の場所へ足を運ぶ。

 本当は優先順位の問題で省くつもりだったアクセサリーのお店だ。

 何故今になって行く気になったかといえばもちろん不測の事態(この状況)になったからだ。


 罪悪感からか顔を俯ける聖女様。

 罪悪感を覚えるぐらいならやらなければいいのにと思ってしまうのは俺がやられた側だからだろうか。

 もはや何を言っても気まずくなる事が確定している俺は思い切って聞いてみる事にした。


「聖女様って意外と食い意地張ってる、よな?」


 半ば無敵モードに入った俺はどことなくアンタッチャブルな雰囲気が漂う直接的な言及をあえて行う。


 俺の直球すぎる質問に聖女様は案の定ビクッと震え「それ聞くのですか?」って顔を向けてきた。

 もちろん聞く、食べ物の恨みは無限大だからな。

 聖女様は観念したのか恥ずかしそうに口を開いた。


「実は私その……お恥ずかしい事にご飯というものをあまり食べた事がなくてですね……」


「そうなのか?」


「はい、それも過去にシスターが食べているものを横からこっそりとかそれぐらいで……」


 しおらしくカミングアウトされた中身はまさかの盗み食い。

 どれだけ恥じらっていてもやっている事が豪快すぎる。

 もしかしてこの聖女様、あの限られた空間で出来るありとあらゆるイタズラをやっていないか?


「シスターの食事はとても質素なもので……それもたまにしか食べないのです」

 

 すごいな聖女様、盗人猛々しすぎるだろ。

 人の食卓を質素だなんだと言うんじゃありません。


「なるほどね、それで今回の犯行に及んだと」


「はい……あんなにも美味しいものは初めてだったので……」


 初めてか、初めてねえ。

 確かにあれはうまかった、それこそ超がつくほどに。

 そして聖女様は今日の主役だ、お誕生日席枠だ。


 でもなぁ……


 聖女様思いっきり肉2枚いったんだよな。

 この際9割食べてしまったのは仕方ないとしよう、俺だって初見で相手がアルボなら食べていたかもしれないし。

 でも2人で1つのものを食べるのに2枚両方行く事あるか?

 ……あるか、アルボ相手なら俺も行くしな。

 

 食べ物の恨みは重い、だが俺たちは同じ穴の狢だったようだ。

 聖女様は白!よって俺も白!


「まあ間違いなくうまかったからなぁ……仕方ないか」


「それだけは間違いありません!口に入れた瞬間から甘さがもうずーっと!私が食べて来た中で1番美味しかったです!」


「そうだな、またリベンジするか。今度は2人前で」


「はい!2つでも余裕でいけます!」


「なんで俺のも食う気なんだよ」


 もっかい行く気満々じゃないか。今度は肉4枚ってか?

 薄々気付いてはいたが聖女様の辞書には反省の文字が見当たらないな?

 もしかして最初に俯いてた時からずっと恥ずかしがってただけか?そういうところだけ乙女だったって事?


 よくよく考えたらこのクエストだってシスターのお叱りをものともせず抜け出してきたから発生したクエストって事だしな。

 もうなんだって聞ける気がする。


「ていうかなんで聖女様にはご飯ないんだ?」


 新たに獲得した無敵時間を利用して疑問を追及する。

 あ、店着いた。


「そういえばなんでなのでしょうか?どうにもそういった()()もなくてですね……」

 

 おっとこれも地雷か。

 無敵中でよかった、踏み抜いても心が痛まない。

 この様子を見るに聖女様に関わる事はほとんど地雷と見てよさそうだ。


「思い出せないなら別にいいんだ。それより一つ、ずっと気になってた事があるんだがいいか?」


「気になっていた事、ですか?」


 そろそろ聞いてもいいかと思っていた事があった。

 本当はもっと軽く聞くつもりだったのだが、なまじ最初に地雷を踏み抜いたせいで聞きにくかったのだ。

 この無敵時間を利用して突っ込もうと思う。


「聖女様って名前なんて言うんだ?」


 名前。

 ずっと聖女様聖女様と呼ぶのが面倒だったのだ、なんだか距離も感じるし。

 聖女様は盲点とばかりに目を見開いて考え込み始めた。


 次第に聖女様の顔に冷や汗が浮かぶ。

 探せど探せど見つからないのだろう、自らの名前の記憶さえもないってどうなっているのか。


 やがて思うような答えが見つからなかったのか目を潤ませて顔を上げた。


「私は……シスターから聖女様って呼ばれていて……それで、それで……ごめんなさい、わからないです」


 目の前の少女が急に歪に見えた。

 周りから呼ばれる事でしか自分を認識していない、まるで赤ちゃんのようなそういう幼さをただ漠然と感じた。


 よっぽどショックだったのかわからないと結論を出した後なのにもかかわらずまだ思案顔をしている。

 

「あっ!」


 深海から引き上げるような時間差で何かを思い出したようだ。

 しかしそれも一瞬。

 引き上げたものは目当てのものではなかったらしく、周囲の声に掻き消されるほどの小さな声で絞り出した。


「……8代目…………」


 踏んだ地雷は大きすぎた。

 出てくる言葉はどれもプライベートなものではない全く聞いていない情報ばかり。


 ふと目の前の少女の名刺を思い浮かべてみる。

 とても簡素だ。真ん中に一つデカデカと聖女と書いてある。

 対して俺は16歳、格ゲーマー、越冬闘士、エンジョイ勢。他にもこの数日で初期装備や【@ほ〜む】のギルドマスター、花火師などたくさんの肩書を手に入れた。

 そこに名前がなくとも覚えてもらえるものがたくさん書いてある。


 目の前の少女はどうだ?

 聖女という肩書を失った時、シスターは愚か俺にだって忘れられてしまうのではないか?

 名も無きNPCにしかなれないのではないか?


 この目の前の少女とは35分と2日前まで他人だった。同じ人とすら思っていなかった。

 しかしどうにも俺は既にこの少女と仲良くなった気でいるらしい。

 

「……俺が今から名前考える」


「……え?」


 気付けば俺はそんな事を口走っていた。

 つい最近考え抜いたギルド名が不評の嵐をくらったばかりだというのに。

 別にこの気まずい空気を変えようだとか上目遣いで今にも泣きそうなこの少女のためとかではない。

 なんとなく、俺が覚えていたいというだけ。


「あー、今からちょっと頭使うから。その間そこのアクセサリーから欲しいものでも探しといてくれ」


「は、はい」


 

 人名なんて考えた事がない。

 だいたいはコンボやテクニックの名前だったり、あだ名だったり……フィーリングでつけるようなものばかりだ。

 マッシュヘアーの友達をキノガシラ君と言って怒られたのは記憶に新しい。

 多分というかほぼ確実にどんな変な名前をつけようと目の前の少女は怒らないだろう。

 だからこそ慎重に考える必要がある。


 わかりやすいのは名は体を表す系だ。

 聖女様、光の化身、神、夢みがちな乙女、おてんば娘。

 ホーリーエンジェルとかライトゴッドとかオトメドリーマーとか……絶対ダメだな、キルナでもつけなさそうだ。

 

 リアルでよく使われるのは願いを込める系か。

 たくさん愛されて欲しいとか強く優しくなって欲しいとか偉大になって欲しいとか……全然ないなそういうの、パッと思いつく願いといえば肉取らないでぐらいか。

 ミートゲット、ミート取らない、ミートラ、ニクトラ……いやないな。第一これが名前とか可哀想すぎる。

 

 難しすぎるだろ名前付けるの。

 俺にはやっぱり考えて付けるというのは無理なのかもしれない。

 ここは一つ、一か八かの運任せ……フィーリングの出番だ。



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