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二人一守な大作戦



 だぁー!誰か殺してくれぇー!俺をー!

 日和りに日和って没個性にすらなれなかった俺は無邪気に突きつけられるピースで無事にトドメを刺された。

 何がロールプレイ中は無傷だ。普通に貫通してダメージ喰らうじゃないか。


 そもそも俺は何をロールプレイしているのか。

 見た目はこの様、変わったところといってもせいぜい口が汚くないぐらいだ。

 なんだ?ピースでもすれば全て解決するのか?


 ぐるぐると渦巻く思考の中、前後不覚に陥った俺は情けなくピースを作った。

 

「ぴ、ピース……」


「ピース!ふふふ、なんかいいですね!こういうの!」


 聖女様のピースは俺のへなちょこなピースとは違い王道のど真ん中を行く、それはそれは眩しいピースだった。

 気分はさながらギャルにキャリーされるオタク。

 おおよそ幻と言えるその光景に俺は迷わずシャッターを切った。


「また撮ったのですか?ちょっと見せてください」


 既に身を乗り出しているにもかかわらずグイグイとくる様には感動すらおぼえる。

 もちろん感動の中身はお前まじかである。

 すると写真を確認した聖女様は満足そうに笑った。


「やっぱり喪者さんにはピースが似合うと思います!」


「そ、そうか?」


「そうです!」


 聖女様はやがてハッとして俺の顔を見る。

 この流れ、またやるのか?

 勘弁して欲しい旨を視線に込めるももちろん伝わるはずがなく、聖女様はその顔を喜色に染めていく。


「あ〜っ!やっと気軽に話してくれましたね!」

 

「え?」


 おいおいおい、勘弁してくれよ。

 その言い方じゃまるで俺が勝手に1人で盛り上がっているみたいじゃないか。

 ついさっきまで夢を見ていたはずじゃなかったのか。

 アルボ〜?聖女様ー?


「わすれ……じゃなかった、聖女様をお連れしたいところがあるのですが……」


 先に始めたのはそっちだろ!と言いたい衝動に狩られながらも「忘れる」という単語に地雷原の気配を感じ取った俺はギリギリで方向転換した。

 2度同じミスはしない。俺は学習する生き物だ。





「ところで聖女様?これから行くところなのですが……」


「……はい」


「……これから行くところなんだが」


「はい!」


「少し腹拵えでもいかがかなと……」


「……はらごしらえ、ですか?」


「うまい飯があるから聖女様もどうかなって」


「気になります!」


 なんだこれは。

 もはや火を見るより明らかである。

 ……多分、俺ロールプレイ下手なんだ。

 いやその格好だとカッコつくものもつかねえよという話はあるが、それでも普通に話した方が何倍もウケがいいというのは悲しい話である。


 時間にして15分、俺たちは2人して素に戻った。




「ここの飯がとにかくうまくてな、すみませーん()()くださーい」


「あいよ!待ってたよ」


「先に払います、いくらですか?」


「持ち込んでくれたのもあるからね、2000エンカでいいよ」


「じゃあこれで」


「あいよ、ちょっと待ってな」


 あらかじめ頼んでいたこともあり、店主は俺の顔を見るやうずうずした様子でやや食い気味に応じてくる。

 店主は隣にいる聖女様の姿を見つけるとニヤッとして店の奥へ消えていった。


「喪者さん、アレってなんですか?」


「すぐにわかる……が強いていうなら1番アツいものだ」


「1番アツいもの……?」


 聖女様は何がなんだかわからないと言った顔をする。

 これに関しては初見のインパクトがすごいからな、出来ればその顔のまま対面して欲しいところだ。

 

「これが頼まれていたブラッディローズボアのベーコンマグマパイだよ」


 値段にして4倍、一体どれほどグレードアップしているのか。

 期待を胸にベーコンマグマパイを受け取った。


「そ、そ、喪者さん!なんですかこれは!」


「おぉーっ!こりゃすげえな!」


 ブラッディの名を借りたその料理は以前よりも現実から乖離していた。

 相変わらず中心が窪んだパイ生地にトロみのあるスープが溜まっている様は火口そのもので、その火口をベーコンが2枚、バッテンを作って橋をかけるように封鎖していた。


 以前と違うのはマグマに位置するスープの部分と辺りに漂う香りだろうか。

 赤く黄色く輝いて、ぐつぐつと濃厚なチーズの匂いを撒き散らしていたスープは、命の危険を感じるような毒々しいピンクと赤が輝く見るからにやばいスープへと変貌を遂げていた。

 前はチーズに隠れてほんのりとアクセントのように感じられた甘い香りも、今では糖尿病患者を一撃で殺すような甘い死の香りとなって辺りに充満している。

 メインディッシュからスイーツにジョブチェンジした


「落ち着け、大事なのは食べ方だ。ふちを千切ってこのマグマみたいなスープをつけて食べるんだ。その時にベーコンも巻き込めばこれがまあ……」


「……美味しいですっ!!!」


「だろ?」


 説明中、待ちきれなくなった聖女様はフライング気味に一口。

 その身に雷が落ちたように姿勢が真っ直ぐになり、目をかっぴらいた。

 わかる、わかるぜその気持ち。俺とアルボはうますぎて普通にキレたからな。


「じゃあ俺も……うんっっっま、あっっっっっま」


 衝撃が走る。思わず声を出さずにはいられない。

 暴力的なまでの味を目を瞑り、余す事なく味わう。


 口に入れた瞬間ジューシーな甘みが口の中で暴れ回る。

 最初に来るのは無印ベーコンマグマパイと変わらないダイレクトなうまみ。直後に煮詰められた強烈な甘み。最後はドロっと尾を引くような甘みを薔薇の少し爽やかな香りがスッパリと断ち切って次の一口を求めさせた。

 訂正、余裕でメイン張れる味だ。


 スパッと切れた余韻を取り戻そうと目を開けると……


「あっ!俺の分が!」


「喪者さんが、呑気に、食べ、ているか、ら悪いのですよ!」


「喋りながら食うんじゃねえ!」


 油断した。

 一つしかないベーコンマグマパイを頬をいっぱいに膨らませ、既に9割を口に収める聖女様の姿があった。

 残った最後の一口を守るべく手を伸ばす。

 距離で言えば確実に俺の方が近い。

 しかし、食い意地の張った聖女様の力は恐ろしく、俺が動くよりほんの僅かに早く手を伸ばした。


 その手はほぼ同時に重なった。


「わらひがさきえす!」


「食いながら喋るな!これは俺ンもんだ!」


「わらひ!」


「俺!」


「わたひ!」


「俺!」


「私ーっ!」


「俺ーっ!」


 意地と食い意地のぶつかり合い。

 決して譲るものかと双方から引っ張られた生地は……2つに千切れた。


「「あっ……」」


 勝負は引き分け。

 ベーコンマグマパイのうまさを支えるスープを失った俺たちは、僅かに染みた小さな欠片を口に放り込み、噛み締める暇もなく食べ終わった。

 場に残ったのは切なげな顔をする俺と聖女様だけ。

 ものの見事に両者敗北を味わった。


「……写真でも、撮るか」


「……そうですね」


 笑顔もなければピースもない。証明写真の如く無の表情で見つめ合う気まずい空気が撮れた。



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