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月下の大作戦



 今、俺の目の前には光がいた。

 正確には月明かりをそのガラスのように光を通す白髪が何倍にも増幅させて燦然と光を振り撒いていた。とでも言うべきか。


「来てくれたのですね!喪者さん!……あっ」


 今日の聖女様は最初からこのおてんばモードらしく、キラッキラの笑顔で迎えられるも、ついつい喜び勇んでしまい、ガッツポーズまで決めてから聖女様は自分の声の大きさに気付き、恥ずかしそうに両の手で口を隠した。

 

 それも一瞬。


 両の手を退けると聖女様は人が変わったように真剣で穏やかな表情に変わっていた。


「私、外の世界が見てみたいのです。私をここから連れ出していただけますか、喪者様?」


 ひどく穏やかに助けを求める聖女様。

 しかし言葉の奥底からは何かに酔いしれるような、どこか憂うようなそんな音が聞こえてくる。

 ……所謂、悲劇のお姫様になりきっていた。


 夢みがちな乙女……ね。

 アルボが散々騒いでいたその言葉を理解する。

 まあなんだ、ロールプレイにはロールプレイで返そうじゃないか。


「お任せを……と言いたいところなのですが聖女様、こちらにお着替えください。その格好ではあまりに目立ってしまいます」


 準備が出来たらお呼びくださいと付け加えて、めろんぱんだ作のワンピースと麦わら帽子を差し出す。

 俺は黒子。役目を終えたら引っ込むのが常。


 悲劇のお姫様を待つ間で改めて気合いを入れ直す。

 花火を打ち上げる都合上で俺には時間制限がある。

 その花火が打ち上がるのは今から1時間後。1時ぴったり。……その時を最高の席で迎える必要がある。

 短くても長くてもいけない、完璧な時間管理が求められるってワケだ。

 ロケハンはした。念の為行きたい場所も絞って優先順位もつけた。

 準備は万端だ。




「喪者様。どう……でしょうか」


 恐る恐るといった様子で呼びかけられる。

 控えめに主張してくる声に乗っかれば、めろんぱんだにより作り上げられた、お忍び聖女様モード夏祭りに出迎えられる。

 

「……っ!とても綺麗で似合っておりますよ」


 危ない危ない。神の采配に思わず汚い喋り方が出てしまうところだった。

 そこには通常時の光の化身とも言える聖女様の姿はなく、真っ白なワンピースは聖女様の白より白い肌を強調していて、それでいて薄っすらと光を浴びて体の一部のように溶け込んでいる。

 つばが広い麦わら帽子は全方位に光を放つ髪をある程度カバーしており、少し不恰好な形はかえって聖女様の完璧さを浮き彫りにした。

 めろんぱんだの半魂を見て依頼した俺の直感は正しく、元気溌剌で子供っぽい聖女様が一転、海辺で月明かりに照らされる淡く儚い雰囲気を纏う少女へと変身を遂げた。

 はっきり言って既に花火を見終えた後の空気感を出している。似合いすぎだ。


 気付けば俺は聖女様の手を取っていた。


「それでは行きましょうか。外の世界へ」


「はい……!」


 握り返される手には想像以上に力が入っており、聖女様のワクワクとドキドキと少しばかりのキャラ崩壊を感じさせた。

 残り57分。夏祭り大作戦を開始する。

 



「わあぁ……!外はこんなにも賑やかなのですね!!」


「そうですか?大聖堂の中もなかなかに賑やかだと思いますが……」


「そうなのですか?私普段は聖域にいるのであまり知らなくて」


 街に繰り出して早々聖女様は目を輝かせたり口を大きく開けて驚いたり……キャラが崩壊していた。

 取り繕っていた振る舞いからはワクワクが漏れ出ていて、徐々にと言わずあっという間に馴染みの深いおてんばモードへと逆戻り。

 しかし本人に自覚はなさそうなのでロールプレイは続行だ。


「本当ですよ、中には大聖堂で大声を叫んだり記念撮影などと言って不遜な態度を取る不届者がたくさんいますよ」


 だいたい俺の話である。

 今の俺はロールプレイ中。すなわち別人。それすなわち他人のフリをして勝手に懺悔してもノーダメージという素晴らしいシステムだ。


「あーっ!私が聖域にいる間にそんな事が起きているのですか!?この目で是非一度見てみたかったです不届者さん……」


「見てみたい……ですか?怒らなくて良いのですか?」


 何故か許された。

 それどころかむしろ興味津々だ。

 仮にも聖女様がそれでいいのか?……いや、ただのおてんば少女ということか?


「怒る……何をですか?」


「その……神の眼前でといいますか神聖なところに不純物がと言いますか……」


 歯切れの悪い俺の言葉に聖女様はキョトンとした後、数秒遅れて合点がいったようで申し訳なさそうに照れた。


「あ〜私その、そういう()()とかなくてですね……そういうのはシスターに聞いてください!」


 おっと地雷。

 ノーリスク懺悔とか言ってる場合じゃない。

 ちょっとステルスすぎる地雷を踏んでしまった俺は慌てて舵を切り直した。


「あ、あ〜それはそれは失礼しました。シスターさんに聞きますね……ゔぇっほん。それはそうと聖女様、いま手元に例の不届者の写真があるのですがご覧になりますか?」


「本当ですか!?見たいです!」


 この際リスクがつくのはしょうがない。

 俺にとっては少し苦い思い出のある例の写真を開く。

 そこには今の俺と全く同じ装備のプレイヤーが無数に並んでいた。

 変装の欠片も出来ていない全くそのままの俺が映るその写真を祈りながら聖女様へ見せる。

 どうか俺に気付きませんように。


「っぷ。あはははは!なんですかこの集まりは!とっても変で……あはは、愉快な不届者さんですね」


「でしょう?このように変な不届者が外にも大聖堂にも、たくさん居ますから賑やかさは同──」


「あっ!」


 あっ?

 まずい、非常にまずい。

 失態を誤魔化せた(お気に召した)のはよかったが、引き時を間違えた。


 何かに気付いた聖女様は写真の中の一点を俺の顔と交互に見比べた。

 目線の先にあるのは端の方でも目立つ個性的なポーズを取っているプレイヤーでもない。

 中段に紛れて間抜けな顔で王道の中の王道であると同時に没個性の象徴であるピースをしている敗北者(おれ)を見ていた。


「この顔……この髪……」


「ナニモツイテイマセンヨ」


「この服……」


「ヨクアルフクデスヨ」


「やっぱり!喪者さんですよね!」


「ヒトチガイデス」


「教えてくださればよかったのに!とっても楽しそうな顔してますね!」


 抵抗虚しく撃沈。

 無邪気なその瞳が、無邪気なその言葉がただただ痛い。

 楽しそう?いやいや「あ、ここで合ってます?」みたいな顔してるじゃないか、間に合わないし思いつかないからとりあえず出しとこうみたいなピースしてるじゃないか!

 

「私も写真、撮ってみたいです!」


「りありぃ?」


「ダメ……ですか?」


 ただ殴るだけでは終わらない、助け舟を出してくれるからこそ聖女様なのだ。

 KO寸前のダメージを受けた俺は取り繕っていたロールプレイにヒビを入れながらも助け舟に乗る。

 くそっ、上目遣いは反則だろ。


 せっかくなのでスクショじゃなくてカメラを設置して2ショットを撮ろう。

 

「聖女様、ちょっと壁の方に寄ってください」


「こう、ですか?」


「はい笑ってくださいねー」


 タイマーは5秒に設定。

 急いで聖女様の隣について位置を調整する。


 3、2、1、──。


 シャッターが切られる刹那、ピースを避けようとした俺の頭はぐるぐると渦巻き、イカしたポーズを探し出す。

 もちろんそんなすぐに見つかるワケもなく、俺は何も選択出来ないまま笑顔を浮かべるだけに終わった。


「せ、聖女様、撮れました」


「見せてください!」


 見るの怖ぇ……

 緊張からか一歩に僅かなラグを感じながら空中に固定されたカメラに手を伸ばす。


 そこらの建物を背に急遽行われた2ショット撮影。

 写真に映る俺たちは2人して真っ白な服を着ているが、片や完全に着こなしている聖女様、片や無駄に目立つパッツパツの俺。

 どこからどう見ても凸凹だ。


 こんな事になるなら俺も初期装備を脱却してくるべきだった。

 

「おおーっ!私がいます!私が映ってます!」


 日和って俺が先に確認していると待ちきれなかったのか聖女様が身を乗り出して覗き込んでくる。

 初めて鏡を見た動物のような反応をしてはしゃいでいる姿はもはや悲劇のお姫様の悲の字すらない。

 それどころか喜の文字が顔に浮かび出ているほどだ。

 

 どこで学んだのかちゃっかりピースをしている聖女様は隣に並ぶ笑顔の男……俺を見て首を傾げた。


「喪者さん、あれはしないのですか?」


 聖女様はそう言って不思議そうに俺の目の前でピースを作った。


 俺は死んだ。



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