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兎と走者とバードストライク



 なんだかんだ俺の手元には10個の竜火晶が集まっていた。

 功労賞というべきか人の温もりを感じたというべきか。


 思わず出てしまった嘆きの声が洞穴中に聞こえてしまったようで、聞きつけたさっきのプレイヤー達が物々交換を提案してくれたのだ。

 突発的に開催されたプレゼント交換会のおかげでお互いに目当てのものが手に入り、苦しめられたランダム要素ともおさらば出来た。


 みんなが必死こいて掘っていた時間は実を結び、全員に目当てのものが行き渡った。

 その時のみんなの顔は忘れもしない。口元は緩みきり、切れた血管や汗はどこへやら……この上なくスッキリした表情をしていた。多分俺も同じ顔をしていた事だろう。


「みんないい顔してんなぁ……」


 あまりにもいい顔をするものだからスクショを撮っておいた。

 モンスターなんて1匹も倒していないし顔を合わせたのも一瞬。だというのに達成感に満ちた空気感に長年の友達といる時のような気の緩みよう、一種の癒しとも言える空間が広がっていたのはすごい事だと思う。


 見知らぬ人とその場で協力して目的を達成する。

 そんな現代ではすっかり見なくなってしまった光景に思いを馳せ、竜晶洞穴を出る。



「おかえりなさいませ喪者さん、たくさん掘れましたか?……この短時間で結構掘れましたねぇ、えぇ。これでしたら一つ置いて行ってくださればいいですよ。はいー」


 俺を出迎えた胡散臭いNPCは覗き込んでくるや否や汗水垂らした結晶を置いていけと言い出した。ほとんど青筋由来の冷や汗だったが。

 それにしても突然置いてけってそんな……


「え、そんな関所みたいな」


「喪者さんは物忘れが激しいですねぇ、えぇ。最初にも言いました通り掘り出した数に応じて頂く決まりとなっておりまして、えぇ。はいー」


 言ってたわ。

 この絶妙に癇に障る喋り方ばかりに頭がいってすっかり忘れていた。

 どうにも気に留めてない事になると忘れがちなんだよなぁ。

 

「あー、じゃあこれで」


「えぇ。ありがとうございます。はいー」


 みんなから貰った竜火晶を避けて適当な余り物を差し出し、この発掘現場を後にする。

 

 しかし崩れた計画もみんなのおかげで持ち直せた。今日の俺はツイてるかもしれない。

 いい流れが止まらないうちに花火の作製に必要なもう一つのアイテム、花装紙を探しに出よう。


 ぐるるぅぅぅ……


「……とりあえずなんか食べるか」


 出鼻を挫くように空腹に呼び止められる。

 腹が減ってはゲームはできぬ。……俺は電脳武士の心得に従い頭の奥底から訴えるように鳴る声に応えてログアウトを決めた。





「久しぶりにやるか、アレ」


 ログアウトして早々にカップヌードルを持ってきた俺は、冷蔵庫に貼り付けられたタイマーを眺め、大きく深呼吸をする。


「よぉーーーぅい…………スタートォ!」


 ピッ。と響く音と同時に屈み、シンクの下の扉を開け片手で持てる1番軽い鍋を取り出す。

 立ち上がるついでにレバーを上げ、鍋に水が確認。即座にレバーを下ろし、火を点ける。体を半回転させると丁度目の高さにある2()()()のタイマーを手に取り、3分に設定したところでタイマーストップ。

 

「くっそー!今日は結構いけたと思ったんだけどなぁ……」


 16秒。

 奇しくも俺の年の数と被るそのタイムに忌々しい声を上げる。

 夏休みに入ってからというものカップヌードルにお世話になる回数が増えた俺のキッチンでの立ち回りは着実に上手くなっていった……はずなのだが、一向にタイムは縮まらなかった。


 頭打ちになったタイムを尻目に原因を考える。

 何が足りないというのか、腕の長さ(リーチ)か?それとも反射神経(瞬発力)か?

 そもそもチャートを見直す必要があるかもしれない。

 いやしかし現行のレギュレーションだとこれが最速……


 頭から湯気が昇るほどに考えても答えは出ず、ただただ己の練度不足を嘆くしかなかった。

 あ、お湯沸いた。


 

「いただきまーす!」


 今まさにタイマーが慌てて鳴り始めようとする気配を察知した俺はタイマーを止め、蓋を剥がす。

 プロはタイマーを鳴らさないのだ。

 内側の線をオーバーする具材と食べられる事に手を合わせ、麺を啜る。


「ふんへぇ〜」


 パンチのある濃い味が口の中で炸裂する。

 少々ジャンクな……ぶっちゃけ健康に悪そうなこの味が堪らない。いつまでもこの麺を啜っていたい。


 ……あーこのまま食べてログインしたら集まってないかなぁ花装紙。


 夏休みの宿題が終わらない子供のような夢を見る。

 提示された素材を集めて何かを作るっていう作業自体は特に変わったものでもないしそんなに苦労した覚えもない。

 だがそれも求められる素材がほとんどモンスター由来のものだからだ。


 初見の敵、初見の景色、フィールドを飛び回る嫌がらせ(徘徊型モンスター)

 そういう旅のワクワクとイライラをフラッシュバックさせられ、装備やアイテムを作るという大義を盾に合法的にモンスターと戦える(寄り道出来る)のが素材集めの魅力だと俺は考えている。

 

 つまり何が言いたいかって言うと……


「はひゃふほはふぁへへふぇ!」


 早いとこノルマから解放されてクエストやって旅したい。

 オープンワールドを謳っているドラグラで俺はまだ初期街の周辺でうろうろしているだけ、いつまでキリコ狩りするつもりだって話である。

 いやまあ3日目だからそんなもんと言えばそんなもんだけど、この間にもキルナはどんどんと進むしアマタツに追い抜かされているかもしれないワケで……


 意外と地道な作業向いていなかったのかなぁ……なんて生産系を主とするプレイヤーへ尊敬を集めながら麺を啜る。


「へへうかへっはふほふはうほひはんふは、ひはへへはほふへ?」


 思い立ったが吉日、啜る手を緩めながらスマホへ手を伸ばす。

 行儀こそ最悪だがスマホをイジる手は止められない、せっかく出口の光が見えたから。かといって啜る手は止められない、麺が伸びるから。

 

「ふぁ!」


 掲示板の過去の書き込みを漁っていると花装紙に関する書き込みを見つけた。

 書き込んだ主は「これ何に使うん?」などと言いながら花装紙の名が並ぶウィンドウのスクショを貼り付けている。

 いかんせん過去のログ、これがwikiとかであれば「花火っすよ」なんて書き足せたが3日目でwikiなど出来るはずもなく。

 やむを得ず書き込み主と空になった容器に手を合わせ、俺はドラグラの世界へ舞い戻った。





「あれ多分前アルボと行った雑貨屋だよな?」


 腹に温かさを感じながら例の発掘現場前に降り立った。

 スクショのどことなく見覚えのある背景から雑貨屋だと断定する。

 気分がよすぎて走っているつもりがスキップになってしまっているが気にしない。

 どうせパツパツのタンクトップなのだ、変な奴が変なムーブしてても痛くない。


「今日の運勢サイコー!しし座でよかったー!」


 死にかけのところを通りかかった初心者パーティに助けられ、逃げ込んだ先が運良く効率のいい狩り場で、採掘していたみんなの気前がよく竜火晶が集まり、たまたま開いた過去ログで花装紙の情報を見つけた。

 これを運がいいと言わずになんというのか。サンキュー星座占い、サンキュー早起きした俺。


 今はただ全てに感謝を。



「ふぎゃっ」


 天を仰ぎ、優雅に突き進んでいた矢先、持ち上げた膝に強烈な衝撃が生じた。

 変なやつ()を避けるように開けた道に跳ねる影が一つ。

 バスケットボールもびっくりなバウンドを披露した……推定俺にバードストライクをかまし吹き飛んだ()()()はゆらゆらと立ち上がった。


 立ち上がって尚アルボの倍ほどの身長しかない少女は緑と赤と白のパッチワークで構成されたファンシーなエプロンドレスを身に纏っており、払わずに立ち上がったためかもれなく土埃が付着している。

 同様に少し汚れた髪は白みがかった水色をしていて、ふわっとした髪は肩まではギリギリ届かず、耳を隠すように伸びていた。

 気持ちばかりのカチューシャを頭に装備し、偽物か本物かわからない2本の白いうさぎ耳が元気に張っていた。

 その見た目から恐らく不思議の国のアリスが好きな少女だと推察できる。


 いやまさか海を割るように開けたこの道に人がいるとは思わないじゃん、ゴーイングマイウェイだと思うじゃん。

 不慮の事故とはいえ蹴り飛ばした事を謝るべく年端も行かない不思議少女に駆け寄る。


「あーごめん前み──」


「オーマエオマエオマエオマエー!どこ見て歩いてるんだぁあ!?」


 訂正、ウサガキがいた。



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