百一匹目の鬼
──ドクンッ!!!
全能感と共にドラグラの世界へログインを決める。
朝一でも寝ぼけることなくシャキッと遊べるのはVRのいいところだ。
朝ということもあり夜と比べて街を行き交うプレイヤーの数が著しく少ない。
一瞬ログアウトしたところと同じ場所か疑うほどだ。
「今日こそクエスト進めるぞー」
昨日は準備を始めた時間が遅かったから進められなかったが、今日は朝から夜まで一日ある。今日こそ進展させられるはずだ。
ログアウトしてからも色々調べてみたが花火に関する情報は何一つなかったため自分の手で調べるしかない。
調べるにあたってそもそもの問題があった。
「あと4ポイント足りねえんだよなぁ……」
花火師になって半分になってなお要求されるステータスはDEX50、30レベまで上げて得たポイントを全ぶっぱしても46にしか届かない。
装備で補うか2レベ上げるか。
「まあキリコ狩りだよな」
装備で補って楽したいところだが、生憎お金を温存したい理由が出来た。大人しくキリコ狩りに向かうしかない。
「破裂しろ!イグニスプロード!」
跋討百鬼の森に足を踏み入れるや否や突っ込んできたバカを一歩横にズレることで避け、すれ違いざまに膨らんだ腹目掛けてイグニスプロードを叩き込む。
「心せよ、イグニスプロード……あ、れ?」
最小限の動きで攻撃を避け、カウンターを決めるという効率化された動きを実行する俺の視界が突然ぐるりと回った。
全身の感覚が曖昧になり、いつの間にかキリコを見上げていた。
ぼんやりとした視界の中、キリコが斧を振り下ろす姿だけがやけにゆっくりと見える。
……え、死ぬ?
唯一ハッキリしている意識を頼りに気合いで転がり込んで避けようとするが体が縫い留められたように動かない。
直撃する間際、頭の片隅にある記憶がフラッシュバックした。
魔法の不発、タマザナイに磔にされた時の感覚、ステータスを割り振った時の違和感。
……やっちまったなぁ。
フラッシュバックした記憶を元に導き出された答えは魔法を売ってくれたお婆さんの言葉──MP切れ。
すっかり忘れていた概念に不意を突かれ、キリコの渾身の一撃をモロに喰らった俺は地面に倒れ伏した。
「ソニックエッジ!みんなはあの人を!」
耳がそれをスキルだと理解する前に目の前のキリコが肩から腹にかけて切り裂かれ、赤いポリゴンを噴き出しながら霧散した。
なにやら人の顔らしきものがたくさん見えるが、既に俺の視界は溢れ出る赤いポリゴンによってほとんど埋め尽くされている。
ヒーローは遅れてやってくる……あの言葉本当だったのかなどと呑気に考えていると突然視界がクリアになった。
「間に合ったー!間に合ったよハジメ君!」
「よかった!ナイスだよみんな!」
「いま回復しますね、レストア!」
呆気に取られている間にもどんどんと話が進み、いつの間にかHPも全回復していた。
あれ、俺さっきまで死んでなかった?あれ?
とりあえず助けられた事は明らかだ、立ち上がって遅れてやってきたヒーローたちに礼をする。
「えー危ないところを助けてくれてありがとう、俺いま死んでた……で合って、る?」
「あと3秒遅かったら死んでたね!運いいよお兄さん!」
「こらハルカ、恩着せがましく言わない。僕たちも初心者なんだから、困った時はお互い様だよ」
「はーい」
俺の身なりを見て初心者だと判断し助けてくれたようだ。ありがとうヒーロー、ありがとう初期装備。
助けてくれたヒーローは4人、仲良く話しているしパーティだろう。
ハジメとハルカと呼ばれた2人が剣士、俺を回復してくれた1人がヒーラー、未だ喋っていない1人は杖を持っているところから魔法使いと見た。
……いや、全然何が何だかわからない。
頭にハテナを浮かべている俺にヒーラーさんがまたしても助け船を出してくれる。
「えっと、説明しますね。私たち先にこの森に居たんですけど、全然襲われなくて……そしたらお兄さんが突然あのモンスターに襲われ始めたんです。最初は見てただけだったんです。でもお兄さんMP切れ起こしたように見えたので助けに来た感じです」
「なるほど?なんとなく理解は出来た、ありがとう」
神か?このヒーラーさん。
つまり目の前の神曰く、4人は跋討百鬼の森初見で何故か一向に襲われないのを不思議に思い見てたところ初期装備が初心者ムーブしたので人助けの心に火が点いたと。
え?俺もしかして今とてつもなく恥ずかしい人?
調子乗って1人で乗り込んで初歩的なミスをしてこの森初見の人に助けられたってこと?
恥ずかしっ!超がつくほど恥ずかしい人じゃん。
幸い生き返らせてもらったおかげでまだ挽回は出来る。
お礼という名の汚名返上をしなければならない。
「お、お礼といってはなんだがこの森の仕組みでも教えよう。もちろん興味があればだけど……」
「やっぱり何か秘密がある感じだって!私の言った通り!」
「実はここでレベル上げるのが良いよと言われたもののこの有様で……丁度悩んでいたんです!是非教えてください!」
セーフ!首の皮一枚繋がった。
まだ挽回出来る。ここからかっこよくこの森でのレベリング術を伝授すればなんだかんだで恥ずか死は帳消し!
「端的に言うとこの森は……1人用だ」
「「「1人用……?」」」
「まあ見た方が早い」
Die助にそうやられたように俺は4人から距離を取る。
「危ないっ!」
「わかりやすいんだ、よっ!」
何時間この森でレベリングしたと思ってるのだ。
死角から突っ込んできたキリコを完璧なタイミングで躱し、さっきの恨みも込めて下から抉るように腹を打ち上げる。
いくらDEX46だろうと所詮素手、的確に弱点を振り抜いても1発じゃ足りない。
「オーライ」
緩やかに回転しながら降ってくるキリコが丁度横を向いた時、足を大きく横に開き、連動するように動かした腕でキリコの無防備な腹の中心に掌底を叩き込む。
見事に吹っ飛んだキリコは何度か地面を跳ね、ポリゴンを撒き散らして消えた。
「す、すごい……」
「とまあこんな感じでキリコ……キリングコートは一定の距離を取ると1人になったと勘違いして突っ込んでくる。奴らの攻撃は真っ直ぐ行って袈裟斬りのワンパターンのみだ、適当に避けて膨らんだ腹を叩けば倒せる」
「なるほど……どうりで襲われなかったワケですね」
有言実行。
1から10まで完璧に拳と口で語る事に成功した俺は恥ずか死を回避した。
ハジメ君とヒーラーさんのキラキラとした眼差しが非常に気持ちいい。
「助けてくれてまじで助かった!そっちもレベル上げ頑張れ!」
「ありがとうございました!!!」
俺は一生懸命貼ったメッキが剥がれる前に4人パーティから離れる。
2人はいいとしてハルカという剣士にはバレかけていたし、魔法使い君に関しては『でもあなたみっともなく倒れてましたよね?』って目をしていた。
あんな目で見られてはもう一度死んでしまう。カムバックヒーラーさん案件だ。
「その斧落としてけぇ!!」
気付かれないように遠くで狩りを再開した俺は苦戦を強いられていた。
ここら一帯のキリコは入り口の方とは違いかなり行儀が悪いようで、他のキリコがまだいるにもかかわらずどんどん飛びかかって来やがる。
今まで膨大なMP量に物を言わせてバカスカ魔法を打って、レベルアップによるMP全回復で永遠に魔法を打ち続けるという裏技じみた戦法でとんでもない効率を叩き出していたがそれも昨日までの話。
魔法使いから花火師にジョブチェンジした事で500も最大MPが低下し、素手での戦闘を強制されていた。
ワンパン出来ず、弱点2発になんらかのダメージが加わってやっと倒せるレベル。
圧倒的攻撃力不足によって処理が遅れ続け、次第に相手取るキリコの数が増えていく。
どうにかして武器が欲しい。あれほど適当に捨てたキリコの斧が今とても恋しい。
「……いや、斧あるじゃん」
数が増えた事でより頭に入ってきた。
全員が全員斧を持っているのであれば、奪って使えばいいのでは?
「お前の斧は俺ンもんだァ……!」
斧が振り下ろされる瞬間に腕で弾き、握る力が緩んだところを突き反対の手で斧を奪う。
奪ったその手を戻せばあっという間に袈裟斬りの出来上がりだ。
「おいおい、楽しくなってきたんじゃないか!?」
斧と同時に斬ったキリコもポリゴンとなって消える。
ワンパン。新たに感じる最高効率の予感に肩を震わせた。




