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幕開けの予感



 レベリングという共通の目的がなくなった事でパーティを解散し、1人になった俺は大聖堂に向けて足を進めていた。


 片や罵倒、片や苦笑い。反応としては最悪だったがギルド名はもちろん【@ほ〜む】でゴリ押した。

 一晩かけて考えたのだ、職権濫用と言われようが気にしない。なにせ俺がギルドマスターだからな。


 名前の真上に表示される今のところ不評な名前に言い訳を捏ねていればあっという間に目の前には大聖堂が聳え立っていた。


「さて、ケンピンとやらをやってみるか」


 お金には余裕が出来たし、見返りのないボランティア活動をしてみるのも悪くない。

 相変わらず多種多様な装備に身を包んだ大量のプレイヤーを横目に手の空いている修道女(シスター)を探す。


「俺も1日で成長したなぁ……」


 慌てふためく者にあんぐりと口を開けている者。恐らくガチの初心者の姿に思わず腕を組んで頷いてしまう。

 わかる、超がつくほど気持ちがわかる。呆気に取られるよな、田舎から都会に来たみたいな疎外感があるよな。

 威勢良く飛び込んだ俺もあんな間抜けな姿を晒していたと思うとちょっと恥ずかしいな。


 今始めたばかりのプレイヤーもたむろしているプレイヤーも、どことなく一定の間隔を保って動くおかげで非常に歩きやすい。

 快適も快適。これを知ってしまうとリアルの人だかりにはもう戻れない。


 キョロキョロと挙動不審にシスターを探していると、ふと祭壇にいる()()()と目が合った。

 

「…………」


 それはプレイヤーとは一線を画す異質な空気を纏っていた。

 圧倒的な光を感じさせるそれは全身の全てが白い。

 謎の力でふんわりと宙に浮く長髪はガラスだと錯覚するほど光を通し、もはや後光が内側から発生している。

 人形のように祭壇に佇むそれを、頭では人であることもNPCであることも理解できるはずなのに、体がその存在を知覚出来なかった。

 それは本当にそこに存在しているかもあやふやで、触れてしまえば消えてしまいそうなほど希薄な存在感を溢れ出るような光で塗りつぶしている。

 

 光の化身。


 そう認識した時、初めて俺は今の状況を思い出した。


「……はっ!そうだった、ケンピンしに来たんだった」


 足も目も釘付けにされ、心が無条件で平伏してしまうような不思議な感覚に襲われる。

 俺はシスターよりも先に野生の神を見つけた。



「あのー、ケンピンしたいんですけど……」


「はい。献品してくださるのですね。それではここにあるエニシの花へお願いします。喪者様」


 当たり前のように声を発した野生の神の言葉に俺の頭はハテナで埋め尽くされた。


「エニシの花?」


「忘れておられるのですね。エニシの花とは記憶を集めて咲く花でございます。献品をしたいとおっしゃられましたので喪者様が持つ記憶の一欠片をこの花に納めていただければと思います」


 これは……アレだ、NPC特有の世界観に乗っ取った説明ってやつだ。何を言っているのか全然わからない。

 

 整理しよう。ケンピンがアイテムを消化できる作業で、ケンピンするにはこのエニシの花とやらにアイテムを納めればいい。

 それでエニシの花というのは記憶を集まる花で、記憶の一欠片を納めろと。

 あっ、ドロップアイテムって記憶って形で扱われているのか。モンスターと戦った記憶としてアイテムが落ちる……みたいな話だろうか。

 

 整理しても良くはわからないがアレをするには十分な情報だ。

 頭を抑えるフリをし、我に帰ったようにキョトンとした表情を浮かべる。


「思い……出した……!」


 ロールプレイ。ゲームの世界にのめり込むために重宝されるなりきりの技法。

 ストーリーの類と出会うまでやるつもりはなかったが、こんな如何にもな話振りをされては乗るしかない。

 失くしていた記憶を思い出すかのように振る舞い、インベントリからエニシの花へアイテムをどんどん移していく。

 キリコの手斧にバウンピッグのバネ足、薔薇豚は……ベーコンマグマパイにも付いていたし食材として置いておこう、金キリコは豪勢なやつだけ残して全部ポイだ。


 すごい、断捨離しているだけなのに良い事をした気になれる。アリだな、ケンピン。


「これで全──」


「聖女様」


 不意に聞こえた声にビクッと体が跳ねる、目の前の神もビクンと跳ねた。ギギギと首を動かす動作もセットで。


「シ、シスター?これは違うのです。献品したいと仰る喪者様がいたので説明をですね……」


「聖女様」


「は、はい……すみませんでした……」


 聖女と呼ばれた神はあっさり折れてしまった。

 しかしまあ、聖女もまたロールプレイをしていたらしい、仮面が外れれば神というには普通すぎる少女だ。

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 今この場において圧倒的邪魔者である俺は空気になりきり、さらに気配を消す。

 俺は空気俺は空気俺は空気。


「ハァ……何も私たちシスターの真似をしてはいけないと言ってるわけじゃないのです。あなたは聖女なのです。いくらここが大聖堂で聖火の前だとはいえ喪者が襲ってくる可能性もゼロじゃありません」


「でもエニシの花が……」


「でももへったくれもありません。エニシの花があるからといってその身を大事にしない理由にはなりません。あなたは聖女なのです。最低でも2人つけて遊んでください」


「はい……」


 正論パンチが聖女様に降り注ぐ…….ッ!これにはたまらずKO。シスター恐るべし……

 子供に言い聞かせるようにパンチを放つシスターはまさしくツノの生えた母のようだ。


「喪者様への説明は私が引き継ぎます。ですから聖女様は聖域にお戻りください」


「はい……」


 すっかり意気消沈した聖女様は背中から哀愁を漂わせながらとぼとぼと祭壇の奥へ歩いてゆく。


「すみません喪者様、少しお待ちください」


 引き継ぐといったシスターは慌てて聖女様の手を取り祭壇の奥にある厳格な扉へ向かって歩き出す。

 ほんの僅かな距離にしては異様な対応、過保護ぶりが伺える。

 

 しかし聖女様の足取りは重く、あんなに輝いて見えた光も陰りを見せている。

 さながらオモチャを取り上げられた子供のようで見ているこっちまで心が痛くなって来た。


 俺は空気のロールプレイを止め大きく息を吸った。恐らく今もうるさいこの大聖堂で声をかき消されないように。


「聖女様ー!応対ありがとうございましたー!!!」


 張りすぎて叫ぶように出た俺の声はちゃんと聖女様の耳に届いたらしく、弾けるような笑顔で振り向いた。


「はいっ!」


 普通の少女どころか子供だ。

 意気消沈していた姿はどこへやら、スキップしてシスターよりも早く扉の奥へ帰っていった。


 

『真夜中のお忍び聖女様』が発生しました。

 受注しますか?

 →YES     →NO


 推奨レベル: 0



「びっくりしたぁ……」


 おっとこれは?

 突然目の前に現れたウィンドウに思わず声が出てしまう。

 ジョブチェンジの時と違って心構えが出来ない分ビビってしまう。

 とはいえ内容自体は嬉しい、受注といえばアレだ。クエストってやつだ。


 クエスト名から言ってこれは聖女様を楽しませろという類のもの。推奨レベルも0、初クエストにはうってつけだ。

 

「このタイミングで断るやつとかいねえだろ……!」


 迷いなくYESを押した。

 


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