MMOってなんだ?
最小限のモノしか置かれていない素っ気ない一人の部屋、一際異彩を放つのはジャンル別に分けられたゲーム棚。
遊んで欲しそうに並ぶたくさんのソフトを一蹴して新しいゲームを探していた。
「やっぱりここはRPGか?対人系か?それとも敢えてのんびり系に走るか?」
わかりやすく俺は悩んでいた。
ゲーム自体は様々なものをやったが、どれも齧った程度、本気で打ち込んでいた物と言えば格ゲー棚にある唯一の……いや、越闘もこの際入れてしまうか。
たくさんのソフト群を齧った程度と称すのは物足りなかったから。
RPGはクリアと同時に熱を失い、のんびり系は血と闘争が恋しくなってしまい、対人に至っては気付けば格ゲーを起動している始末。
色んな楽しみ方が出来て血湧き肉躍る。そんなゲームがどこかに転がっていないものか。
「あー結局俺は格ゲーしか出来な……ん?」
いつもは視界に入っても認識することのない広告を、その文字を認識する。
「VRMMO……」
もうすぐ正式リリース!そう書かれたバナーには注目の大型新人!と自信満々に書いてあった。
「聞いたことのないジャンルだな……」
リンクを踏んで公式サイトに飛んでみる。
そこにはデカデカとその存在を主張するタイトルがあった。
『ドラグーン・ラディエンス』
広大なオープンワールドでファンタジー世界を練り歩き、自分だけのパートナーと共に旅をしよう!
もう一つの世界で仲間と出会い……笑いアリ、涙アリ、戦いアリ!?の生活を満喫しよう!
ソロプレイでも楽しめる機能が充実!君もこの夏……
「もう一つの世界かぁ……」
その言葉からは昔よく似たキャッチコピーを以て発売されたモノを思い出す。
フルダイブVR、今となっては珍しくもない代物だが当時は違った。
新しい時代が、新たな世界が、新たな人生が。来るのだとワクワクしていた。
それが周り回って若干の言葉を変えて再び俺の前に現れたのだ。
「運命って事でいいんだよな」
月額5000円と学生の俺には少しきつい値段だが、一月だけ無料期間があるらしい。合わなければ一月で引退すれば済む話。財布も見ずに即決する。
「MMOについては……また今度調べるか、眠いし」
ネットサーフィンに夢中になっているといつのまにか3時を指している時計の針を横目に俺は眠りについた。
リリースまで残り10分。
シャワーにご飯にトイレも全部済ませて来た。あとはゆっくりとその時を待つだけ。せっかくの初MMOということもあり、公式サイトすら即閉じして詳しい情報は仕入れないように我慢して来た。それが後10分で始まるのだ。胸が高鳴って仕方がない。
「そうだ対策しとかねえと……」
俺はメッセージアプリを開きゲーム友達に連絡を入れる。
……なあ、MMOってどんなゲーム?
──あーやったことねーけどとにかく時間泥棒とは聞いたな。
……そうなのか、じゃ俺今からMMOやるからしばらく遊べないわ。
──おい!またそれかよ!
こうして断っとかないと後が面倒だからな。それはそれとして俺は毎回ゲーム開始直前で連絡を入れる。不可侵のバリアを展開するためだ。これを忘れた時は遊びの誘いが160件も溜まっていた。
対策は大事だ。格ゲーwikiにもそう書いてある。
暴れ対策で蓋のない棺桶に入り、頭にデバイスをセットする。
さあ見せてくれVRMMO。お前はVRに適合した側なんだろ?
蓋を閉じるように意識を手放した。
……3、2、1、0──ドラグーン・ラディエンスへようこそ!
厳ついタイトルロゴが表示され、半透明の水色が目の前に広がってゆく。
──VRゲームを初めてプレイしますか?
いいえ。
お馴染みの質問、はいと答えればすぐにチュートリアルが始まってしまうのが注意ポイントだ。さしづめ親切な罠と言ったところか。
──MMOを初めてプレイしますか?
はい……と答えたいが今はワクワクして早く遊びたくてしょうがない。
「あとで。キャラクリエイトとやらを早速始めてくれ」
──それではキャラクリエイトを開始します。プレイヤー様、サポートAIのナビです。よろしくお願いいたします。
「うおおっ!ビックリした……」
ナビが自己紹介を終えると同時に無数の項目と新品のマネキンが突然目の前に現れた。
輪郭から目の大きさ、足の太さまで多岐にわたる項目が表示されていた。
これ全部設定出来るのか……?
それは一から人を作り上げるようなもので、初心者には少々荷が重い。
「これ全部決めるのか……?」
──でしたらプリセットシステムを使用するかリアルでの体をトレースする事を推奨します。
「んーじゃあリアルの体をトレースで」
まるで鏡を見ているよう……いや、この場合は標本というべきか?そこには俺がいた。
MMOはやったことがないが、流石にネチケットぐらいは知っている。このザ・俺を元にイジっていくとしよう。
「キャラクリむっっっず!」
根を上げるのが早い?いやいや違うんだ。
人間の顔というのは奇跡的なバランスで成り立っていて、少しでも崩すと如実に違和感となって現れてしまう。それが自分の顔ともなれば尚の事だ。
ナビの手も借りる事でなんとか形になってきた。
ちょっとだけ美化した上で髪色や髪型をいじり、筋肉量を少し増やしたところで落ち着いた。
初めてにしてはなかなか上手く出来たんじゃないか?ファッションショーといこう。
なんと言ってもオレンジの髪。リアルの真っ黒な髪とは対照的に明るく、スタイリングしてもらったようにふんわりと自然にボリュームが出ている。
そこら中の気になるところを直した顔面はちょっとあどけなさが出てしまったがどこかの事務所に入れそうなぐらいには整えることに成功した。
それらのキャラクリを台無しにするようにパッツパツの白いタンクトップと短パンが主張して来ている。
ファッションはマイナス80点したくなるほど簡素かつダサいが素材は80点に作れたのでギリギリセーフだろう。
……しかしこれ本当に俺か?我ながら随分と美化したなぁ。
まあなんだ、ゲームの世界でくらい好きにやらせてくれ。
──あなたの記憶を教えてください。
うん?記憶?
首を傾げていると見た目をいじった時と同じぐらいの項目がズラりと並ぶ。
一つ選んでみる。例えばそれは国を救った英雄であり、巨大な剣を片手で振り回す最強の戦士であった。
あーつまり、これはアレか……
──プレイヤー様の身の振り方をサポートするロールモデルでございます。初期装備、所持スキル、NPCからの対応が一部変わります。一度決定したキャラクターは専用のアイテムを使用しなければ後から変更出来ませんので慎重にお選びください。『あとで』を選択し、身の振り方が定まってから決めることも可能です。
……所謂キャラ付けってやつだ。生憎と言ってはなんだが今の俺はこのゲームを知らなさすぎる。取り返しのつかない選択をするには早すぎる。ここはあとでを選択するとしよう。
──プレイヤー様はMMOを初プレイ、とのことですが説明は必要ですか?
さてどうしたものか。チュートリアルは好きじゃないがMMOに関する情報は今の所『時間泥棒』と『キャラクリがすごい』しかない。
はいを選択することにした。
──MMO。またの名をMassively Multiplayer Online.プレイヤーの皆様が一つの世界を一緒に遊ぶゲームです。右手の方をご覧ください。
言われたままに首を右に捻ると、シャボン玉のようなものがたくさん浮かび上がって来た。
シャボン玉はだんだん大きくなり、だんだんとその中身が明瞭になってくるに連れ、それは見えた。
──今ご覧いただいてる映像全てがあなたと同じプレイヤーになります。
そこには俺と同じようにキャラクリで頭を悩ませているたくさんのプレイヤーが映っていた。
耳が長いやつから尻尾が生えてるやつ、ムキムキの体にドレスを着ているやつまで。その姿は千差万別。
「なるほどな、こいつは驚きだ」
対人ゲームをやっていた以上、この映像に映る全てがプレイヤーというところには驚かなかった。
しかし、これだけのプレイヤーが闘志を漲らせるわけでもなくただ生きている……言ってしまえば俺と同じように悩んでいる姿がなんだか滑稽で面白かった。
──このゲームは自由を謳います。もう一つの世界を謳います。どうぞこの広大な世界で冒険してください。どうぞ心ゆくままにくつろいでください。ひたすらにモンスターと戦う?自分だけの楽園を作り上げる?世界の謎を解き明かす?それもいいでしょう。私ナビはプレイヤーの皆様を応援しています。どうぞこのMMOというゲームを、『ドラグーン・ラディエンス』という世界を。楽しんでいただければと思います。
なかなかに楽しそうなことを言ってくれるな。それでこそVRを冠するゲームだ。
「いいねぇ……VRMMO」
初めて格ゲーを知った時以来の大当たりの予感に肩を震わせた。