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チュートリアル再び



「そろそろ狩るか」


 フィールドボスである薔薇豚討伐にバウンピッグ狩り、弾丸旅行と濃い一日を過ごした割には12レベの後半。なんとも情けないレベルだ。

 ちんたらしてアマタツに追い抜かれでもしたら目も当てられない。

 ぷぷぷ、まだそこ?などと煽られる事間違いなしだ。そんなことされた日には場外乱闘が始まってしまう。

 故に今日はレベル上げに専念だ。


『レベリング@3、誰でも』


 バウンピッグ狩りの時にちらほら見かけた定型文で募集をかける。

 効率よく倒すならパーティを組むのが一番だろう、野良の手も借りたいところだ。狩りだけに。

 


「……人いなくね?」


 適当にゴブリンを倒しながら人を待つも誰も来ない。

 いや、周りには何人かプレイヤーがいるが一人として見向きもされない。

 場所間違えたか?でもバウンピッグはもう狩っても全然経験値もらえないからなぁ……


 ──何かお困りですか?


「うわぁ!きもちわるっ!」


 突如として爽やかで落ち着いた声に耳を撫でられ肩が竦み上がった。

 強制的なASMRにメンタルがゴリっとイかれたがこれは身に覚えがある、チュートリアルでやった個別チャットというやつだ。

 ドラグリアの喧騒を楽しむために制限解除していた事を忘れていた。


 ──驚かせてしまいましたか?


 ええい喋るな!鳥肌が立つだろ!

 急いで制限をかけ直して囁いてくる犯人を探す、犯人は俺の方を見ているはずだ。

 周囲を見渡せば探すまでもなく、金髪を揺らしている爽やかイケメンの青い目と目が合う。

 あ、笑った。


「よ、よう」


 衝動的に飛び掛からなかった俺を褒めて欲しい、その結果ピクつく口でぎこちなく喋りかける事になったが。

 爽やかイケメンは中性的な甘いマスクをにこやかに崩し、手を振りながら歩いてくる。

 一挙手一投足からは薔薇が咲くような幻覚すら見える。

 なんだこのイケメン、キャラクリってそんなところまでイジれるのか?


「やあ、なにやら困っていそうだったから声をかけさせてもらったよ。僕はDie助、よろしくね」


「あ、あぁ。俺はヨバル、人がいなくて困ってたところだ」


 Die助と名乗った爽やか野郎はすごい勢いで距離を詰めて来た上、手を差し出してくる。

 挨拶と共に繰り出されたそれを俺はガードする術がなく、ぎこちない笑みを浮かべたまま握手に応じた。


「あぁ、レベリングがしたかったのかい?僕でよければ付き合うよ」


「……よろしく頼む」


 背に腹は代えられない。今日はなんとしてでもレベルを上げたいのだ。

 猫だろうが野良だろうが囁きイケメンだろうが手を借りたい、俺はDie助とパーティを組む事にした。


「しかしレベリングということなら始まりの竜原(ここ)は向かないね、この先の跋討百鬼の森がおすすめだよ、行ってみるかい?」


「えっなにその危なそうなところ」


 もちろん行く、超行く。

 



 Die助に連れられてやってきた跋討百鬼の森は物々しく、あちこちから金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

「なんだ?この音」


「すぐわかるよ」


 Die助がニコニコしながら離れていく。

 1人になった途端、背中に粘っこい嫌な視線を感じ振り向いた。

 

「そういう、ねっ!」


 手斧を持った薄汚い緑の怪物がボロボロの外套をはためかせながら飛び込んでくる。

 回避が間に合わないと判断しエアスライドを発動。

 対象を失った斧が地面に突き刺さる……はずだった。


「なかなかやるね!ヨバル君っ!ふっ!」


 1秒前の俺をカバーするようにDie助が斧を盾で弾いた。

 思わぬ伏兵により、よろける怪物。

 

「破裂しろ」


 この後隙を見逃す俺ではない。

 一気に踏み込み、無防備な腹を抉るように掌底を放つ。

 水風船のように膨れ上がった腹に掌が沈む感覚にその名を叫ぶ。


「イグニスプロード!」


 薄汚い緑の腹が赤く黄色く輝き、内側から破裂するように胴体を消し飛ばす。

 分裂した己にさよならを告げ、緑の怪物は赤いポリゴンとなって霧散した。

 これが魔法の力?最高じゃねえか。


「今のはなんだい!?」


「魔法だ、こう見えても魔法使いなんだぜ俺」


 目をキラキラと輝かせDie助が近寄ってくる。

 わかる、わかるぞ。かっこいい技だよな、俺も興奮した。

 5段階ある内の1段階目でこの火力だ、先が楽しみすぎる。


「僕がカバーする前に回避する反応の良さ、初見でキリングコートの弱点であるお腹を攻撃してワンパンするその手腕……その装備はファッションかい?」


「あー、そこまで手が回らなくてな」


 あのグレードアップしたゴブリンはキリングコートと言うらしい、贅沢な名前を貰って大出世だ


 今の俺は初期装備。Die助と出会った時に至っては的外れな場所で的外れな募集をかけて立ち尽くしていたワケで……どこからどう見ても初心者に見えたわけだ。逆の立場なら俺もそう思うだろう。

 とはいえ戦闘面以外はからっきし、初心者というのは間違いではない。

 

「でも初心者っていうところは合ってるぞ、MMOはドラグラが初めてだ」


「なるほどね、どうりでチグハグなわけだ。ヨバル君はこの後予定あるかな?良ければ僕が色々教えようと思ってね」


「そいつはありがたい、今日は一日空いてる。どんどん教えてくれ!」


 最初の鳥肌ものだったこのイケメンも、今では親切なイケメンに見えていた。

 地獄というには爽やかすぎるチュートリアルが始まった。


 


 最初はマナーの類から。

 マナーとはいっても現実とさほど変わったところはなく、相手が人間である事を忘れなければ問題なさそうだ。

 ゲーム的なマナーがあるとすれば、モンスターの擦りつけや横からトドメを奪っていく行為は火種になるので気を付けるべきポイントらしい。

 おーい、イチノセー?



「次はパーティプレイのいろはを教える、よっ!」


 迫り来るキリングコートを盾で弾き、俺が仕留める。

 なんとこのチュートリアル、キリングコートを狩りながら行われているのだ。

 

「よく見ておいて、タウント!」


 俺の方に飛んで来たキリングコートがDie助が吠えた途端に顔を真っ赤にしてDie助の方へと向かってゆく。


「MMOというゲームではPvE……つまりモンスターと戦う事になる。その際重要になってくるのが今やって見せた()()()の管理、だっ!」


「破裂しろ、イグニスプロード!」


 ヘイトというと格ゲーの世界ではだいたい後ろ暗い話だ。

 やれあのキャラが強すぎて面白くない、やれガン待ち戦法はキモいなど兎に角悪い意味で注目を集めるものだ。

 MMOというゲームでは少し違う意味を持つらしい。

 

「モンスターは攻撃されたらその相手にヘイトを向ける。挑発されたらヘイトを向ける。とにかく単純でね、モンスターからヘイトを一手に引き受ける事を()()()()といって、僕のようなタンクや壁と言われるプレイヤーがみんなを守るための大事な仕事さ!」


 ここではヘイトを集めるプレイヤーが英雄らしい。

 英雄の実態が一番ムカつくからと袋叩きにされる仕事というのは悲惨な話だ。


「今から最も大切なこと、役割について説明するよ!」


「……イグニスプロード」


 もはや流れてくるキリングコートの腹に魔法を叩き込むだけのライン工となった俺はチュートリアルを聞きながら遠くを見つめる。

 あぁ……空って青いなぁ……


「役割はタンク、アタッカー、ヒーラーの3つにだいたい分類出来てね、それから……」


 左から入ってくる言葉が右に抜けないように整理する。


 タンクというのは全力でヘイトを稼ぎ、タゲを取り続ける戦闘の要の役割らしい。

 言葉で聞けば簡単に聞こえるが、高いダメージを叩き出す味方よりヘイトを稼ぐのは大変な事だとDie助が楽しそうに語っていた。

 タンクの死は全滅を表す。


 アタッカーというのは火力を出し続ける役割らしい。

 任された使命はただ一つ、殴れ。

 非常に俺好みの役割だが、タンクよりヘイトを稼いではいけないなど制約もあるようだ。

 

 ヒーラーというのは言葉の通り味方を回復させる役割らしい。

 暇な時と忙しい時が二極化されており、忙しい時は文字通り過労死する。

 Die助曰く、味方と戦ってるとかなんとか。

 何を言っているかはわからなかった。



「よーし!次はドラグラと他MMOの違いだね!」


「塵と成れーイグニスプロードー」


 最適化されたキリングコート狩りはイグニスプロードを5段階目に突入させた。

 俺の中のDie助が親切なイケメンから教えたがりの爽やか野郎にジョブチェンジする。

 Die助は自分の全部を詰め込もうとするタイプだった。


 このチュートリアル。今日で終わるのかなぁ……



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[一言] イチノセのトレインしんじつがバレてて草
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