頭に知識を焚べるとよく燃える
──ドクンッ!!!
体中に巡る血が沸き立つような感覚で目を覚ます。
日はまだまだ昇り始めたところで、暖かい光が目にダイレクトに飛び込んでくる。
「ぁ、ここからなのか」
街を埋め尽くす喧騒と雑踏が俺の声を掻き消し、自分が今どこに立っているのかを全身で理解する。
昨日ログアウトした場所……つまりアルボが登った木箱の前だ。
寝起きでログインするにはここは少しうるさすぎる、次からは宿か人気のないところでログアウトしようと思う。
「さて、と。まずは仕入れたやつからやっていくか」
昨日の夜、大量に仕入れた情報を一つ一つ整理していく。
メニュー画面を開きステータス画面を開く。
「まさかこんな秘密があったとはな〜」
俺が知らなかった事その1、ステータスの割り振り。
ステ振りと言われるそれはMMOというジャンルでは中心的なシステムで、キャラクリが命を吹き込む作業だとすればステ振りは肉体をデザインする作業ってところか。
自分のやりたいプレイスタイルに合わせて必要だったり役立つステータスを伸ばしていく感じだ。
そんな俺の今のステータスはこれ。
プレイヤー名: ヨバル
Lv: 12
JOB: ノービス
状態: 喪者
HP: 410
MP: 144
STR: 10
DEX: 10
AGI: 10
INT: 10
VIT: 10
ステータスポイント:32
スキル
なし
「うーん、弱そう」
昨日感じた違和感、それはステ振りを行っていない事から来るものだったらしく、謂わばHPとMPがちょっと多いだけの一般市民Aだ。
項目としてはどれもMMOでは一般的なものらしいが俺にとっては新鮮なものも多かった。
今すぐにでも話したいがどうも観客が足りない。
「アルボ、聞いてくれ」
「な、なんですかご主人」
木箱よし、俺よし、アルボよし。
準備を整えた俺は情報の整理……もとい知識をひけらかす。
まずHPとMP。
これは色々なゲームでお馴染みの体力と魔法を使う時に消費するマナだ。
次にSTR。
筋力な事を指すらしく、破壊力が上がるらしい。
武器を持って殴りかかるやつが伸ばすべきステータスってわけだ。
見た目に変化はないので安心して良いとのこと。
次はDEX。
器用さを指すらしく、技術力が上がるらしい。
思った通りに体が動くようになるらしく、命中率が上がったりする。戦闘が苦手な人に嬉しいステータスだ。
ものづくりをしているプレイヤー曰く、世界が変わるらしい。
その次AGI。
敏捷性を指すらしく、速度が上がるらしい。
攻撃を繰り出すのも走るのも早くなる、回避もやりやすくなりそうでアグレッシブに動きたい人におすすめだ。
身体能力という意味では一番上がりそうだ。
お次はINT。
賢さを指すらしく、効率が上がるらしい。
他のMMOではMPと魔法攻撃力を伸ばすものと書いていたが、ドラグラでは調べ物や採取が早くなったりするらしい。
ビックリしたのは魔法のCDが短縮されるところだ。
最後はVIT。
耐久力を指すらしく、硬くなるらしい。
防御力が大きく上がり、魔法防御力も少し上がる。
ステータスの中で唯一HPを増やせるが他のパラメーターと違い火力が上昇しない唯一のパラメーターでもある。
倒れねえってのは強いってつえーやつが言ってた。
「どうだアルボ」
「す、すごいですご主人!昨日まで赤ちゃんでしたのに……!」
「それはもう過去の話、今の俺はドラグラマスターさ」
「す、すごいですご主人!鼻がどこまでも伸びてますっ!」
仕入れた知識は誰かに話したくなるってもんだろ?
近くにいる初心者は感動した事だろう、あまりのわかりやすさに。
「アルボよ、今の説明を聞いて思った事、当ててやろうか?」
「ご主人、当てたいんですか?」
「当ててやろうっ!」
この話を聞いた者は必ずこう思ったはずだ、こう言いたいはずだ。
「全部に振りたい!……だろ?」
俺もそう思ったから間違いない。
「ま、まるで当たってませんご主人……」
「なん、だと……」
俺は膝から崩れ落ちた。
一時はアルボとやっていけないとも思ったが、なんとか気を持ち直した俺は腹いせにふわふわな尻尾をモフるだけモフり、アルボを仕舞い、とある場所へと向かっていた。
「やっぱアルボの尻尾は一級品だなぁ……」
どこにどれぐらい振ればいいかわからない!そんな初心者にも先人は優しい。
武器やジョブに合わせて振ればいいと書いてあった。
先人たちのありがた〜いお言葉に従って目的地に向かってひたすらに突き進むのみ。
それがいま俺が出来る最適解だ。
「あれ?本当にここで合ってるのか?」
思っていたのと違う姿に困惑する。
もっとこうなんていうか冒険者ギルドだとかジョブって言うぐらいなんだから職業斡旋所みたいなものを想像するじゃん?
「なんだあれ」
目の前には大きな煙突が特徴的な建物がある。
煙突からは七色の煙が空に放たれ、何か重要な施設である雰囲気を醸し出していた。
意を決して扉を開ける。
「うわっ、すげえ人いるなー」
思わず扉を閉めてしまいそうになるほど、中はたくさんの人で賑わっていた。
大半は立ち話をしているかメニューウィンドウと睨めっこしている者ばかりだ。
今日用があるのはこっちじゃない。俺はここのNPCらしき大きなエプロンをした人が立っているカウンターへ向かう。
「初めて見る顔だね、説明はいるかい?」
「いえ、だいたいは知ってます」
「そうかい、祈祷にするかい?御饌にするかい?」
「祈祷でお願いします」
「ついてきな!」
言われるがまま後をついていくと、奥の部屋へ通された。
その部屋には大きな窯と壁一面に木札がかかっていた。
「この木札に願いを込めてあの大きな龍窯に焚べるんだよ。しばらくすると火の色が変わる、そのまま木札が燃え切ると火の色が元に戻る。そしたら帰って構わないよ」
一通り使い方を説明するとそそくさと部屋から出ていってしまった。
「早速やりますか!ジョブチェンジとやらを!」
逸る気持ちを抑えて近くの木札を手に取る。
早速願いを込めようとすると木札の上にウィンドウが現れた。
そこには戦士や剣士、生産士に盗賊など……所謂ゲーム的職業が並んでいた。
「こんなにあるのか!?気になるのもちらほらあるな……」
パッと見ただけでも10以上のジョブを確認。
一つずつじっくり見たい気持ちもあるが、今回選ぶジョブはもう決めてある。
格ゲーではあまり縁がなかった、最も現実から乖離した誰もが一度は憧れる存在。
【魔法使い】を選びますか?
→YES →NO
迷わずYESを選択すると木札に複雑な紋様が浮かび上がってくる。
厨二心をくすぐるためだけのような演出に感動しながら俺は窯に木札をぶち込んだ。
「おおっ!本当に変わった!すげえ綺麗だ」
俺の願望が込められた木札は窯に入るとその火を紫色に変え、ゆらゆらと不気味に燃え盛った。
変色した火というのは目を釘付けにするほど綺麗だが、燃え尽きるまでにちょっとかかりそうだ。
この間に魔法使いを選んだワケでも話そうと思う。
まずなんと言ってもロマンがある。
もしも口から火を吹けたなら、空を飛べたなら、水を操れたなら。……そんな夢が魔法には詰まっている。
そしてもう一つ。
ステータスのINTの説明を読んでいる時に思いついたのだ。
これ俺の得意な回転率で敵を圧殺するプレイスタイルが出来るんじゃないかって。
越冬仕込みの3Dアクションからガンガン魔法を回して敵を殴る。
なかなかかっこ良さそうだろ?
「あ、燃え尽きた」
やっとの事でまとまり始めたドラグラでの自分の像に思いを馳せ、心に火を点ける。
「早いとこ試してぇ……」
粛々と燃える火を背に独りごちた。