あなたがゲームをするワケは?
薔薇豚を華麗に討伐した俺は街に戻る事にした。
思えば走ってばかりでロクに見ていない、周辺チャットだって文字で設定してたから賑やかだがうるさくはなかった。
言ってしまえば俺はまだMMOというものの凄さを理解しきれていない。
薔薇豚討伐戦線は非常に心躍るものではあったが、あくまで戦闘だ、格ゲーでも大会の会場なんかじゃ同じように盛り上がっていたし熱気に包まれていた。
ハマるには十分だが感動にはあと一歩届かない。
「そろそろ見に行くか」
余談だがフィールドボスを討伐した事で2レベも上がった。
逆に言えばあれだけ時間をかけて倒しても2レベ程度にしかならないというのが厳しさだ。
よかった事といえばトドメを刺したのは俺だが、ちゃんとみんなにも経験値やアイテムがドロップした事だろう。
タダ働きに泣く者はおらず、皆ホクホク顔で安心した。
薔薇豚討伐戦線を振り返っていればすぐに街の門に着いた、
さあMVPの凱旋だ。
スクランブル交差点を行く人々が揃いも揃って喋っていたらどうなるか?
全ての制限を解除して始まりの街『ドラグリア』の門を潜る。
「ぅゎぁぁ、ぉぉぉぉ……」
漏れ出た声が人の声や足音で掻き消される。
耳が壊れるかと思いきやそんな事はなく、あちこちで上がる人の声が一つになり、ざわざわとした一体感を生み出していた。
初日だからか?それとも夜だからだろうか。すごい賑わいだ。
暖かな街灯の光が街を、人々を明るく照らしている。
スクランブル交差点?そんな物々しい雰囲気じゃない、記憶を辿ってもこの独特の雰囲気を醸し出すのは一つしか知らない。
「……お祭りだ!」
声を張ってようやく自分の声が聞こえる。
この騒がしさ、歓声とはまた違う声の一体感。まさしく夏祭りだ、みんながみんな別々のことで盛り上がって一つの思い出を作る。そんな感じだ。
せっかくのお祭りだ、一人で回るのは勿体無い。
「アルボ!」
「ぅぇっ!?……どわあああああ!ご主人!なんですかここ!すごい賑わぃ……」
召喚したアルボは己の声の小ささに驚き、声を張り直してこのカオスな状況に驚いた。
律儀なところも良いが、気を抜いて言葉尻が掻き消されているところがかわいい。
大弓さんにそうしたようにひょいと担ぎ上げ肩に座らせる。
「アルボ、茶釜って脱げるのか?」
「えぇっ!?ま、まあ脱げますよ?」
「じゃあ頼む、肩にゴツゴツ当たって落ち着かない」
意訳、モフみが足りない。
茶釜が無ければたぬきっぽさが一気になくなる、かといってドワーフっぽくは……気持ちばかりの髭マフラー程度しかない。
よくよく見たらどちら様?って感じだ、強いて言うなれば妖精が近いかもしれない。
「改めて始まりの街、ドラグリアを楽しむぞー!」
「お、おー!」
もふもふ要員兼解説係のアルボを加えて、探検が始まった。
見上げればどこまでも青く暗くなっていく空の下、始まりの街、ドラグリアは灯りに包まれていた。
「なんだかお祭りみたいですねご主人!」
「そうだろ?ちょっとドラグラ舐めてたぜ」
街は活気に溢れており、目を見遣れば訳もなくたむろしているプレイヤーにワクワクに目を光らせているプレイヤー、キャッキャうふふしているプレイヤー、案山子になりきっているプレイヤーまでいる。
みんな自由で楽しそうだ。
「せっかくだ、なんか買うか?」
「いいんですかっ!?」
別に本当のお祭りなわけではないため屋台の類はないが、NPCがやってるお店がある。
肩の上でウキウキしているアルボのためにも何か買っていこう。
幸いイチノセのおかげで懐は潤っている、少しぐらい散財しても問題ないはずだ。
「食べ物か小物か……アルボ、どっちがいい?」
「うぅーーーん……」
アルボは顎に手を置いて唸る。
軽く聞いたつもりが、まるで人生の岐路に立たされているかのように悩み込んでしまった。
「じゃあ両方買うか」
「ご、ご主人っ……!」
アルボは捨てられた子犬のようにうるうるした目をこちらに向けてくる。
そんなに嬉しかったのか。なんとなく良い事をした気になった。
「すみませーん、ここにあるローズボアのベーコンマグマパイってやつ1つください」
「あいよ、1つで500エンカになるよ」
現実離れした名前のその料理はマグマの名に相応しく、火口のように中心が窪んだパイ生地に、赤く黄金に輝く何かが溜まっている。
火口を封鎖するようにベーコンがバッテンを作っており、2人で食べるには丁度いいサイズをしていた。
「は?バカうめえ」
「なんでキレてるんですかご主人……なんですかこの犯罪的な美味しさは!」
ふちをちぎってマグマに付けて食べると、俺たちはキレた。
口の中に溢れんばかりに流れ広がったのは濃厚なチーズの味。ぐつぐつと煮詰められたチーズはトンデモなくいい匂いと少しの甘さが充満させてきやがる。
俺たちはお腹の虫が命ずるままに一心不乱に火山を切り崩した。途中、マグマのように溢れ出すチーズを慌てて堰き止めたり、2人でベーコンを取り合うなどあったが無事完食し満点評価を下した。
「うまかったな〜これが500エンカはコスパ良すぎるだろ」
「また食べたいですねっ!」
本当にな。
イチノセから巻き上げた初期所持金の半分……5000エンカの10分の1でこれが食べられるんだ、毎日でも食べたいところだ。
「次は……小物か」
アルボに似合う小物といえば髪飾りとかそっち方面か。
「ご主人!それについては私に考えがあります!」
「ほう?」
アルボに連れられるがままに雑貨屋に辿り着く。
渡したお金でアルボは緑色の液体が入った瓶を持ち帰って来た。
「これはなんだ?」
「マナポーションですっ!」
「いや別にMPとか消費した覚えないけど……」
「なんとこれ!とーーーっても苦いんです!一緒に飲みましょう!」
「なんで!?」
そうなんだ〜はい飲みますとはならないだろ。
順番がおかしい、せっかく口の中が幸せの余韻に浸っているというのに苦いもの?
「良い思い出を作ったので苦い思い出も作りましょうご主人っ!」
「物理的に苦くてどうする!」
「せーので飲みますよ!」
「あっ、おい待──」
「せーのっ!」
「「〜〜〜!」」
この世のモノではなかったとだけ言っておこう。
何故か苦い思い出を作った俺たちは街の大通り、その中でも一際目立つ集団がいるスペースへ来ていた。
『ギルド【幻想のお茶会】です!まったりエンジョイしませんか?』
『☆初心者大歓迎☆ ギルド【ステップファースト】 一緒に強くなりましょう』
『あつまれ!猫好き!ギルド【きゃっとうぉ〜か〜】だにゃん』
そこでは様々な格好をしたプレイヤーが看板を掲げ、道行くプレイヤーを熱心に勧誘していた。
それは中学から大学にかけて存在する、新入生を部活へと引き摺り込む例のアレを頭に浮かばせる。
現実を越えてゲームの世界にまで持ち込まれたそのノリは、MMOを知らずとも容易く理解出来た。
ギルド勧誘もといプレイヤーの争奪戦がそこには広がっていた。
「お祭りというよりかは新歓?初日から飛ばしてるなぁ」
「元気が溢れてていいですねっ!ご主人もギルドとか作ってみませんか?」
気を抜いていたらアルボからキラーパスが出された。
ギルド、ギルドかぁ……見る限りみんなやりたい事がしっかり伝わってくるからなぁ……
「え?俺が?……あーでも楽しみたいぐらいでやりたい目標とかそういうのないんだよなぁ……」
ここは無難に濁して返す事にした。
興味自体はあるが、何を目指してこのゲームをプレイするかなんて考えてなかった。
ただVRゲームというものがどれほど楽しく面白いのか。それしか気にしていなかった。
「あるじゃないですかっ!」
アルボは急に声を張り、俺の肩から飛び降りた。
キョロキョロと周囲を見渡す。
やがて目当てのものが見つかったのか、手頃な高さの木箱に飛び乗る。
右から左、左から右。振り切られる事なく流動的にくねくねと忙しなく動く尻尾に呆気に取られる。
そんな気の抜けきった顔をしている俺を前にアルボはキラキラと輝く目を浮かべ、手を広げた。
「楽しみましょう!思う存分っ!このゲームを!」
楽しみましょう……か。
思えばそうだ、ゲームを遊ぶのに高尚な理由も数奇な運命もいらない。
子供の頃は考えずとも知っていたはずだ……ゲームは楽しんだやつの勝ちだって。
重苦しい現実の事などこれっぽっちも憂いやしなかった。
玄関を開けて、服も着替えず手も洗わず。真っ先にゲームの電源を入れていたはずだ。
近くに誰かが居れば迷わず言ったはずだ。
「……なあアルボ」
「はい?」
「ゲームしようぜ!」
「……はいっ!」
MMOはみんなで同じ世界を共有するゲームだったか?
だったら俺が作りたいギルド、あるかもしれない。
みんなでドラグラの世界を全力で楽しむギルド。