冬の甘さを知り、ゾンビは芽吹く
「やってやらァ!」
意気揚々と飛び出した俺はブラッディローズボア……薔薇豚というらしい巨体の横についた。
薔薇豚の前後は危ないといっても側面には茨の鎧がある。いったいどう攻めるべきか。
悩んでいる俺を見て周囲のプレイヤーが声を上げる。
──初期装備!お前じゃ攻撃力が足らん、後衛を担げ!
「押忍っ!」
早くも戦力外通告を受けた俺は近くにいた小さい体で大弓を扱うプレイヤーを担ぎ上げる。
わざわざ射程のあるやつを担ぐ必要があるのかまるでわからないが、言われるがままに薔薇豚の周りを回り始めた。
──初期装備さん!薔薇豚さんの弱点はあの薔薇と鼻です!前でいい感じに釣ってください!
「おーけー」
イチノセより随分と軽い上に水もぬかるむ地面もない。
こんなモーションの見やすい巨体からの攻撃、喰らう気がしない。
その程度の注文、ゴーレムから逃げるより簡単だ。
──セントアロー!
前方を遮る俺たちの姿を認めるや否や、薔薇の香りがする鼻息を吹かせて巨体を震わせる。
その立派な鼻に矢が刺さった時、薔薇豚が悲鳴を上げて前足を大きく振り上げた。
所謂ウィリーというやつだ、薔薇豚がウィリーした。
──来るぞ!
振り上げモーション、ハンマーの類か?それとも咆哮でも上げるか?
薔薇豚が選択したのは地面への振り下ろし。地震だった。
「うおっ!?」
地面が水のように揺れ、立っている事もままならない。
その巨体使ってやる事がそれかよ……!
バランスを保つのに精一杯の俺を薔薇豚が睨む。
完全に目の敵にされている。
「わかったぜお前の狙い……!」
地面を揺らして足を縫い止めてからの突進。
ボスを冠するにふさわしい、なかなかいやらしい攻撃だ。
しかし突進ならまだ俺にも勝機が──
薔薇豚が勝利の雄叫びを上げると同時に俺の体は茨の蔓で貫かれていた。
「……は?」
何をされたのかわからないまま俺は地に伏した。
大弓さんに届かなかったのが不幸中の幸いか。
揺れが収まる時を見届けることなく俺の体は赤いポリゴンとなって砂のように空へ溶け出して行く。
誰がわかるかそんなもの。
「初見殺しにも程があるだろ!」
突如として地面から生えてきた茨の蔓に貫かれ見事にリスポーンした俺は急いで戦線に復帰するべく走る。
近距離を茨の鎧と巨体が誇るフィジカルの強さで蹴散らし、苦手な遠距離を地震と茨の蔓で潰すだと?
「流石にフィールドボスというだけの事はあるってワケか」
いややってる事は普通のボスと変わらなくないか?これがフィールド毎にいるのか?世も末だろ。
脇目も振らず走れば、意外とすぐに薔薇豚に群がるプレイヤーが目に入った。
改めて遠くから見た戦場は人海戦術というには人数を活かしきれておらず、暇そうなプレイヤーまでいる始末だ。
「あー……そういうことか」
前衛組が薔薇豚の怒りを買い、その間に後衛組が殴る。
前衛が死んだら後衛は他人事のように沈黙する。
前衛という盾がいる間しか後衛は攻撃出来ないわけだ、あの地面から飛び出す茨の蔓を恐れて。
とどのつまり俺がやっていた役割というとそれは。
「肉盾帰ってきました!次いけます!」
──初期装備さん!また私を乗せてください!
茨の蔓の急襲から身を以て守る肉盾だ。避雷針といっても差し支えないだろう。
また大弓さんを担いで走る。
挑発するように敢えて鼻のすぐ側まで踏み込んでから飛び退く。
──セントアロー!
やや舌足らずな声と共に薔薇豚をウィリーさせることに成功。
──来るぞ!
地面が水のように揺れ、止まった体を茨の蔓が貫く。
大弓さんの攻撃2発分、それが俺の命だ。
「もう一回!」
大聖堂で飛び起きて大通りを全速力で駆け抜けてゆく。
時間とは早いものでサービス開始からほとんど走っているだけだというのにもう日が暮れている。
同じことを繰り返しているだけじゃないかって?それがゾンビアタックというものだ、攻撃方法は死んで覚える。覚えた上でどうにもならなければ相打ち覚悟で殴りかかる。
「肉盾ただいま復帰しました!次行きます!」
単純作業は嫌いじゃない、越冬で腐るほどやってきたから。
3度目にもなればわかるよね?と言わんばかりにウキウキしている大弓さんを拾い上げ、薔薇豚に突撃する。
──セントアロー!
真っ直ぐ打ち出された矢が薔薇豚の鼻先に直撃する。
薔薇豚がお馴染みのウィリーを決める。
単純作業は嫌いじゃない。嫌いじゃないが同じ技に何度もやられるのは格ゲーマーの血が黙っちゃいない。
わかっていて喰らうのか?それはノーだ。
理不尽な攻撃だからといって諦めるのか?それもノーだ。
二度のデスで十分わかった。
「対策といこうか!」
薔薇豚の攻撃は地面を揺らしてからの茨の蔓で仕留めるというコンボだ。
まともに食らえば即お陀仏だが幸い前兆はたくさんある。
──来るぞ!
前足が地面に振り下ろされると同時にジャンプする。
一瞬とは言え揺れから逃れる事ができる。
──セントアロー!
宙に浮き上がった俺たちをキッと睨み、薔薇豚は吠えた。
空中での攻撃は避けずらい、越冬で散々浮かせてコンボを繋げていた俺が言うのだから間違いない。
ただしそれはVRの身体能力に頭が追いついていない場合だ。
咆哮と同時に地面を見る。
ご丁寧に地面を突き破るところまで再現しているドラグラに感謝しながら、地面に亀裂が入ったことを確認。
正中線をズラすように体を捻り、ど真ん中目掛けて飛び出した茨の蔓を回避する。
「……っしゃあ!」
波打ち不安定な足場に着地すると同時に再度跳び上がる。
若干体勢は崩れるが問題ない、咆哮を合図に走る亀裂を確認し追撃を回避する。
──セントアロー!
暴れ馬のように動く俺から振り落とされないどころか、攻撃まで決める大弓さん。頼りになりすぎだろ。
視界の端に3度目の亀裂を確認し茨の蔓を回避。
「ここに来て釣りかよぉぉぉぉぉおお!」
空中で無防備にも回避を決めてしまった俺は2本目の茨の蔓に尻を貫かれ、HPを全損した。
攻撃にして5発分、大きな進歩だ。
「やりすぎだろーーーっ!」
あまりにもあんまりな死に方に大聖堂中に俺の咆哮が響き渡った。
大聖堂中から感じる奇異の目に耐えきれず、誤魔化すように戦場を目指す。
「レベル高すぎだろあいつ……」
死の間際、視界の隅に目を遣った俺は薔薇豚のレベルを見てしまっていた。
……25。10レベに到達してからというものレベルの伸びが悪くなった俺にとってそれは反り立つ壁の如く高いレベルだった。
確かに、確かに茨の蔓が1人1本だとは言っていない。
必ず咆哮を挟んで茨の蔓を使うとも言っていない。
しかし、その事実は俺にとって到底受け入れられないものだった。
だってそれは他ならぬ。
「あいつ俺に舐めプかましてやがった……!」
……舐めプの証明なのだから。
2度の回避をわざと見逃されたのだ、まるでそれで対策したつもり?とでも嘲笑うように。
しかもご丁寧に1度は咆哮もセットだった。完全に弄ばれている。
格ゲーマー及び対人ゲームをプレイする人間にとって舐めプとはお前はその程度の実力と煽る行為であり、手袋を叩きつけられたのと同義。
ここがドラグラだろうとMMOだろうと相手がフィールドボスだろうと関係ない。
宣戦布告に対し返す言葉など一つしか知らない。
「決闘だ、薔薇豚ァ……!」
闘志に火がついた。