冬虫、未だ過疎
脳内VRMMOを作る事に成功しました。付き合っていってください。
フルダイブVR──現実以上の五感を以って第二の世界を謳うその技術はゲーム業界を震撼させた。
来るぞ。新しい時代が。
来るぞ。第二の人生が。
目を凝らしてごらんなさい、ほらそこにも、あそこにも。
そしてここにも一人、時代の幕開けを待っている少年がいた。
──Are You Ready?
「だぁーっ!マッチングしねぇ!」
俺は宙に浮かぶいつまでも消えないその文字を恨むように睨んだ。
思ってたのと違う。それが最初の印象だった。
フルダイブVRがゲーム業界に参入して来た時、それはもう心が躍った。恐らく全ゲーマーがだ。
ついにゲームの世界に入れるのか、ついにその苛烈さを肌で感じられるのか。
幼き頃の俺はそれを今か今かと待ち侘びていた。
俺が心を燃やしていたゲームは……
──格闘ゲーム。
通称格ゲーと呼ばれるジャンルだ。
1対1のタイマンで、先に相手の体力を0にした方の勝ち。非常にシンプルでわかりやすいゲーム性だ。
1ドットでも相手を先に倒した方が勝つ、故に起こる読み合い、ジリジリとした間合いのやり取り。
そんな世界を実際に体験出来たならどれほど楽しいか、そう思ってVRの格ゲーが発売される日を待っていたんだ。
しかしそれはいつまで経っても発売されることはなかった。
何故だ?こんなにも待ち望んでいるというのに。
世界中の格ゲーファンは願った、もちろん俺もだ。なんでも良いからやらせてくれ、手に汗握るこの拳は、未だ燃え続けるこの闘志はどこにやればいい?
──世界初のVR格ゲー『越闘コロシアム』が発売された。
越闘コロシアム、通称越冬。越冬の文字が意味するように、それは格ゲーの大手会社が本格的な格ゲーを出すまでの繋ぎとして出されたインディーゲームだった。
待ち焦がれたファンが我先にと乗り込んだ結果ソフトは即日完売、配信初日はサーバーダウン。狂信的なまでの人気を誇っていた。
しかし、俺がソフトを入手した頃にはその熱はどこへやら、風が吹き抜ける音すら聞こえる始末だった。
では何故あれほど望まれたVR格ゲーは廃れたのか?答えは単純だった。
主観で行われるそれはもはやアクションゲームへと変貌していたからだ。ひどいレビューでは「ゾンビシューティングをやっている気分でした」なんて言われていた事もある。
格ゲーとは逃げも隠れも出来ない1on1である事が面白いところだ。それがVRの世界ではあら不思議、横に斜めに後ろに縦横無尽に動き回れるじゃないか。
そこにはもう、格ゲーファンが愛したものはなかった。
ボロクソに言われる中、これで終わらなかった事が越闘コロシアムのすごいところだ。ならばと従来の格ゲーに寄せて平面じみた限りなく狭い直線的なフィールドを作った。
結果は視認性、操作性、楽しさどれを取っても従来の格ゲーを下回った。
3Dとなったことでいくらフィールドを狭くしようが、間合いのゲームではなく座標のゲームになりつつあった。
簡単に言えば小手先の技術で間合いや虫拳を無視する事が出来てしまった訳だ。
皮肉なことに自由の翼を貰った鳥は飛び方を忘れてしまったらしい。
──対戦相手が見つかりました。
昔話をしていると珍しいことにマッチングした。この時間帯はいないと思っていたんだがな。
「やろうぜ、越冬闘士」
俺がこんな風に相手を呼ぶのはプレイヤーネームだからではない。
この長い長いマッチング待機時間を乗り越えられるその闘志に敬意を表してのことだった。
──赤コーナー!猛獣のような頑強な体は対戦相手の意志をも容易くへし折ってしまう!冬の凶星、プぅぅぅぅぅぅぅロキオン!
「げ、運悪ぃなあこれは」
正直に言ってこのキャラ、プロキオンは俺の大の苦手キャラだ。スーパーアーマーが付いている技が多く、その上特定の条件を満たすと一度の投げで8割削られる。
まともなメンタルではこいつを相手取るのはまず無理だ。故にこちらも狂う事が求められる、それが苦手な理由だ。
──青コーナー!天高く輝くその剣は長きに渡る大戦を終わらせた勝利の剣!大英雄、アレぇぇぇぇぇぇぇックス!!!
俺は当たり前のように剣を持って入場する。格闘ゲームで剣はズルいだろって?それがそうでもないんだこれが、銃を使うやつもいれば魔法を使うやつもいる、ヨガだなんだと言って手足が伸びるやつまでいる始末だ。
つまり格闘って言うとそれは拳じゃなくて闘志をぶつけ合う事を指すわけだ。
「まあ、剣より素手の方が強いから捨てるんだけどな」
大英雄と謳われるこのアレックスという男は剣で英雄になったと紹介される癖に剣を捨てた方が強いのだ。
剣を捨てる事で一気に背中の赤いマントを靡かせるだけの噛ませに見えてくるが、強さは折り紙付きだ。
なんてったって俺がメインキャラに選んだ男だからな。
踏み込みにして一歩分ほどの距離を保って試合開始の言葉を待つ。
──二本先取勝負一本目!
──Round1……
さあて最初は何で来る?突進か?飛びか?
──Fight!
「それは間違っちゃいねえが……」
戦いの鐘が鳴らされると同時、プロキオンは大きく後ろへ下がった。
中火力高回転率を誇り、一度ペースを握られれば逃げられないと謳われるアレックスの間合いから逃れるためだ。
それは整ったゲームバランスの格ゲーから越冬へやって来た者の癖、所謂様子見というやつだった。
「越冬闘士らしくはないんじゃねえかァ!」
俺は踏み込んで一気に間合いを詰める。カウンターか?ガードか?それともお得意の回避か?
だがアレックスはそんなに甘くない。剛腕で固めたガードの上から殴りつける。考える暇も与えず次のパンチを下から抉るように打ち込む。
早い周期で繰り出される拳こそがシンプルかつ強力で、アレックスの近距離戦を支えていた。
「どうするどうする!このまま削り殺されるか!?」
もちろんこれだけで終わるほど格ゲープレイヤーは甘くない。
俺がガードの隙間を縫うように拳を打ち出すと、待っていたと言わんばかりにガードを解き、腕ごと上体を逸らした。
それは攻撃の予備動作であり、頑強さが付いた事を意味している。
繰り出された反撃のスクリューブローは0.2秒前の俺を捉えた。
「……かかった」
通常の格ゲーなら当たるはずのそれを前に倒れる形で躱していた。
当たったと思っただろ?なんでって思っただろ?
……その気持ち、痛いほどわかるぜ。
VRの格ゲーを小手先の技術で勝つゲームと称した理由、悪いところをあげればキリはないがここ越冬を例に挙げるとすれば、今まで格闘ゲームでは滅多になかった概念。疑惑の判定を生み出すそれ──Z軸を使った回避が強すぎるからだ。
スーパーアーマーで合わせられたはずの俺は未だノーダメージ。それどころかアレックスの体は淡く光り始める。
時にこいつ……アレックスがなんで大英雄に成ったか知ってるか?他よりも剣が上手かったわけでも体が強かったわけでもない。じゃあ何が優れていたのか。アレックスは他より……目が良かった。
輝く拳を握り込み、さっき見たそれと全く同じ構えで打ち出した。
流石に喰らうのはまずいと気付いたのか、プロキオンがすんでのところで仰け反った。
「やっと馴染んできたか?同胞よ」
早くも3次元的回避を自分のものとしたプロキオンを賞賛する。
しかし、しかしだ。この拳は殴るための拳じゃない。回避を釣るための拳だ。
無理な回避でよろけたプロキオンに俺は足払いを仕掛ける。浮いた体に肘を当て、叩き落とし、跳ねた体に再度拳を突き出す。
まともな差し合いなど成立しない、なんでも気合いで避けられるならどうすればいいか。格ゲーマーは同じ回答を出した。
「コンボで殺せばいいってな」
殺られる前に殺れば関係ない。
いくらVRの世界が現実より高い身体能力を引き出せると言っても、空中制動が出来るプレイヤーは少ない。現実離れした動きを実行できるイメージが湧かないからだ。
故にコンボ始動は足払い。相手を浮かすところから始まる。
吹っ飛ばさないように適度に手加減した連撃は何度もプロキオンを空に打ち上げては落とした。中段突き、蹴り上げ、肘打ち、掌底。間違えることなく繋げていく。
俺がトレーニングモード仕込みの最大コンボを完走しようとしていたその時、アレックスの体から青い湯気が立ち始める。
古今東西、ありとあらゆる格ゲーで愛されて来たシステム。必殺技を放つためのゲージが溜まった合図だった。
「見せてやるよルーキー、これが冬の厳しさってやつだ」
試合前に投げ捨てたはずの剣が天から降り、プロキオンの体を真っ二つに貫いた。
天剣降臨。アレックスが勝利の剣と呼ばれる所以だ。
──KO。
「まあなんだ、冬は厳しいもんだぜ。ルーキー」
ストレート勝ち。俺はプロキオンに一度も触れられることなく2本を取った。冬は過酷なのだ。
最初のやり取りで相手が初心者だという事はわかった。ここ越冬では後手に回ったやつから死んで行く。恐らくアレックスと戦い慣れていないんだろう、3次元的回避を見た時も、アレックスの模倣を見た時も動揺していたのがその証だ。まあこれだけ冬が長いと対策を積むっていうのも厳しいものがある。
一応彼の名誉のために言っておくが、越冬闘士のほとんどは初心者だ。
少しだけVRの格ゲーというものに興味を持って始めるが、インディゲーム特有の理不尽なゲームバランス、視界という縛りの窮屈さ、そして俺のような先に冬を耐え忍んでいたプレイヤーに轢かれて引退していく。
さっきの彼もきっと明日にはやめている。冬の厳しさを知ってな。
そんな俺もかつては初心者だった。それでもやめなかったのは……
「結局最後まで当たらなかったなーもうやめちゃったか?」
……それはここ冬の闘技場に棲まう怪物に会うため。俺が今日まで越闘コロシアムに見切りを付けなかった理由。
例に漏れず俺が初心者の頃に一度だけ轢かれた事がある、奴は……奴らは次元が違う。長い冬籠りの末に身につけた卓越したフレーム感覚、イカれた身体操作。
アレは冬どころか人間の域を越えていた。
「違うゲームでもやるか!」
俺は春を待っているうちになんだかんだこのVRのアクションゲームってやつを好きになっていたらしい。
今度は別のジャンルで、VRというものの真価を知ろう。昔憧れたロマンを追い求められるようなそんなゲームを探そう。
──これは長い冬籠りの末、山を下りた一人の格闘家が野に放たれる話。
まだ見ぬ春はすぐそこまで来ていた。