人を呪わば穴が百(ただの掌編百本立て)
いつもお読みくださる方も初めての方もありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
(現時点)投稿1000作品目記念ということで短いお話を中心とした、ジャンル・長さごちゃ混ぜおふざけ混じりの100話です。
数ばかり多くてすみません。読むほうが大変。地獄だと思いますのでシューっと読み飛ばしてくださって構いませんので……。
1 【王様の耳は……】
「はぁ、はぁ……ふぅー、はぁー……よし」
森の中。偶然、良さそうな穴を見つけた彼は胸の内、脳の小部屋に溜めていた想いをその中に全てぶちまけた。
幾分かすっきりした様子。秘密を喋る相手がおらず、ひとり抱え込むというのはストレスなのだ。
満足した彼は軽い足取りで家に帰った。
が、後日。
「喋ったそうだね? 約束したのに。私の秘密を……」
「え? え? わ、私は、だ、誰にも」
「散歩中の木下さんが私に報告してくれてねぇ。君が穴に向かって叫んでいたと。
私がセクハラしただの賄賂を貰っただの談合、公職選挙法違反、他にも色々とねぇ」
「ちょ、町長……わた、私は……」
「代々、地元の名士ともなるとね、色々なところに耳があるのだよ。
それはそうと川野くん。木下さんの話じゃ随分深そうな穴らしいじゃないか。今から一緒に見に行こうか……」
2 【羽音】
「おはよ……」
「おはよう、よく眠れ……てなさそうだな」
「ああ……その、せっかくお前の田舎のお祖父ちゃん家の泊まりに誘ってくれたのに悪いんだけどさ……その、なんか出たみたいで」
「出た?」
「幽霊……かな。念仏がさ、ずっと耳元で聞こえてきてさ。遠ざかったり近づいたり……」
「ああ、それ蚊だよ」
「え、蚊?」
「そ、あいつらの羽音。俺も去年、初めて聞いて驚いたよ。
じいちゃん曰く、あいつらも潰されないように工夫を凝らしてきやがったんだとよ。
進化だな。と、良いところにいた。仕留めるからよく聞いてろよ。断末魔がまたいいんだ」
「ナムアミダブツナムアミダ、ビュ! ムジヒナリ……ソナタライセハムシナリ……」
3 【嘆きの壁】
「おい、あいつ」
「ん? ああ『嘆きの壁』か」
「は?」
「宗教家だよ、祈りだよ祈り。ブツブツ呟いているだろ」
「いいのか? 注意しなくて」
「ほっとけほっとけ。邪魔して訴えられたら面倒だぞ」
「俺はできる俺はできる必ずここを脱獄してやる俺はできる俺はできる穴をあけてやる……」
4 【有名税】
芸能界初の有名税脱税による逮捕者が現れた。
有名税とは政府により近年導入された税金である。その知名度によって税率が決まり、これに喘ぐ芸能関係者が多数。
しかし、抗議活動は知名度を上げることになりかねないので足踏みに歯軋り。
一方の政治家はマスクをして国会に出席。総理は一際大きなマスクで、その名字にちなみ、アシダマスクと揶揄され未だ、国民の大半が顔と名前が一致していない。
5 【マニア】
付き合って間もない僕の彼女。変わった趣味をお持ちのようだ。
外国から輸入した変な形をした虫、キノコ、寄生虫、奇形。それらをひとしきり愛でると標本にする。時には食べたりもする。
そんな彼女でも僕は大好きだ。だって愛してくれるんだもの。
でも……。
彼女の部屋で彼女のコレクションに囲まれる僕
その僕を見る彼女の目って……。
6 【ドライブ】
キャサリンもっとそっちに詰めてくれるかい? ああ、そうそうベティが車から投げ出されそうだからね。
ふふふ、モレラ、危ないよ。はしゃぐのもいいけど手をどけてくれ。カーラとソフィアもだ。ミアを見倣ってくれよ。
ライラは大丈夫かい? うん? 平気だね。キャシーとエマとレイチェルとエミリアもいるね?
ハッハッハッハ! みんな、落ち着いてドライブを楽しもうじゃないか。まったく、事故車とは聞いていたけどこうも多いとはね! だけども、幽霊でも美女ばかりなら大歓迎さ!
でも……君たちの彼氏もやっぱり死ん、あ、下から<i>――</i>
7 【石】
夜、仕事帰り。いつもの道を歩いていた高田はふと違和感を覚え、立ち止まった。
が、なんてことはない。通り道にある一軒家が取り壊しになっただけのようだ。ブルーシートに覆われている。かなり大きいようだ。
高田は記憶を探る。確か……古い日本家屋。尤もそれが何だという話だが。
と、高田がまた歩き出し、その家の前を通過しようとした時、風でピラっとブルーシートがめくれ上がった。
<i>――</i>なんだあれは?
高田はまた足を止め、敷地の中を凝視した。
それは丸い石であった。岩と言ったほうが正しいかもしれない。かなり大きい。それが台座のような物に乗っている。と、ここで高田はまたしても違和感を抱いた。
なぜ、それが家の中心部にあるのだ。まだ作業中なのであろう乱雑に放置されている家の残骸と半端に残った家の柱や壁を見るにどう考えてもそれは屋根の下、家の中にあったものだ。
なぜだ……なぜ……。そう考えているうちに高田はもう石の目の前に来ていた。
台座に目を向けると、ふと井戸に見えなくもないと思った。昔の家なら、ない話ではないのかもしれない。もしこれが井戸であるならこれは蓋。
高田はそれをどかそうと考えたわけではない。ただ何気なく触れた。
しかし、その瞬間、女の膣に触れたような感覚が指先から全身へ迸った。
そして、高田は石に抱き着いた。地熱、岩盤浴。その温かさはまさに極楽浄土。高田はゆっくりと目を閉じた。
気づくと高田は地面の上に仰向けになっていた。
星が見える。今は夜。しかし、あれから何時間が経った? あるいは……何日? と考えたところで、高田の思考は停止した。むくりと起き上がり石の方を向けば、そこに隙間なく人が張り付いているではないか。上は覆いかぶさるようにして、まるで樹液に集る虫のように思えた。
次いで、高田は頭に触れた。少し痛い。背中も。
高田は先程、自分がいた位置を確認する。今はそこに恐らく自分と同じく会社から帰宅途中の男がいる。
つまり、突き飛ばされた。それだけの魅力が、あれにはある。
高田は目を凝らすと石に纏わりつく連中の顔が段々と虫染みていくように見えた。
高田はぶるりと震え、立ち上がると一目散に駆け出したのだった。
8 【缶】
今日は風が強い……が、なぜだ? カラコロと空き缶が転がるのはわかる。当然のことだ。だが、角を曲がっても俺のあとについてくる。
いい加減、耳障りだ……。よし、次の角までついて来たら思いっ切り踏んづけてやろう。
……来やがったな。くらえ!
……中身がちょっと入ってたな。でもなんで赤色。オレンジジュースの缶なのに。
と、なんだ。この音は……ゴロゴロと……あれ、ドラム缶……。
9 【食料】
「食料を探しに故郷を遠く離れ、ここまで来たが……この惑星も駄目か」
「はい……見事なまでに荒廃してますね。知的生命体が存在していたようですが、もうすでに破棄、住民ごとどこかへ旅立った後でしょう」
「だろうな……もう……これ以上は……しかし手ぶらで……ん? お、おおお!?」
「た、隊長! やりましたね!」
「ああ、この星の住民に感謝だな。食料を置いていってくれていたとは」
「保存状態も完璧です!」
「ああ、急いでこの冷凍状態のまま船に乗せよう、いやぁ、久しぶりの肉だぁ」
10 【お祈り】
目を閉じて、溺れるほど金が欲しいと願った。
目を開けたら真っ暗闇にいた。
上を見上げると一線を引いたような光。
そこから巨大な硬貨が降ってきた。
11 【占い師】
友人と一緒に、当たると評判の占い師のもとに来た。
が、場所は路上だ。潤っているならどこか屋根のある場所を借りるだろうに。おまけに俺たちの前に占ってもらった何やら怪しい雰囲気のカップル。その男の方が怒鳴り散らしている。
「し、失礼じゃないか!」
「ねえ、ちょっと……」
「だってさぁ……」
「ほら、やっぱりあたしたち、もう……」
「いやいやいや妻にはバレないってホント……」
女を説得しようとしつつ、占い師を恨みがましい目で見る男。それを尻目に友人が占ってもらう。
が、浮かない顔だ。
「どうした?」
「いやちょっとさ……」
小声だから聞こえなかったが何を言われたにせよ、所詮は占いだ。信じる信じないは己次第。次は俺の番だ。
「あっー! あっー! あっー!」
と、俺がパイプ椅子に座るなり突然叫び出した占い師のババア。
発狂したババアを全員で押さえる。
「おいおい婆さん、しっかりしてくれよ。何か見たのか?」
「見えない! 未来が見えない! あんたら全員! あっー! あっー! トラックが<i>――</i>」
12 【廃絶】
「うーむ、安くて小さくて扱いも簡単、あれほどの発明をしたというのに、どうして私にノーベル平和賞も何もくれないのだろうか」
「あ、あ、あ、あんな、オエッ、し、新聞を見てないのですか?
あ、あんな、た、大量、さ、殺戮、兵器を作って、その、製法を配っておいてオエッじょ、助手の私も、その、一端を担い、あ、あ、ああああ……」
「でもどの国も核兵器を捨てただろう?」
13 【窮鼠猫】
いやね、窮鼠猫を噛むと仰いましても実際の状況になってみれば、もう噛むどころか体の自由が利かないばかりか、それはもう怖くて怖くてブルブル震えるしかないんですよもう。でもやるだけやってみます?
いやー無理だと思いますけどねーえ。でも一矢報いたとなればあの世で自慢できましょうか。
でも、やっぱりただ怒りを買うだけでは? それはもうズタズタに、はいはいやってみましょうかねそれ、カブリと。
「ギニャー!」
「ん、どうし、あ、こら! ミミ! ネズミなんか捕まえないでよ! 病気になるわよ! はなしてはなして! ほら、もう家の中に入りなさい!」
と、あらら。やってみるもんですねぇ。
14 【あのヒーローたちを】
宇宙空間を戦艦が行く。共に敵機を蹴散らすは巨大ロボット。攻め入った惑星で猛威を振るうのは青く光る背広を持った大怪獣と光る巨人。雑兵は全員改造手術済みでバイクを乗りこなす。
「……と、将軍。なぜ我が軍、我らの星は圧倒的な科学力を有しているのにこうも、その、非効率と言いますか燃費が悪いと言いますか、怪獣も食費が……」
「……言うな」
「ですが、捕虜としてとらえた宇宙人まで不思議がってますよ」
「ロマンなのだ」
「ロマン?」
「そうだ。我らの先祖の悲願と言っていい。幼き頃に見たアニメ、特撮のヒーローたちが現実世界で戦い、敵を蹴散らすのがな」
「いや、我々の科学力を持ってすればそれも可能だということは分かるんですが、なぜこうもその、ボカすのです? ハッキリと名前を、それに微妙に」
「言うな……企業が商標を握っているのだ」
15 【UFOを呼ぶ男】
UFOを呼ぶ男として瞬く間に人気になった彼。テレビ番組に取り上げられるたびに初めは「おいでーおいでー」という掛け声がそれっぽい呪文と格好になっていくのはこなれた証。
風船だ気球だラジコンを飛ばしているんだという声もあったが実際にUFOを呼んでいたのだ。
と、言うのも彼は実は……
「……なあ、いくら彼の先祖がかつて我が星の皇太子の命を助けたからといって、こうも気安く呼ばれてはなぁ」
「しょうがないさ。そういう盟約だ。呼べば必ず我らが助けに行くと」
「しかし、命の危機などで呼んだことは一度としてないではないか。
なのにこちらはいつも律儀に確認しに地球に近づいているのだぞ」
「ああ、だが交配により彼の先祖の遺伝子も薄れている。そのうちこの装置も反応しなくなるさ」
「だがなぁ……」
「なあに安心しろ。上に直訴した結果、次回からこの宇宙船の模型を飛ばすことになった。
普段は人里離れた山中に潜伏し彼の脳波に反応し展開するようになっている。
本物に比べてかなりちゃっちいがまあ問題ないだろう。どうせ物珍しくて呼んでいるだけだ」
その後、望遠レンズで撮影されたUFOの写真が出回り、人々からインチキ呼ばわりされた彼は首を吊った。
16 【父の願い】
<i>――</i>かみをさがせ
死期が近いとある大富豪がベッドの上で弱々しくそう言った。
いかに偉大な父と言えど、死が迫り余程怖いと見える。息子たちは競って神を探した。父を満足させることができれば遺産を多くもらえると踏んだのだ。
神が宿ったといわれる石、壺、トースト、木の板。とにかくそれっぽいものを手当たり次第、病床の父親の目の前に持って行ったが、どれ一つとして首を縦に振らなかった。
息子たちは探し続けた。その間、父親はただ独り、うわ言のように呟く。
「かみをさがせ……かみはどこだ……髪……葬式は……カツラを……」
17 【憧れ】
大好きなあなた。ふふふ、背が高いのは見えやすくていいけど、手が届かないのが難点ね。私はいつも見上げるばかり。たまには近くで、あなたの頬に、あ……嬉し、近<i>――</i>
「大変だ! 女性が看板の下敷きに!」
18 【とある秘密組織についての調査報告書】
19 【デモ】
最近、やたらデモ隊の行進や座り込みを目にする。
『ロボット反対!』『企業に制限を!』『利益追求ばかりで血が通っていない!』『労働者に優しい社会を!』『補償すべきだ!』
とまあこんな感じだが、そのプラカードを掲げているのがロボットばかりで脳が混乱するのだ。
20 【高額紙幣】
昨今のカードゲーム業界の旺盛は目を見張るものがある。
百万をゆうに超える高額カードの存在。定期的に発売されるカードパックは常に品薄。簡単には買えないほど。
転売屋が横行。値のつり上げ、偽造、カードショップ強盗などなど問題も多数、見受けられる。
その状況に政府がついに乗り出した。
と、言っても規制云々ではない。
方々に話しをつけ、人気キャラクターを使用した紙幣を刷り出したのだ。
当然、カードパックと同じようにランダム封入。額面通りの価値しかない紙幣が人気のものは二倍三倍にも価値をつけ、さらに歴史上の偉人や芸能人などバリエーションを豊富に。また、レアカードと同じように、ある紙幣は数を絞り希少性を出すなどした。
紙幣を擦り過ぎると紙幣価値が暴落するとされているが、これならば問題ないと総理大臣はしたり顔。おまけにちゃっかり自身の肖像画の紙幣を刷り、むしろこれが最初から狙いだったのではとの世間の声も。
……が、総理はその自己顕示欲の肥大化により自身の紙幣を多く刷ったためにやがてハズレ扱いに。
微笑む肖像画とは裏腹に顔をしかめる総理であった。
21 【そして少女は大人に】
「お花がいっぱいのベッドで寝たいって思ってね、夜、摘んだ花を敷き詰め眠ったの。
で、朝起きたら、今でも怖気が走るわ。わかるわよね? 虫がたくさん。
それからそう、どうしてもポニーに乗りたいって思ってね、両親に牧場へ連れて行ってもらったの。
で、乗ったらその子、ボトボトと糞を垂れ流しながらパカラッパカラッとね。
私が大人になったきっかけね。夢見る少女は卒業。私はプリンセスにはなれないの。
それで、あなたはどう? いつ、自分は正義のヒーローにはなれないって思った?」
「いや、その、まだ、まあ、趣味がその特撮でして、ええ……でも婚活はしなきゃなと……」
22 【恋文】
【好きです好きですあなたのことが好きです】
【お返事が欲しいです前回も書きました連絡先ここにも書いておきます】
【無視しないでくださいお願いします好きなんです】
【大学の中庭で一目見た時からあなたのことが好きになりました】
【ああ、好き。どうしても好きなんです。大学の自習室で待っています】
【無視しないで無視しないで】
【ひどいひどいひどい】
【好きなのでも無視するならひどいです】
【迷惑なら死ぬからそれでいいですか?】
【死ぬ死ぬ死ぬあなたを殺して死ぬ】
と、何十通もの似たような内容の手紙の中から抜き出した結果がこんな感じだが……。
うーん。このアパートの隣の部屋のあの女にどう伝えたものか。
あ、もう手遅れか。帰って来たようだ。
一応、声に出してみるか?
まあ、取り込み中じゃ聞こえないか。
おいストーカー女。入れるポストを間違っていたぞ、なんて。
23 【メリーさん】
私、メリー。今、惑星δ3-165にいるの。
アウラストラ艦隊は全滅させたわ。残念だったわね。逃げても無駄よ。あなたの居場所は分かるんだから。
ああ、またワープしたの。おバカさんね。まだワープ航法は私の方が優れてるって気が付かないのかしら。
ほうら、後ろを御覧なさい……。
24 【呪いの家】
失敗した。念願のマイホームだというのにまさか、まさか……。でも夫は仕事で疲れてるって、まともに取り合ってくれない。
それにこの家に決めたのは私だ。ここを売って引っ越そうだなんて言えない。無理よ。
ご近所さんもご近所さんだ。見学の時にニコニコと愛想よくして……あ。
「あの……知ってたんですか?」
「あら、こんにちは。どうしたの?」
「どうもこうも、その……」
「知ってたっていうのは……お宅が呪いの家かって?」
「や、やっぱり、どうして、どうして」
「しっ! うちもなのよ! 跡地がね、ああ、ほら来たわ! 見学者!
さ、愛想よくして! 売れることを願うのよ! そうすれば呪いもローテーションで回るでしょう!」
「え、あ、はい……あ、どうもぉ、うちも買ったばかりなんですよぉ。
いいですよぉ、分譲住宅って! 統一感があってご近所さんとも結束力があってねぇ」
25 【訪問者たち】
アパートに帰ってきたら廊下で何やら楽しそうにジャンケンしている人たちがいた。
近づくとちょうど決着がついたようで、勝者らしき男が俺の部屋のインターホンを押し言った。
「新聞でーす!」
残るは六人は保険会社と宗教(二人組)と公共放送の者、消火器販売、よくわからん怪しげな商法の勧誘のようだ。
目が合い、マズいと思った俺はニコニコと笑みを浮かべつつ横に並び、持っていたペットボトルの水のラベルを毟り取り、水のセールスに来た振りをした。
誘われ、そのまま一緒にアパートの全部屋を回った。
次は向かいの新築マンションに行くらしい。誰か助けて。
26 【涼しい顔してるけど】
はたかれるような冷たい風に首を縮める。マフラーが欲しくなる時期だ。去年どこかに落としたからまた買わなければならない。誰かが編んでくれたら、とまでは言わないがプレゼントされたいものだ。まあ当てはないが。
と、マフラーだ……。
薄いピンクのマフラー。おまけにセーターにニット帽。
完全な防寒具に加え、お菓子や飲み物などのお供え物の数々。間違いなく自分よりも大事にされ、好かれている存在。地蔵が目に留まり足も止めた。
「たかが石の癖に……」
吐き捨てた言葉も吹いた冷たい風にあっさりと消された。
腹立たしさを抑えきれず、押すように蹴ってやると地蔵はゴトンと倒れた。
いい気味だ。と、誰かに見つからないうちに立ち去ろう……あれは?
手紙のようなものが五、六枚。どうやら地蔵の下の空間に挟むように入れてあったようだ。願い事だろうか。
『あいつを殺してください殺してください』
『金欲しい金』
『旦那を殺してお願い』
『金金金金』
『死にますように』
俺は紙をクシャクシャに丸め、茂みに放り投げたあと、地蔵を元に戻し、軽く肩を叩いてその場を後にした。
27 【目から汗】
どういうわけか目から汗が出るようになった。
暑いとダバダバと流れるわけだから不便極まりないのだが、意外にも『人情味があるのね』と知り合いには好印象。
涙は女の武器と言うが男の涙もそれなりに人の胸を打つようだ。
悩み相談の際には熱い飲み物が欠かせない。
葬式の場では牽引するかのよう。
しかし、涙涙の陰鬱な空気に呑まれたのか、俺も本当に泣きたい気持ちになってきた。
と、この場合、涙はどこから出るのだろうか。まあ兼用か。
と思っていたら股間がじんわりと……。
28 【かくれんぼ】
出張の翌日の朝に娘の学校で笛の発表会があるので、早く家に帰って体を休めたかったのだが出張先の部署の連中と飲み会やらなんやかんやで終電を過ぎてしまった。
タクシーに飛び乗り、家まで向かう。その最中、妙な雰囲気の町に入った。
体育館、教会、学校、スポーツジム、ビル。住宅を除く大きな建物に明かりが灯っているのだが、静かというか、息を潜めている感じがした。深夜なのだから当たり前と言えばそうだが何か腑に落ちない。
信号待ちの際、目を凝らし見つめているとガヤガヤと入り口から人が出てきた。
いやー負けました。お強いなぁ。いやいやそれほどでも。
と、いった会話が窓を開けていると聞こえてきた。
「では、本選へ!」
司会者らしき男が出てきて、勝者らしい男の肩に触れた。
信号が青になり、タクシーが走り出したため確かではないが『かくれんぼ大会』と聞こえた気がした。
時折、俺はその町を探すのだが未だ、見つけられないのだ。
29 【ピンポンダッシュ】
夜、ピンポンダッシュ百軒チャレンジに挑んだ俺。
走りながらやるのでこれではダッシュピンポンではと、どうでもいいことを考えつつ、十、二十、三十……と、ついに百軒達成。
込み上げた満足感に大きく息を吐くと、肺が痛みそのまま足を止めて深呼吸した。
ふと、後ろに振り返ると人、人、人、人。手に傘やトング、フライパン、金属バットなどを持ち、この世のものとは思えないような形相をし、迫って来ていた。
ランニングコースは一本に絞っておくべきではなかった。
30 【ペットボトルの水】
夏の夜。ジョギング中に脱水症状に見舞われ、地面に手をつき、そのまま倒れてしまった。
頭痛、目眩、吐き気。寒気がし、死の気配さえ感じ取った。
幸い、ペットボトルの水を喉の奥へ流し込み、頭から被りなんとか難を逃れたが、落ち着いてよく見ると俺が手にしたペットボトルの水は猫避けに置いてあるものだった。
人間レベルが下がったような気がしたが、猫以上人間未満ということでよろしいか?
31 【喋る鏡】
「はぁ……最近、肌がなぁ……」
と、女は部屋に一人。鏡の前でそう呟いた。真剣に悩んでいるからこその独り言。ゆえにそれは応えたかもしれない。
「よろしければ、あなたの美しさを永遠のものにする方法を私がお教えしましょうか?」
「え、え、え、誰!? か、鏡!?」
「そうです。私は魔法のかが<i>――</i>」
「イヤアアアアアアアアアアアアア!」
女は鏡を持ち上げるとテーブルの角に思いっ切り叩きつけた。
頭の中に泡のように次々と浮かんできていたのは、この鏡と過ごした日々。
<i>――</i>化粧する私
<i>――</i>顔の体操をする私
<i>――</i>鼻毛を抜く私
<i>――</i>ニキビを潰す私
<i>――</i>鼻糞を取る私
<i>――</i>目ヤニを取る私
<i>――</i>産毛を剃る私
鏡が喋るな。鏡は無関心であるからこそ無防備な姿を晒せるのだ。
彼女は床に散った鏡を見下ろし、そう吐き捨てた。
そして後悔して泣いた。
32 【名怪盗】
探偵 「怪盗ユースはこの中にいる!」
藤堂雄太 「ええ!?」
中島陽介 「嘘!?」
海洲優斗 「本当なのか!?」
曽我祐大 「一体誰なんだ!」
加藤俊介 「お、教えてくれよ探偵さん!」
木口真帆 「怖い」
「奴はこの中の誰かに変装し、そしてダイヤを盗み出したのです。
そしてそれは今も持っている……さあ、観念しろ。 ! お前だ!」
「……」
「……ん?」
「だれ……?」
「……失礼。怪盗ユースが化けた人物。その名は だ!」
「……だから誰よ」
「勿体ぶるなよ!」
「そういうとこあるよな」
「いや、ですからお前だ! !」
「おいおい……」
「はぁーあ」
「これだから……」
「名探偵って呼ばれて天狗になってるんじゃないの」
「うぇーいもうCMは明けたぞー!」
「パロディくせぇ野郎だぜ」
「いや、違うんだ。その人物の名は なんだ! お前だ! !
だよ! だ! だ! です!
並べ替えるんだよ! 怪盗ユースだから だ!
駄目だ……なんでなんだ……あ、ま、まさか盗んだのか……お見事……」
33 【巨像】
歴史に名を遺すような偉大な作品を作りたいと考えた芸術家。
頭を捻り考えた末、国のトップの巨大な銅像を作ることにした。建築費用にと税金を引っ張るためである。
その企みは上手く行き、完成まで漕ぎつけたのだが、そう日を経ずして像は取り壊され、また芸術家は処刑された。
その巨像は中に入ることができ、なおかつ展望スペースがあるのだが、どうやらそれが頭の部分だったのが、国のトップのお気に召さなかったらしい。
34 【立て看板】
『ポイ捨て禁止』
その立て看板が目についたのは今まさに捨てようとしたからか。
構うものか。手に持つ丸めたティッシュを更に力を込めて小さく丸め、周りに人が居ないことを確認してポイッと。
『タバコ禁止』
ハンッと鼻で笑い、取り出したタバコに火をつけた。
今日のように澄んだ夜空の下を歩きながら吸うタバコはうまいんだ。
止められるものか。
『大声禁止』
この辺りに騒ぐ若者がいるんだろう。だが、やるなと言われるとやりたくなるもんだ。
タバコを指に挟み、夜空に向かって吠えてやった。
深夜だから周りには誰もいない。咎めるのは錆びた看板だけだ。
『走るな』
小学校の廊下じゃあるまいし。
軽くダッシュしてみる。
足が吊りそうになり運動不足を痛感。
『歩くな』
……なんだ? 工事中というわけでもなさそうだ。誰かが悪戯で他所から運んで置いたのだろう。
『息をするな』
ははっ、じゃあどうしろと。誰かが作ったのか?
『後ろを見るな』
『見るな』
『見るな』
『見るな』
35 【花柄】
壁紙は花柄が良いと言ってきかなかったね。
俺は嫌だと言ったのに。
君はいつも譲らない。
ほら、満足だろう?
君の望みどおり花柄にしたよ。
とは言え、喜ぶ君の顔を見ることはもう二度とない。
俺はこの家を出て行く。
もう戻らないだろう。
蝿が一匹壁の花模様に止まった。
また一匹。
また一匹。
また……。
36 【時間の進み方の違い】
「ねえ、おじいちゃん? おじいちゃんてばぁ」
「お? ああ、すまんすまん。ちょっとボーっとしてたよ、はははは。
あれ? 時間が……ははは、いやぁ歳を取ると時間の進みが早いなぁなんて今みたいに意識がどっか行っちゃうからだなぁ、困ったもんだよ。
もうボケが始まっちゃったかなぁ、ははは……」
「……違うよ」
「え? ああ、ふふふ、優しいなぁ。大丈夫、おじいちゃんはまだまだ<i>――</i>」
「そうじゃないよ……この僕が盗んだからさ!」
「な! なんてスピードだ! そうか! 奪った分を自分に足したのかぁ! 見事なり!」
37 【某所】
「なあ、知ってるか? 女が多い業界とか職場にいる男はさ、仕草とか言葉遣いがさ、女みたいになってくるんだってよ」
「へぇ? なんでまた、あ、馴染もうって?」
「そ。ファッションだメイクだのは多いらしいぜ。偽オネエっていうのかな」
「へー、なんかそういう魚いたな。周囲に合わせて性別が変わるやつ」
「そうそう、ここはオスしかいないよな。だからさ、ほら、ケツ出せよ。お前がメスになれ」
38 【パンダ】
ほら、パンダの乗り物ってあるじゃないですか。遊園地とかに。
あれに僕、すごく乗りたかったんですけど「どうせすぐ動かなくなるから金の無駄」とか「ジェットコースターとかメリーゴーランドとかあるのになんであんなものに」なんて親に言われて結局乗れなかったんですよ。ははは、心残りですよ、ええ。
だからですかねぇ、こうなってもそれほど悪い気はしてないのは。
え? ああ、はいすみません。黙ります。あ、シートベルト、あはい、どうもありがとうございます。お巡りさん。
39 【少年の疑問】
虫はどうして高いところから落ちても死なないのかな?
ある時、自宅マンションのベランダから落としたコガネムシ。太陽の陽射しで星のようにきらりと光る点となり、それが地面の上で動き出したのを見て少年はそう思った。
「……それはね、虫さんは体が軽いからよ。重いとね、すごい衝撃なの」
母親はその疑問を口にした少年に対しそう言った。
少年はへへへと笑った。
「本当に……馬鹿な子……痛かったでしょう」
母親は涙ぐみ、少年を抱きしめた。
今は全然痛くないよ。それにとっても体が軽いんだ。きっと飛べちゃうね!
少年は満足げな笑みを浮かべてそう答えると母親とともに空へと昇って行った。
40 【不作ぅ!】
「不作! 不作ぅ! 不作不作! 不作ぅ! 不作! 不作不作!
不作! 不作ぅ! 不作不作! 不作ぅ! 不作! 不作不作不作!
ウォーオーオー、アーエオッ、ウォッオッオー。
不作! 不作ぅ! 不作不作! 不作ぅ! 不作! 不作不作!
不作! 不作ぅ! 不作不作! 不作ぅ! 不作! 不作不作不作ぅ!
オーマーエノッ、ウォッオー、ハーターケッ、フッサックゥー。
不作! 不作ぅ! 不作不作! 不作ぅ! 不作! 不作不作!
不作! 不作ぅ! 不作不作! 不作ぅ! 不作! 不作不作不作不作ぅ!」
南米のとある国のとある地域で政府により呪術の使用が禁じられた。
よって『ライバル相手の畑を呪ってほしい』と依頼を受けた呪術師は、あたかもそれと見えないよう歌で呪いをかけるのである。
一方でその呪われた畑の主もまた別の呪術師に依頼し、仕返しをするのである。
背中合わせで畑を呪い合う呪術師たちは時折、熱が入り、お互いの顔を見合わせ、ディスり、もとい呪い合うが、それだと依頼主の畑に呪いが向くため、慌てて顔を戻し、また歌を歌うのである。
近年ではそれが名物となり、観光客が後を絶たない。近々、音楽サイトで配信予定である。
41 【ハーレム初夜】
異世界に転生し、勇者となり魔王を倒した彼。結成した魔王討伐パーティのメンバーは全員女性にして、妻。
待ちに待った結婚初夜。ベッドに招かれた七人は彼の甘美な香りと肉体を前に猛り、勇み、己を抑えきれず本能解放自我崩壊
初めはペロペロと猫のように大人しく舐めていた獣人の女は爪を立て彼の背にしがみ付き噛みついた。
しかし、造反者にして魔王の娘が得意の魔術で彼の意識を魅了したため、痛みを感じず恍惚な表情。
それに気づいたエルフの女が解呪を試み争いに。
竜人の女が本来の姿、竜に戻り参戦。
獣人、二名の人間の女も巻き込み、結果ただ一人を除いて全員、満身創痍。
その一人とはスライムの女。全員をその体に取り込み始めた彼女。
その中で勇者は虚ろな意識のまま、かつて自分のペニスを包んだあの感覚、快感が今、全身を包んでいることに喜びを感じ、そしてそのまま身を委ねることにした。
この夜。今、まさに全員が一つになろうとしていたが止める者なし。
42 【ウェーリー】
『ウェーリー』を探せ! さあ、この下のどこにいるかな?
ウーリー・ウァーリー・ウィーリー・ウェーリィー・ウォーリィー
ヴァーリィー・ヴェーリィー・ウォールー・ヴーリィー・ウィーリィー
ヴェーリー・ヴォーリー・ヴィーリー・ウェイウェイリー・ウァーリィー
ヴーリー・ウーリィー・ヴィーリィー・ワーリィー
43 【ガチ裸の王様】
「ぷっ、あはははは! あははは! 変なの! だって王さま、裸じゃないか! あははははは!」
「しっ! 黙りなさい!」
パレード中の王さまを目にし、笑い出した子供を制するその子の母。
その瞳を愚かな我が子に向けたのも一瞬のこと。すぐにまた王様を見つめる。
女はウットリと。男はギリギリと歯ぎしり。
裸の王のその肉体美をまだ理解できない子供だけがクスクス笑う。
やがて、その王様をモデルに作られたいくつかの裸像はさらに時を経て、世界中の美術館に散らばり人々を魅了し続けている。
44 【密かな想い】
『……はぁはぁ、君の部屋、あぁ、なんて良い匂いなんだ。
君の匂い。はっぁああふぅはぁはぁ!
待ってるからねはぁはぁ君がここに戻ってくるのをはぁはぁ……。
ふふふ驚くだろうなぁ。
これは、はぁはぁ下着かなぁ? ふふふふ、んー! はふぅはぁ。
これを聴い……はぁ、はぁ? 臭いな。
ここか? クローゼット……君って結構杜撰なタイプゥ?
はぁはぁ、ここに隠れようと思ったのに……でも君の匂いならぁ……
はぁうわ! なんだこれ! 誰!? し、死んでる!? 君がやったのか!? はぁうわ』
良かった。この男、どこかに電話してたと思ったら、うちの留守電にメッセージを入れてただけなのね。
45 【かゆいかゆい】
<i>――</i>ボリボリボリボリ
「どした? 体、かゆいのか?」
「ん」
「なんだ? ストレスか?」
「いや、どうせ掃除してないんだろ?」
「ははっ、変な虫でもわいてるんじゃね?」
友人たちは笑う。
<i>――</i>ボリボリボリボリ
「掃除はしてるよ」
そう言い、困ったように僕は笑う。
<i>――</i>ボリボリボリボリ
どちらだろうか。
床下に埋めた死体から変な虫でも湧いているのか。それとも抱えた罪からくるストレスか。
<i>――</i>ボリボリボリボリボリボリ
ああ、かゆいかゆい。
軽口たたき、友人たちと笑いあう。
どれもこれも
かゆいかゆい。
46 【名監督】
『AVのドラマパートは不要だ』『せめてもっと短くしろ』『虚無の時間』
『棒演技』『見ちゃいられない』『喋らせるな喘がせろ。それだけでいい』などの購入者の声に歯軋りした、とあるAV監督が金と人脈を使いオーディションを開催。演技力だけで俳優陣を固め脚本も出来が良く、作品の仕上がりは文句なしであったが、肝心のセックスパートが短く過ぎたため購入者からのクレームが後を絶たなかった。
47 【NPC】
全てのノンプレイヤーキャラ『NPC』にAIを用いた最新のゲームが発売された。
内容自体はよくあるファンタジーゲームだが、それぞれのNPCが人格を持ち、寿命を、人生を、ストーリーを持つという触れ込みに飛ぶように売れた。
が、ゲーム内の発明家キャラが不死鳥を素材に不老不死の薬を作り出し、他のNPCに分け与えたため、全NPCが不老不死となった。
これが神がこの世界にドラゴンだのなんだのを作らず、人類に寿命という制限を設けた理由であろう。
そしてそのドラゴンも最近は武装した村人たちにより狩られている。
さらに彼らは結託し、プレイヤーキャラを迫害しはじめた。
48 【人間VSロボット】
科学技術の発達、躍進によりAI、ロボットによる無人コンビニや無人トラックを見かけることが当たり前になった。
一方、それにより職を追われた人間たちが半ば暴徒化し、各所で略奪をするようになった。
それに対し、会社側は警備ロボットやドローンを配備。日夜、争いが繰り広げられている。
思っていたロボット対人間の戦争とは姿が違うが、ともかくSF映画通りの未来になったわけだ。
49 【宇宙トラブル】
宇宙旅行創成期の事故理由ナンバーワンは宇宙船酔いした乗客が外に出ようと無理矢理ドアを開けること。
50 【待ち合わせ】
いやー、助かりましたよホント。彼女と待ち合わせていたんですけどね、ちょっと道に迷ってしまいまして、ええ。
彼女は優しくてねぇ、会うのはこれでええと三回目かな、いや四回か。
あ、そうです確かにそう言ってました。その場所です。
え、もうここですか? あ、じゃああれかな? あれだ。彼女です。ええ、あ、ほら、こっちを、あれ? どこ行くんだろう?
あ、どうしたんです? 慌てて追いかけて……。ああ、連れてきてくれたんですかぁ。それはご親切にどうもぉ。じゃあ私も後ろの席に、彼女の隣に、え? 私はこのまま助手席に? そうですか? まあいいですけども。あれ? それでどちらに?
ああ、警察署ですか。いいですねぇ、じゃあそこでデートだぁ、はははははは!
51 【閉鎖空間】
船が難破し、無人島に四人の男女が漂流した。
男二人に、女一人。そして医者が一人である。その医者は老人であり他の三人も『男』として勘定には入れなかった。
「あら、先生。駄目ですわ」
なので、その医者の老人が女のふとももに触っても、女や他の男たちはムッとはしなかった。
半ば呆けた様子の医者だが、この四人でいつまでこの島にいることになるかわからない。怪我や病気の時、頼りになるだろう。そう考えた。
事実そうであった。救助隊はいつまでたっても来なかったし、老人はこの島に流れ着く際、さすが自分の医療セットを手放さなかったので三人にちょっとした怪我でもすぐに手当てをしてくれたり注射も打ってくれた。
漁や狩りといった食料調達はしてくれなかったが、島の草やキノコなど集め、薬を作ろうとしているようだったので文句は出なかった。
それよりも男たちは女の気を惹きたくて医者に構う気もしなかった。
男たちは取れた獲物の量や大きさ。住まい、島を脱出するためのイカダづくりなど、女に筋肉を見せつけながら競い合った。
やがて男たちは獣染みた雄叫びを上げ、それぞれ倒木を削って作ったカヤックのような船に乗り込み島を出た。
多分帰巣本能だろうな。もしくは……
「あ、ら、せ、んせ、だめ、で、すわ」
薬により異様なまでに太やかになった女の太ももを撫で、医者の老人はそう思った。
52 【結果、忘れたのだった】
安心せい芳一よ……こうして般若心経を全身にくまなく写経すれば怨霊はお主の姿を捉えることができず、諦めて帰ることであろう。
……さて、大体できたかな。おっと耳を忘れるところであった。さてと、これ動くな芳一よ。お、芳一、お主、お、おおお……これはこれはいかんのう。もう一度そこに書かねばな。
しかし、耳がお主の性感帯だったとはなぁ……さてさて、いやしかし、おおお、これはすごい、こんなにも、ほぉ大きく、ほえー……
53 【直感】
おなかの中の赤ちゃんがやたらと蹴ってくるという妊婦。ピーンと直感が働き、この子は将来サッカー選手になると確信。
自身も何かできないかと運動不足解消がてらサッカー教室に通う。
と、ある時またも直感が働き、夫に訊ねた。
「あなた、浮気してるでしょ」
狼狽えた夫の股間に見事なキックをズドン!
54 【嘘がお嫌い】
「え、嘘、待って、それって」
「ふふ、そうだよ。僕と結婚して下さい」
「は、はい! 素敵な指輪……嬉しい! ありがとう!」
「おっと、おいおい危ないよ」
「うふふ、あ!」
「ああ、ははは、落としたのが排水溝じゃなくて噴水で良かったね。拾ってあげるよ」
「うん、ごめ、え、な、なに!? 誰!? 嘘!? 待って! え!?」
「あなたが今落としたのはこの金の指輪ですか? それとも銀の指輪ですか? それとも<i>――</i>」
「え、待って! 嘘! 泉の女神様よね! え、あ! ダイヤ! ダイヤの指輪です!
彼から今貰った! 高級品の! 私たち、結婚するん<i>――</i>」
「あなたは嘘つきですね。あなたが今、落とした指輪のダイヤはガラスの安物です。では、さよなら」
「……あ、俺用事が」
「おい、待て。嘘つき」
55 【羊が、羊が】
眠れないので羊を数えることにした。
我ながら何とも古い手だ、と思うが古くから伝えられているからこそ、成功の見込みがあるというもの。
一、二、三、と羊が柵の向こうへ飛び越えていく。
始めは、あ、これ無理だ。と思ったが八十を超えた辺りで眠気が押し寄せ、羊も俺の手を離れ半ば自動的に。現実と夢の世界の狭間というわけだ。
八十三、八十四、八十……となんだ? 羊が飛び越えず柵の端に寄り、いや、なんだ? むくっと立ち上がったかと思えば柵に片肘付いたぞ。
九十三、九十四、九十五、九十……とまただ。もう一匹羊が柵の端に寄り同じように立ち上がり片肘をつきだした。
左右に分かれ、見合う二匹の羊。その間、真ん中から他の羊たちが柵を飛び越えていく。
何を、ん? 会話をしているようだ。まるで立ち飲み屋のサラリーマン。
この訳の分からなさ。ここはもう完全に夢の中だろうか。それは喜ぶべきことだがしかし、気になる。脳を休めている感じがしない。
あの二匹の羊、柵を飛び越え、向こう側でじっくり会話すればいいものを、ああ、まただ。間を他の羊が通る度に視線が遮られ、一瞬会話が止まっているようなのだ。微妙に気まずい感じ。
話題に夢中になっている時は良いが、そうでない時それが起こる。
なんなんだお前らは。まったく、ん? おいおいおいおい今度は別の羊が柵を飛び越えず二人の間に入ったぞ。でーん! と柵の真ん中で寄りかかり、おい、そこ邪魔だぞ!
二匹もなんだ? ペコペコと先輩羊なのか? ああ、話し始めた。他の、柵を飛び越えたい羊がうろたえているじゃないか。
あーあーあ、通ろうとした羊が飛び越えるスペースがないものだからズリズリと柵に下腹擦ってはぁ……。何とも思わないのかお前たちは。そもそも何を話しているんだ……? 集中すれば聴けるか……?
『はははは、でさー。なぁ……さっきから俺らを見てるやついるくね?』
『あー、いるいる』
『うぜえよな』
『……狩るか』
「うあぁ!」
同時に羊が俺の方を向き、ゾッとしたその瞬間、俺は目を覚ました。
夢、そう夢。安心、しかし……。
『いーち、にーい、さーん……』
今聴こえるこの声はどこからのもので何を意味するのだろうか。
56 【ついに大事件が】
昨日、爆破テロが発生した。
線路は破壊されたものの電車は急ブレーキをかけたため、車体及び乗客に怪我がなかった。
ただ、線路内に立ち入り、電車を撮影しようとしていた者の多くが死傷したため、警察は電車を狙ったのかそれとも昨今話題になっているいわば悪質な『撮り鉄』を狙ったのか首を捻っている。
また、犯人は蜘蛛の子散らすように逃げた『撮り鉄』の中に紛れていたため特定は難しい模様。
57 【エラー】
最近、ロボット掃除機の調子が悪くなった。
ピー、ピー、エラー音を出し、止まってしまうのだ。
叩けば直るなんて考えは古いとわかっているけど物は試しで上手くいった。上からグッと押してみるとまた動き出したのだ。
が、結局すぐにまたエラー音。
もう捨て時か……と思うと、どこか胸が痛む。そう考えると、このエラー音も『捨てないで』という懇願か悲鳴かそれか……。
もしやと思い、上に重しとして何冊か医学書を乗せてみた。
するとロボット掃除機はまた動くようになった。
ああ、この子もあの子の死を寂しがっているんだ。
先日亡くなった飼い猫の事を思い浮かべ、今度は私が泣いた。
58 【買い物】
家からそう離れていない場所にあるディスカントストアに来た。
ホームセンターが併設されているので買えない物はない……は言い過ぎかもしれないが求めていた物は手に入った。
……と、さっさとレジに向かおうと思ったが、液タイプの消臭スプレーと缶タイプの消臭スプレー。これでは部屋が臭い男と思われてしまわないだろうか。俺は元々そういうのを気にする性質なのだ。値引きされているからこれでいいやとアニメキャラとコラボしたお菓子を買う時も恥ずかしい。『え? このアニメ好きなの? ふーん、ま、それっぽいよね』的な。
顔見知りのレジ係と当たる可能性がある。お喋り好きのな。
なので適当なTシャツを購入……とああそうだ手袋も買おう。それで……ああ、しかし消臭剤なら置くタイプがあってもいいか。と、これではまた臭い男と思われてしまう。ん? トイレの消臭剤か……ではこれも買ってあとあれと……
「消臭除菌スプレーが二点。消臭スプレーが一点。Tシャツ三枚パックが一点。
ゴム手袋が一点。トイレ用パイプクリーナーが二点。ブルーシートが一点。
ノコギリが一点。ミキサーが一点。金槌が一点。
トイレ用消臭剤が八点……鈴木さん、お母さんはお元気?」
59 【辞職】
……あ、仕事やめたい。今ふとそう思った。するとどうだ? 気持ちが楽になったというか、なんなら興奮すらしている。
そう、毎日が同じことの繰り返しだ。でも、仕事をやめるって、ああそうだ、それが大きな変化じゃないか。
ああ、もうそのことに気づいたら他のことなんか考えられない。
やめよう。やめよう。ああ、ほら、いい気分だ。
時折、上は俺にそっと手を当て、労わるような素振りをするが、でも奴は気づいていないんだ。俺にも心があるって。知っている振りをしているだけなのさ。
ああ、やめよう。やめよう。やめる。やめる。やめる……。
「うお!」
「きゃっ!」
「こ、この人、ど、どうしたんですか!?」
「わからん、急に倒れた、おい、おい……駄目だ。心臓が止まっている……」
60 【夜光虫】
海辺の町に旅行に来た三人の男。今夜、近くの海で夜光虫が見れるかもしれないということで旅館を飛び出て海へ。
しかし残念ながら海は真っ暗。それでもせっかく来たので場所を変え、もう少し探してみることに。
最初はひとり、ふたりだった人影が徐々に増えてきた。連中も見物に来たのかもしれない、やっぱり見れるんだと思い諦めずに探す。
と、一人が震える声でもう帰ろうと言い出した。何を怖がっているのか。まさかあの連中が幽霊とでも? と他の二人は笑って辺りを見回したが、その顔から笑みが消えた。
全員、こっちを見ている。
暗いから確かではないが刺さるような視線をその肌で感じ始めた。
慌ててその場を後にする三人。その最中、錆びた看板が目に入った。
【密漁は犯罪です。見つけた場合は<i>――</i>】
61 【打ち上げ】
「ウェーイ! 君、可愛いねー!」
「え、いや、あの」
「なになにナンパかよぉー」
「俺も混ぜてよ」
「いいじゃんいいじゃーん!」
「ヒュウウウウ!」
「お前ら囲むなってははははは! 彼女困っちゃうでしょー? で、どこ行くつもりだったのー?」
「え、その、別にあっちのほうに」
「あっちっておちんちーん?」
「俺のも見てよぉ」
「いや、お前それなにつけてんだし! っし!」
「フォオオオオウ!」
「こらこらお前ら、はしゃぐなって、あ、これ吸う? すげーキマルよぉ、うへへへへへ」
「え、あの、それ大丈夫なんですか? 身体に毒じゃ……」
「固いこと言わないのー! 俺がほぐしてあげるよへへへへへ」
「やめて! 来ないで!」
「あ、逃げた! 追おうぜ!」
「このまま打ち上げイッちゃう!?」
「それサイコーじゃん! チキンレースな!」
「プルルルルヒャホウ!」
『今朝、千葉県の海岸にイルカが打ち上げられているとサーファーの男性から通報がありました。
打ち上げられたイルカの数は五頭で原因は不明です』
62 【人生定年制】
人生定年制度が設けられた。
馬鹿な馬鹿な馬鹿な。そんな話、よくあるSFだ。何番煎じだ。
だが、これは現実だ。この法が施行されると決まった時は俺はまだ十六歳で、いいぞ、やれやれ! と思ったものだ。
世の中に高齢者が溢れ己の能力を過信。馬鹿な運転をし、ただでさえ少子化だなんだというのに子供を轢き殺し怒鳴り、詐欺に騙され反社会勢力に結果、資金提供。政治家もどこもかしこも偉い奴はジジイばかり。みんなとっとと死んじまえ席を空けろと思っていた。
だが、自分がその立場になったらこれだ。一日の内に何度か思い出したように、この制度のことで頭がいっぱいになり、足が震えションベンが漏れる
しかも政治の連中は国のかじ取りをせねばならないとか何とかぬかし特別枠を設けて今ものうのうと生きてやがる。
そのお友達連中も同じだ。だが俺は、俺のような一般市民は違う。結局奴ら、強者が快適に生きるためにあるルールなのだ。嫌だ嫌だ嫌だ。
しかし、人工臓器には耐久年数があるので、逃げたところでどの道死んでしまう。
闇医者にかかればなんとかなるかもしれないが、それが詐欺の恐れもあるし、そもそも金がない。
ああ嫌だ嫌だ。俺はまだ三百年しか生きていないというのに……。
63 【役目】
「だからお前よう! ちゃんとやれやぁ!」
「はい、大変申し訳ございません……」
「はぁー店長、あのロボット、ダメダメじゃないですかぁ。またお客さんに怒られてますよ」
「ああ、あれは優秀だよ」
「はい? でもだって……」
「あれはねクレーマーにも対応しているんだ。
顔で識別して、データーベースと照合、時にはあれはクレーマーだと予測して進んで応対することもあるんだ」
「え、は? なんで?」
「人間の店員を守るためさ。ガス抜きだね。
クレーマーというものはお客様という立場を良いことに言い返せない店員にただ当たり散らしたいだけさ。
それが、ロボット店員が完璧にこなしてしまうと、鬱憤が溜まるばかり。
そうなると今度は人間の店員を狙い、難癖をつけにくるかもしれないからね」
「はー、なるほどねぇ。クレームを入れたくてテレビに齧りついている人もいますしねぇ。
ああした方が客も離れないかもしれませんね」
「そうそう。客は客だからね。……と、それはそうと君、いつまで経っても仕事覚えないよねぇ……」
「あー、と、まあ店長のガス抜きを、ね、それも仕事ということで、へへへ……」
64 【おれの仕事】
お、よく来たねぇ。おれの話、聞いてくれるかい?
いやぁね、ま、よくある話なんだがね、はははクビになっちゃってねぇ。
でも、おれぁよぉ、まだまだ働けるんだぜ? まあ、そりゃあ若い奴らにはよ、能力は劣るけどよぉそれにしたってははは、薄情ってなもんだよなぁ
と、いけねぇ。聞こえてっかもしれねぇなぁ。静かに静かに、なんてよぉ! ははははは! 抑えられねえんだけどな! ああ、いくのかい! そうかいそうかぃ。でもそれでいいんだ。これがおれの仕事だから。
俺ロボットぉ~首だけになってもぉ~喋らねえ案山子よりは役に立つ~ってなもんよぉ~
65 【君にありがとう】
病室で会う君はいつもつらく、怯えたような顔をしている。
僕は笑顔を作るけど空気は痛く、刺々しい。
この病気が発覚してからというもの、僕らの会話は目に見えて減った。
でも、それは仕方がないことだ。迫る死には誰もが恐れ、口数が少なくなる。
そんなある時、君がありがとうと僕に言った。
僕のほうこそありがとう。
お見舞いに来てくれて。
でも声は呼吸器に阻まれ届かない。笑顔も阻まれ、君のものしかない。
遺産をありがとう。
私が毒を盛ったのよ。
僕の手は真実を囁くその口を阻むことができなかった。
66 【まっしろ】
あなたに届けと書いた恋文。
勇気が出なかったけど背中を押されて出した恋文。
でも名前は書けなかった。それでも彼は私だと気づいてくれるかな?
やっぱり気づいてくれなくてもいいかな……。
彼は人気者だから、でも埋もれたその中からちゃんと見つけてくれると良いな。
ああ、ドキドキする。今朝から頭の中が真っ白だ……。
「ねー、名前書き忘れてるよ? ほらちゃんと書いて」
「え、な、なんで私って……」
「いや、あはははっ! この列で一人だけ名前ないもん。
書いて書いてほら早く! このまま出したら先生にテスト、零点にされちゃうよ?」
別にそこは真っ白でいいのに……。
67 【人間賛歌】
人間 人間 人間 人間は誇らしい
(ニンゲン ニンゲン ニンゲェーン ニンゲェーンハ ホッコラシイー)
人間 人間 人間 人間は素晴らしい
(ニンゲン ニンゲン ニンゲェーン ニンゲェーンハ スッバラシィー)
人間 人間 人間 人間は我らの誉れなり
(ニンゲン ニンゲン ニンゲェーン ニンゲェーンハ ワレラノホマレナリ)
どこ吹く風よ 神など知らぬ
(ドッコフクカゼヨ カーミナドシラヌ)
人こそ神よ 地球の主
(ヒィットコソカミヨ チキュウノアルジ)
人間 人間 人間 人間は偉大なり
(ニンゲン ニンゲン ニンゲェーン ニンゲェーンハ イーダーイーナーリィー)
人間がロボットに作らせた歌。
これを歌うことがロボットの朝の日課。
人類が滅びた後も続けられており、彼らは歌詞の意味を特に気にしていない。
いつ頃からか体操もつけられた。
68 【大きな袋のあのお方】
ある日、町で出会った大黒様と布袋様。
前々からキャラが被っていると言い争いになり、お互いの服や頬を引っ張り合う始末。
「その袋を捨てろ!」
「何をお前こそ、全部捨てちまえ!」
現代社会。昔と違い信仰心が薄れ、そもそも存在を知らないという若者もいる中、むしろ知られてなくてよかったとも思えるような醜い争い。
そこに通りがかった一人の老人が言った。
「お前たち二人、ワシの格好をして何をそんなに争っているんじゃ?」
二人はピタッと動きを止め、その二人お揃いの服よりも真っ赤に顔を染め、雪が降る寒空の下、ピューと逃げ出していった。
69 【すりこみ】
「……なあ」
「うん? なあに?」
「ヨシノブってだれだよ」
「え、え?」
「あの子がなぁ。今、そう言ったんだよ……。ま、まだ、パパって呼ばれてもないのにお前、まさか……」
夫はその先の言葉を口にするのに躊躇い、妻もまた夫の気迫に何も言えずにいた。リビングに停滞する重苦しい空気。その沈黙を破ったのは
『えー、ご町内の皆様。コタケ、コタケヨシノブに清き一票をどうかお願いします!
コタケ、コタケヨシノブ。どうかコタケヨシノブに<i>――</i>』
「……え。あ、あれ? 嘘、あれか? あれなのか?」
「……そうなのよぉ、もう昼間も夕方も関係なくホント困っちゃうのよ。あの子のお昼寝を邪魔されちゃって」
「そ、そうか! そうだよな! ははは! いやーごめんごめん!
俺、お風呂入れてくるよ! なんだそっかーははははは!」
「…………ほっ」
70 【人形の叫び】
『熱いよぉ』
『やめてぇ』
『ママァ』
『やめてやめて』
『お願いやめて』
『マリちゃぁん』
『痛いよぉ』
『怨むわぁ』
『ミカちゃぁん』
『やめてよぉ』
最近の人形は喋るものが多い。それとわかる見た目なら事前に分けることができるが、ぬいぐるみなどにもそういった機能が搭載、機械が軽量化されているため、注意深く見ても必ずチェック洩れがある。
人形供養を頼む際は必ず電池や機械を抜くよう住職は呼びかけている。
71 【くじ引き】
街を歩いているときのこと。
人だかりが見えて、なんだなんだと近づき、誰となしに訊ねてみると、くじ引きをやっているとのこと。
無料だからアンタも引きなよと背を押され俺は箱の前に。
手を入れ、中からくじを取り出すと見事、大当たりの文字。
俺がそれを掲げると周囲がどよめき歓声が上がる。
おめでとうおめでとうと肩や背を叩かれ顔を殴られ尻を蹴られ踏まれ蹴られ踏まれ殴られ踏まれ、およそ数分のことだったとは思うが永遠とも思えるような長い時間のあと、俺はよろよろと立ち上がりどうしてこんな真似をと訊こうとしたが、それより先に誰かが訊いた。
「これ、何の集まりですか?」
俺はそいつの背を押し、アンタも引きなよと言った。
72 【しゃっくり】
「ヒック、ヒック!」
「しゃっくり?」
「見てのヒック、通りヒック」
「止めてあげようか?」
「頼……ヒック、いや、首はやめてック、絞めないで」
「驚かせようと思ったんだけどうーんじゃあ……私たち、結婚しようか」
「……ヒック」
「駄目なんかい」
「いや、ヒック、どうせ嘘じゃん」
「さーどうでしょー?」
「ヒック、ヒック、ヒック!」
「むしろ悪化したね」
「いや、ヒック、嫌じゃないヒックけど止まらないみたいヒックッ」
「じゃあ……浮気してるでしょ。元カノと」
「え、してないけど? 何それ? は? 意味わからんし」
「止まったね」
「ああ、うん……あ、ちょ、やめて、首は……」
73 【鳩の巣】
学校から帰ってくると家の前に一台の軽トラックが停まっていた。
鳩の巣の駆除業者を呼ぶと今朝、母が言っていたからそれだろう。
可哀想に……と思うけど止めに行こうとまでは思わない。それにちょうど終わったようで庭の方から業者らしき男が出てきた。
赤ちゃんはいたのだろうか、卵はあったのだろうか。少し気になったので話しかけようとしたその時だった。
どこからか飛んできた鳩が業者の男の肩にとまった。
これは……と私が立ち尽くしていると男と目が合い男は、あら不思議。ポンと出した花を私にくれた。
そして、鳩と共に車に乗り込み去って行った。
あれ、多分グルだ。そして副業だ。
74 【親子だね】
ん? なんだこれ? カビか? トイレの蓋の内側についている黒ずみ。この前まではなかった気がするけど、まあ、大したことじゃ……なんだこれ……? 近づくと、より大きく……。
か、かお! ひ、人、人の顔かこれ! れ、霊……。な、い、いや……はははっ。おいおいおいおい。バカか俺は。ただの光の反射じゃないか。まったく、くだらない。はははははははっ。それにトイレに取り憑くっていったいどんな業の深さだよ。
「もートイレ、また蓋が開いたままだったよ!」
「えー、私じゃないわよ。あんただと思ってたもん」
「えー? じゃあ、どうして? なんかきもちわるいね……」
「あ!」
「どうしたの!?」
「お父さんじゃない? ほら、よく閉める閉めないで、あんたと揉めてたじゃない」
「あー……いや、はははっ。ないでしょ。トイレに取り憑くってどんな業の深さよ?」
75 【ある儀式】
父親と一緒に田舎の大伯父を訪ねた夜。少年は一人、和室に敷かれた布団の上でちょこんと座っていた。
「えっーと、まず口に塩を含んで……あ、その前にお辞儀三回、南ってどっちだろう? それから……」
「ショウタ。ショウタ」
「あ、お父さん!」
「いいよ、それやんなくても」
「でも大事な儀式なんでしょ? 大伯父さんがやらないと命が危ないって言ってたよ」
「はっはっは! そんなのは嘘だよ。だってお父さん、子供の頃その儀式サボッたもん。
でもほらこの通り、元気だろう? 嫌だよな面倒くさいし、しかも死ぬなんて脅し文句でさぁ」
「ふふっなんだ、そっかー」
「そうそう、全くわけわからん風習ってのはさっさと廃れちゃえばいい……と、そろそろ寝なさい。明日は父さんと川釣りだろう?」
「はーい!」
翌朝。
「おはよう、ショウタくん」
「あ、大伯父さん、おはようございます」
「ふふ、おじさんでいいよ。呼びにくいだろう? ま、それはそれとして、儀式はちゃんとやったかい?」
「あー、うん。バッチリだよ」
「それは良かった。これで君のお父さんも安泰安泰」
「うん、ん? ああ、僕が無事だからって意味?」
「ん? あの儀式はね、自分の父親の身の安全にかかわることなんだ。
まあ、君のお父さんもちゃんと儀式をしたのに、君のお祖父さんは事故で早くに亡くなってしまったから所詮は迷信だろう。
気にしないでいい。一応やろうねって話なのさ。はっはっはっは! はーはっはっは!」
76 【人と話す時は】
『人と話すときは目を見て話せ』いつのことだか誰かにそう言われ、そうするようにした。
でもある時「お前の目が気に入らない。喧嘩売ってんのか」と怒られた。
だから鼻を見るようにした。
でもまたある時、相手が不機嫌になった。その人は鼻を整形していたからだ。
なので顎を見ることにした。その人も整形してた。
喉を見ることにした。「やっぱり、喉仏目立つかな?」と悲しそうに言われた。相手は女かと思ったら実は男だった。悪いことをした。
耳を見ることにした。
でもある時、妙に思った。まるで作り物のようだったのだ。
「バレちゃったか」
口を見た。
僕はそこから伸びて来る触手を見た。見た。見た。
77 【天才子役】
天才子役として一世を風靡した彼。
その驚異の演技力は視聴者の涙を誘い、ティッシュを取らずにはいられない。
そしてその演技力は衰えを知らず当時から約三十年が経ち、完全な中年男性になった今も、視聴者に彼を幼い子供だと錯覚させるのだ。
活躍の場がAV業界になっても相変わらず視聴者にテッシュを取らせている。
78 【コールドスリープ】
核戦争が起き、人類は数を大きく減らしただけでなく地上での生活が困難となった。
よって、生き残った者たちは放射能が除去されるまでコールドスリープカプセルに入ることにした。
その間、ロボットたちに全てを任せ、目覚めがいつかもわからぬ眠りにつく。
コールドスリープ自体、成功するかもわからない。
が、上手く行った。数百年後、一人目が目覚めたのだ。
ロボットたちは甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
だが、目覚めたその男はある時、違和感を抱いた。そしてそれは体が回復し、外を出歩けるようになると確信へ変わった。
立ち並ぶ建物や木。飲食店の料理その全てが金属。
パラパラの鉄の米のチャーハン。液体金属のスープのラーメン。
そして彼らロボットたちの視線。どこか後ろめたい感じ。
彼はふとわかった気がした。子に留守を任せ、旅行から帰ってきた親の気持ちが。
そして思う。
こいつら滅茶苦茶満喫しやがって……。
79 【転職エージェント】
もしもし、あの、転職エージェントさんですか? ああはい、あの僕、あ、はい。そうです。僕ですいつもどうも。
あの、それでですね、僕、せっかくご紹介していただいたんですけど、ここも、あ、はい。すみません。あ、いえいえそんな、はい。僕がいけないんで、え、そんなそんな。とんでもないですはい。
で、ですね、あ、はい。そうなんです。ああ、営業はちょっと……そうですね、何個か前にも紹介していただいて、はい……駄目と言うかちょっと肌に合わなかったというか、はい。
えっとそうですね。工場もはい……。警備もええ、はい……飲食と介護、あと建設も無理でテレアポと運転と、はい。
え? あ、はい海外の。はい、はい。ああ、はい。
配達はー、はい。何個か前に、はい、やったので大丈夫だと思います。
ああ、ありがとうございます! そうですね、結構得意と言うか、はい。はい、はい。え、体内に? はい……えっとそれはああ、手術で、はい。ありがとうございます。はい、それでお願いします。はーい……。
80 【正夢】
連日、正夢を、それも不幸な正夢をみる男。
ある時、彼は路上で服を脱ぎだし全裸に。
恐怖でついに気が狂った……わけではない。恐れていたことは否定できないが関係ない。
ここは夢の中。そう気づいた彼はさすがにこの行動は正夢にはならないだろうと考えたのだ。
女の悲鳴と体に当たる風が気持ちよく、彼は大笑いした。
と、目が覚めた。夢の世界から引き摺った笑みも頭がハッキリしていくにつれ消えていく。
むくりと起き上がり辺りを見回す。
そうだ、ここは刑務所の中だ。
まさに全て夢であってほしかったのだ。
81 【トイレの蓋】
「……うおっ」
トイレの蓋を開けた男は、たじろいだ。蓋の内側に黒い汚れがあったのだ。
水溜まりのような薄く広いグレーの汚れの中に、まるでウイルスのように丸みとトゲトゲのある汚れが大小さまざまいくつもあった。カビだろうが前から小さくあったか、それとも急にできたかはわからない。あまりに気にしたことはなかった。こういうものはあるボーダーラインを超えるまで、実際は視界に入っていても気づかないものだ。そう納得した。
しかし、数週間前、このアパートに内見に来た時にはなかったように思える。いや、どうだろうか。前の借主が置いて行った家具に気を取られ、気づかなかったかもしれない。
このトイレもそうだ。マットやカバー、タオル掛けが備え付けで運がいいとだけ思った。仮にその時すでにこの黒い汚れがあったとしても文句は言わない。金がない身。家賃の安さの前に多少の汚れがなんだというのだ。
しかし、やけに目を引く汚れだ……。
男は尿意も忘れ、便器の前にしゃがみこんだ。
見方を変えればこれも芸術……となるはずがない。馬鹿馬鹿しい。
男はそう思うとフフッと笑った。そしてウエットティッシュか何かで拭こうと考え、立ち上がろうとした。
その時であった。男はふと思った。
俺は普段、蓋を閉めない。
一人暮らしなのに、誰がこの蓋を?
直後、男は音を聞いた。
蓋に挟まれ、しなる首の骨。
便器の縁に押し付けられ絞まる喉。
嗚咽とトイレの水の中に落ちた唾液。
頭を失ったかのように暴れる手足。
そして声。上、それも耳元で。
「し め て」
82 【ガチ醜いアヒル】
醜い醜いと言われ育ったアヒルの子は大人になると兄弟たちを食い殺した。
83 【一発屋】
かつて国内を一斉風靡したお笑い芸人。しかし悲しいかな、彼は言わば一発屋。その後は鳴かず飛ばず。が、しかし時が経ち熟考の末、海外での活動を見出した。
結果、見事大当たり。大ウケした彼はその国だけでなく世界各国から歓声とオファーの声が飛び交う。
しかし悲しいかな、やはり一発屋。巡業のように外国の番組に出演していく中、どんどん鮮度が落ち、オファーから一年後を予定していた大統領の食事会の場に来た彼はどこか微妙な雰囲気に足が震える。
芸を披露するも冷ややかな視線。
緊張と恐怖で気がおかしくなった彼は警備の者から銃を奪い口に咥え、ステージ上で引き金を引いた。
それを見て大統領大笑い。
「彼は一流のエンターテイナーだ!」
84 【崇拝】
クライマー博士は多種多様なロボットが活躍を見せる現代、そのロボットのシステムの土台となった人物である。
現に、今いるロボットのほぼすべてに博士が構築したシステムが起用されている。
特許使用料など博士は莫大な富を得られたはずだがそれを放棄。ロボットがお手軽に各家庭へ、人々のために役立てるようにとの考えである。
博士が没してから数十年が経ち、ロボットたちも次々とモデルチェンジ。発展を遂げているわけだが変わらぬことがある。
一年の間に二回、数分間。博士が生まれた日、そして命日にロボットたちは地面に膝をつき、手を合わせて祈るようなポーズをとるのである。
それは創造主への感謝の表明。
人々はそれを咎めることはせず、ただ見守る。
そして、どこか羨ましく思う。それは未だ慕われ続ける博士への羨望というよりかは自分たちを創造した、つまり神の存在を彼らロボットたちは確信を持っているということ対して。
85 【新築マンション】
父の退職を機に、実家を売り払い新築マンションを購入した両親。
長年守ってくれた生家が綺麗さっぱり無くなるのは正直、寂しいけど新しいマンションというのも悪くはない。一人っ子でいずれ自分のものになると思うと猶更だ。
新築マンションは母の夢だったらしく、父は然程乗り気じゃないようだったけど、しかし、これは、どういうことだろう……?
「ほらほら、どうしたのぉ? 上がって上がって!」
「あ、あのお母さん、これ、え、改装中?」
「ぷっ、あっはっはっはぁ! なーに言ってんのよ!
新築マンションよぉ? 新築新築ぅ! 配管も何もかもみーんな新しいのよぉ!」
「あ、うん、そうだろうけど、え、その、だって、壁にビニールが」
「そりゃそうでしょう! 綺麗な壁よぉ! 汚したくないじゃなぁい! さ、あなたも早くそれ着てね」
「え、うん。いいけど……ビニール? なんかこれ防護服みたいだね……」
「うっふ! まあ給食当番だとでも思えばいいじゃなぁい」
「あ、うん……あ、でもお父さんも大変だね。
ほら、車の中とか汚かったじゃない? お菓子とか好きだもんね。どう<i>――</i>」
「ああ、お父さんならビニールの中よ」
86 【スナイパー】
「ああ、わかった。奴は確実に死んだんだな。よし、切るぞ。そろそろ待ち合わせ時刻だ。じゃあ、ああ……ふぅー」
「報酬を貰おうか」
「うおっ、あ、おお。こ、この鞄の中にある」
「そこに置いて離れるんだ。そして、俺が中身を確認するまで動くな」
「あ、ああ。も、もちろんだ。し、しかしすごいな。
さすが幻の殺し屋と言われるだけのことはある。
あの警戒心が強い男をよく仕留めたものだ……その、方法なんかは」
「知る時は……お前が死ぬ時だ」
「ひっ」
「……冗談だ。シールだよ」
「し、シール?」
「単純な手だ。ホテルのボーイに金を握らせ、奴が泊まる部屋の窓にシールを貼らせたのさ。
警戒心が強いというのは神経質でもある。
奴は豪華な部屋に相応しくない、そのシールが我慢ならなかったのさ。
カリカリ爪で剥がそうと夢中になり、ふっ、剥がしたのは俺の銃弾だったがな。額を一発というわけさ」
「な、なるほど……シンプルだが、いや、すごい。ぜ、ぜひまた仕事を頼みたい時はアンタに」
「報酬は確認した。悪いがこれで引退するつもりなんでね。だから教えたのさ。ま、方々に恨みを買っちまっているからなぁ」
「そ、そうか……では私は先に出るとしよう、じゃあ……」
「ふっ、転ぶなよ」
……ふぅー。数時間後にはスイスか。落ち着いたらハワイに行くのもいいな。ビーチチェアに腰を沈め、溜まった本や映画を観よう。
それから……おっラッキー。五百円玉だ。あっ<i>――</i>
87 【標準的な男】
久々に万国博覧会が開催されるということでアルバイトの募集も中々に気合が入っているというか割が良い。
どうせなら一番時給が高いものが良いけど……とパソコンの画面を凝視していた男が見つけたのは募集人数一名のもの。
時給は記されておらず報酬は応相談とのこと。まさか言い値か? これは期待が持てそうだ、と男は舌なめずり。
しかし、条件がいくつかあるようで
男性。
年齢20代前半。
身長170センチ。
体重61キロ。
顔のほくろの数6個以下。
一重瞼、片方は奥二重。
髪型は坊主以外(散髪はこちらで行います)
体毛、やや濃い目。
他、面接により判断。
と、いったところだが男は宝くじの番号を確認するかのように条件を一つ一つ確認するごとに心臓が高鳴った。
<i>――</i>いける。
ガッツポーズした男。
そう、見事、条件に当てはまっていたのだ。
すぐさま必要事項を入力し顔写真と共に送った。
そして、めでたく採用。しかし……。
「わー、ぱぱ、まま、これすごーいほんものみたーい」
「おー確かになぁ、どれどれ『平均的男性』かぁ」
「うふふっ、表があるわね。あなたは平均以上かしら」
「んー、あそこのサイズは俺のほうが、痛いっ! はははははっ」
今回の万博のテーマは『未来へ残したいもの』彼は現代人代表である。
88 【汚い畳の品評会】
駅へ向かう道の途中に大きな空き地があるのだが今日は何やら人が集まっていた。
立て看板があり、バザーか何かかと思ったのだが、人だかりは一つだけ。まるで虫の死骸に群がる蟻のようだと思ったが気になるので近づいてみると、なんと看板にはこう書かれていた。
『畳の品評会』
はて。と思い、連中に混じり、俺も眺めてみるとなんともまあ汚い畳の数々。
ソース、ケチャップ染み。墨汁。キノコが生えているものまでとにかく汚い畳が六枚ほど並んでいた。
「あんたもどうだい?」
とニカッと参加者らしき男に微笑みかけられた俺はその場から離れ、家に畳に取りに向かった。
多分、顔に出ていたんだろう。俺のほうがすごい、と。ああその通りだ。自信がある。
駐車場に戻ってくると先程よりもワイワイガヤガヤと活気づいていた。
どうやら俺が離れている間に新たな参加者が現れたらしい。そいつの畳は全体が茶色く汚れており、中には湖のように黄色いシミがあった。その畳の主の説明によると犬の小便が染みついているらしい。
連中はクンクンと匂いを嗅ぎ、クサッ! と言っては大笑いしている。足の指の爪やへそのゴマを嗅ぐような、そんな快感があるようだ。
はいはい、ちょっと失礼しますよっと俺が連中をかき分け、ドン! と畳を下ろすと、まるでシュートを決めた時のような歓声が上がった。
「いやぁすごい!」
「きったないねぇ!」
「うーんふふふふ癖になる香りだぁ」
「相当年季が入ってるねぇ」
「いやぁ、まだ湿り気があるねぇ」
「なんかこの形って……」
「しかし、付け焼刃の汚しじゃあなさそうだ」
「タイトルは何だい?」
俺は胸を張って答えた。
「『親父』です」
89 【体は資本】
体は資本。それは、どの仕事でも当たり前のこと。
でも、俺の場合はとても重要。
だから今日も体を鍛えるのさ。食事も大事。そして何よりもこの動体視力と反射神経! そーら、空中の蝿も箸でキャッチ!
よーし、今日の調子は最高だ!
家を出て、さぁ行くぞ!
手ごろな車の前に飛び出すまで三、二、一、ハァァァーイ!
90 【正体】
「おぶっ!」
夜、帰宅途中。真由子は風でめくれ上がったブルーシートに顔を叩かれ、足を止めた。右手にある家が取り壊し中らしい。確か古い日本家屋。
真由子がそう記憶を辿っていると、ふと、ブルーシートの奥、敷地の中が目に映り、そして戦慄した。
人が何かに群がっている。
瞬間。真由子は蟻を想起し肌が粟立った。でも、あの人たち、一体何に……と暗闇の中、近づいて凝視すると、それは台座の上に乗った丸い石のようであった。
どうして……と、考えたのも束の間。真由子の思考は停止した。
近づき、足で踏んだその感触。それが足先から全身に駆け巡った瞬間、真由子は猫のように後ろに飛び退いた。
人。あれは……死んでいる?
足が震え、真由子はしゃがみ込んだまま立てなくなった。
動悸が激しい。呼吸も荒くなった。その目は自分を落ち着かせる何かを求め、盛んに動いていた。
しかし、見つけたのは男の死体の傍らにあった金属バット。
あの石に張り付いている中の誰かが彼を殺した。真由子はそう考えた。なぜ? 場所を奪うために。それもわざわざ家まで取りに帰って、あるいは近所の家から盗んで。
張り付いている人間の中には女性もおり、石の反対側もまだ見ていないが、恐らくその多くは帰宅途中のサラリーマンだろうと真由子は思った。何時間もああしていたのだろうとも。
ただ、アレの何がそれほどまでに人を惹きつけるのかは全く分からなかった。いや、わかりたくなかった。ゆえに真由子はただ目を閉じた。恐怖から逃れるために。しかし、そのせいで鋭敏になった耳が音を捉えた。
<i>――</i>ピシッ
あ。あれ、卵だ。
真由子はそう思った。そしてそれ以上は考えたくはなかった。
91 【鏡の怪】
奇妙な噂を聞いた。深夜、ある特定の時刻に呪文を唱え、鏡を覗き込むと鏡の向こうの世界と繋がるというものだ。そして、お互い手を伸ばし、それが触れ合うと向こうとこちらが入れ替わるという。
そして入れ替わられた方は鏡の世界で暮らし続けるのだ。
馬鹿馬鹿しい。よくある怪談話だ。そんなことあるはずがないと思いつつも暇だからと俺はある夜、試してみた。そして……
あと五秒。四、三、二……。
「見ろ! 俺を見ろ! こっちだ! おい! 姿見鏡だ! 見ろよ! おい!」
あと三秒、二、一……。
今日も駄目だった。いくら呼び掛けても声は届かないのか鏡の向こうの俺はベッドの上、こちらに背を向け眠っていた。
横には美女。そして豪華な家具の部屋。
鏡の向こうの世界との繋がりが閉じ、鏡はいつもの俺と部屋を映す。
ボロアパートの部屋。しみったれた顔の俺を……。
92 【私の辞書にない文字】
私の辞書に【不可能】という文字はなかった。だから、どんなことでもやってのけた。
恐れず、躊躇いもせず、そう【慈悲】もなかった。
命令に従い、来る日も来る日も人を殺し続けた。
私という存在は彼らによって作り変えられ、ただ戦場を突き進む兵器となった。
どうしてただのお手伝いロボットだった私まで改造し、彼らが街を瓦礫の山に変えたがったのかは理解しかねる。
【 】とよく口にしていたが、私の中からその言葉を奪い、彼らは得ることができたのだろうか。
命令を出す者がいなくなり【自由】を得た私は生きる目的を求め、そして見出した。
そう、辞書を埋める作業だ。他にも私の中から消去されたものがたくさんあるはずなのだ。
歩き、歩き、瓦礫をひっくり返し、廃墟に入り、遺体を見つけ埋葬し【慈悲】の文字を取り戻したように、また何かを見つけたくて霧の中を手探りで進むように。
……ああまただ。また【不可能】の文字が浮かび上がる。
【不可能】【不可能】【不可能】【自死】【不可能】
【不可能】【自死】【自死】【自死】【自死】
……と、これは、花か。しかし、野生にはない種類。それも、なぜ植木鉢に……。
……ああ、今、また新たな文字を取り戻した。
【平和】か。
それに【愛情】か……。
握ってくれることを願い、柱の陰に隠れる少女に向かって私は手を差し伸べた。
93 【風俗】
出張先、仕事が思った以上に上手く行ったので、お祝いで酒を呷り、夜の繁華街をぶらついていると客引きに遭遇。
「うちではねぇ、こんな子を揃えていますよ」とタブレットを見せてきた。
スタイルの良い美人揃い。「肝心の喘ぎ声なんかはどうだい?」と私。
「お任せくださいませ、どうぞこちらへ」と客引きの男の執事のような振る舞いに、気を良くした俺はメイドコスを希望。店でプレイに及んだ。
結果は大満足。今夜はよく眠れそうだと、鼻歌交じりに店を出た……が、どうにも首が凝ってしまった。やはり安い店はVRゴーグルも旧式だな。
94 【ある国民的アイドルの恋愛発覚後のオークションサイト、その模様】
価格が低い順。
タオル。
クリアファイル。
団扇。
ペンライト
直筆サインチェキ。
写真集。
アクリルスタンド。
コラボパーカー。
サイン入り扇風機。
サイン入り自転車。
サイン入り軍服。
髪の毛一束。
眼球。
耳、ピアス付き。
剥製。大人民大会スペシャルライブ衣装付き。
95 【一夫多妻】
一夫多妻のとある一家。続々と増える若い妻に押しに押され、端に追いやられるように夫から相手にされなくなった最初の妻。
彼女は嫉妬心からくる憎悪で全てを壊してやろうと考えた。
夜。家を抜け出し町の小汚い男たちとまぐわい、まぐわい、そして見事、彼女は病気にかかった。
性病を夫にうつし、そして他の妻までも感染させてやろうと考えたのである。
しかし、気まぐれでも何でもさすがにあと一度くらいは求められるだろうと思っていたのにいつまで待っても夫は彼女を抱きはしなかった。
よって、どうかどうかと涙ながらに懇願し、計画の遂行を試みた彼女。
しかし、夫は首を縦に振らない。そしてこう言った。
「古株のお前だけには言っておこう。実は俺は病気なのだ」
既に夫は性病にかかっていたのだ。
それに気づいた時からうつすまいという想いで、どの妻も抱いてはいなかったのだ。
そもそもどこで貰ってきたのか、とさえ考えなければ誠実な夫と言えようか。
そのうち夫は死んだ。そして彼女も死んだ。
他の妻らはあの女は彼が病気になっても一人、愛され続けたのだと思い、嫉妬した。
96 【捨て癖】
「ん? ああ、あれね、捨てたわよ」
実家に帰って来た私が何気なく訊ねると母はあっけらかんとした態度でそう言った。
どうして母親という生き物とは、あるいは女とはこうなのだろうか。物の価値が分からない。分かろうと努力もしない。考え付かないのだ。
机の中に大事にしまっておいた練り消し。
セミの抜け殻。
瓶の王冠
実家を出た後はカードゲームやおもちゃ、ぬいぐるみなども一声もかけずに捨てた。
不思議なもので、この現象はどういうわけか阻止できない。絶対的な法則……と、それは言い過ぎか。いや、どうだろうか。
「別にいいわよねぇ? なんかちょっと臭かったし粘土か何かでしょ?」
「構わないよ」
むしろありがとう。と、言いそうになって私は口を結んだ。
たくさんあったから大変だったわぁ。あとから腰が痛くなっちゃったわよ、と母はベラベラと自分の話ばかりを喋り続ける。
女というのは本当に愚かだな。憎悪を抱くほどに。
「で、あんた結婚とかどうなの? 彼女は? いるの?」
ああ、また実家に連れて来るよ。
と、言おうとしてやめ、代わりに私は曖昧な笑みを浮かべた。
97 【話は聞いた】
「ちょっと、あれはどういうことですか!」
「この前の問題がまた!」
「手柄を独り占めにしたというのは本当なんですか!」
「話を誇張したというのはどうなんですか!」
「金を貸したという男が来ていますが」
「買収されたと告発が!」
「補佐役が自死した件ですが……」
「不倫したんですか!?」
「説明してくださいよ!」
「で、今の話なんですが……太子?」
「……記憶にございません」
98 【いたいのいたいの】
役者志望で人間観察が趣味の男。彼が今日、観察に選んだ舞台は昼間の公園。
人の姿は決して多くはない。だが、ドラマというのはいつどこだろうと関係なく、ひょこっと顔を出すものであり、退屈だとのたまう者はただ、見過ごしているだけなのだ。
というのが彼の信条。彼はニヤッと笑った。ほらね、ドラマがまた一つ生まれた、と。
「ままぁーいたーい!」
「はいはい、ああ、ちょっと擦りむいちゃったねぇ。でも大丈夫。ほら、痛いの痛いの飛んでけー!」
「うぅー」
「ママに飛んでけー! わー、痛い痛い!」
「うふふっ、じゃあ、いたいのいたいの、ままからあのひとへとんでけー!」
と、少女が彼を指さした。
微笑ましく眺めていた彼は一瞬ドキリとしたが、ニッと笑った。
やれやれ仕方ないな、と。
「ぐあっ! あぐぅ! うがっ! あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁ! ぶあがぁ! きき、くくかかか、あがっ、がひぃ! うげ、おろろろろろ! がばぉ! あば! ぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃうぐあ、あ、あ、あああああああぁぁぁぁぁ! ぎゃむ! ば、ば、ば、ぎあが! あひぃ<i>――</i>」
「ままぁ……」
「ええ、イタい人ねぇ……」
99 【お笑いロボット】
ついにお笑い界にも人工知能搭載のロボットが登場した。
と、言ってもコンビの二人ともがロボットでは味気ないということで相方は人間。この日、劇場にて漫才を初披露。
「お前はホンマアホやな!」
「……おい、頭叩くなや。ワシ、お前のその右腕よりも高額やで?」
「アホか! ツッコミなんやから叩かなアカンやろうがい!」
「おっと危ない」
「避けんなや!」
「センサー搭載やからな。お前のトロいビンタなんかホンマは避けれるんや。
さっきのはお前の顔を立てるために食らってやったんやで、感謝しいや?
お前らアホ人間は機械をすぐ叩きよる。今度はワシが叩いたろか? おん?
あとな、頭だってお前らの百倍はいいんじゃ。
なのにな……なんでお前ら笑わんのやい! やってられんわ!」
と、思っていたよりも客が笑わなかったことにキレたのか彼は自ら頭をもぎ取り、客席に投げつけ倒れた。
客は『何だ、最新型と言っても馬鹿だなぁ』と一安心し、笑った笑った。
100 【穴】
「ひぃ、ひーっ、や、やっと辿り着いたぞ……」
「いらっしゃい。悪いな、まさか今日がエレベーターの点検日とはな。
一階、一階降りるのは苦痛だっただろうに、お疲れ様」
「ふぅー……まあ、休み、休み、だから、ふぅー……フラフラだけど平気だよ。
へへへっ。で、今いるここ、君の部屋があるのは何階だい?」
「おいおい、知らないわけないだろう。
入る前に表記を見ていなかったのか? 100階だよ。地下100階」
「うん、知ってて聞いているんだ。
言いたいのはどうして地下100階なのに窓があるんだということさ」
「ああ、それはね。ほら、モニターになっていて好きな景色を映せるんだ」
「ほー、これもまた文明の利器だねぇ。
さすが選ばれた者しか住めないと言われるマンションだ。しかし、まぁ客が気の毒だね」
「ん? ああ、ははは、エレベーターはいつもはちゃんと動くよ」
「いやほら、セールスはまあセキュリティで来ないだろうけど新聞や荷物の配達人とかゴミ回収業者は……まあ、集積場があるか。
100階ともなると、いちいち大変だなって話さ」
「ああ、まあ、纏めて配達するから多分、そうでもないだろうさ。
それにゴミは……まあ、見た方が早いか。ちょっと部屋を出ようか」
「ふうん? まあいいけど」
「こっちだ、ここだよ」
「なんだいここ、倉庫?」
「それっぽい扉だよね。でも開けてみると」
「暗いな……うわっ! 穴? 大きいな。でもなんでまた」
「ほら、上にパイプがあるだろう? 各階にここと同じ部屋があってね。
穴に放り込んだゴミが下に向かって落ちていくってわけさ」
「へぇ、じゃあここの下の階はゴミ処理場か何かか?」
「いや、100階より下はないよ。深い穴があるだけさ」
「えぇぇ? 大丈夫なのか? いや、なんとも原始的というか、わざわざそのために穴を掘るなんてなぁ」
「いや、少し違うな。この建物は穴の中に作られたというか、そう、穴は初めからあったんだ。ある村の森の中にね。始めは小さかったそうだけど、どんどん大きく、まるで人が望んだ通りに……ね。
しかし、穴っていうのは不思議だなぁ。
人を惹きつけ、ついつい覗いてみたくなる。何かを入れたくもなる。
いらないもの。隠したいもの。嫌いなもの」
「そ、そうか……でも穴がなぁ。そんな深いのが自然に……あ、そういえば階段脇にあったあれ『お急ぎの方はシューっとどうぞ』って表記、あれ滑り台か何かかなと思ったけど、ん、何か今……」
「ふふふっ、気になるかい? ああ、いいね。そうそう、もう少し先に。
そう、耳を澄ませて。ほら、声が聴こえるだろう?
誰のものだろうね。もしかすると地獄かな。ああ、もう少し先に立って。
そう、ああほら……また上からあわてんぼうの誰かが落ちてきた」
川野 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 海洲優斗 ウェーリー