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Monseigneur Cochinchine V.A.  作者: 六福亭
7/16

7 夕暮れ

 この子を連れてすぐにインドに戻ろうと、ピエールは考えていた。しかし、ジョルジュがそれを認めなかった。

「俺たちはまだ、目的を果たしていないんだぞ」

「目的だって?」

 ピエールは苛立った。

「高文を安全に保護する方が大事だろう!」

 ピエールは、高文を、忌まわしい思い出が生々しく残るこの町から遠ざけてやりたかった。だから、次にジョルジュが言った言葉は理解できなかった。

「この子も一緒に、龍を探せばいい」

「正気か? いつ阮氏の役人や、盗賊が襲ってくるかもしれないんだぞ!」

「インドに行くのも危険は変わらんだろ。シャムやカンボジアの役人の目を盗んで、船を探さにゃならん。それよか、多少は知ってる場所に留まった方が良い」

 高文は大人しく二人の言い争いを見守っている。何も分からないのではなく、嫌味の応酬のたびに小さく肩を縮めている。そのたびに、ピエールとジョルジュは示し合わせたように同時に少年の頭を撫でる。

「我々二人だけでここに留まる意味がないよ」

「だって、龍をまだ見ていないんだぞ!」

「龍って、何だ」

 ジョルジュの手が、高文の頭からだらりと落ちた。ぽかんと空いた口を閉じることもなく、愕然と彼はピエールの顔を見返した。

 ピエールは、繰り返した。

「龍とは、何なんだ。我々はそんなことも分かっていないのに、何をしにここに来た? 龍を見れば代牧になれる? そんなの、下らない迷信だ!」

「何だって?」

 ジョルジュが感情を抑えた低い声で尋ねる。

「もういっぺん言ってみろ」

 ジョルジュが拳を固めていることには気がついていたが、ピエールもそれなりに血が昇っていた。

「何べんだって! 迷信、迷信、迷信! みんな嘘っぱちだ!」

 獣のような怒声が、ピエールの耳を震わせた。思わずひるんだピエールの胸ぐらをジョルジュがぐいとつかみ、激しく揺さぶった。揺れが収まった頃には、ジョルジュが右手を高く振り上げていた。

 右手をピエールの頬に振り下ろし__すんでのところでピエールはかわした__ジョルジュは叫ぶ。

「お前……! 一体! 何のために! 俺がお前を代牧にしようと……」

「ああ、私もそれが知りたいね!」

 ピエールも怒鳴り返した。もはや周囲の崩壊した建物も、焼けた木々も、足下の骨も、高文でさえも目に入らない。

「私が、いつ、代牧になりたいと言った! そんなに権力がほしいなら、自分が立候補すればいい!」

 その時柔らかい何かが二人の間に割って入った。高文だ。薄い眉をこれ以上ないほどつり上げて、司祭たちの胸を小さな手で叩いた。

「大声を出さないで。奴らに聞こえる」

「奴ら?」

 切り替えの恐ろしく早いジョルジュが、鋭く聞き返した。

「何者だ?」

 高文は、小刻みに震えていた。少しの間ためらっていたが、ジョルジュに優しく抱え上げられると、声を潜めて語った。

「盗賊だよ。毎日、夕方になったらここに来る。人も殺すし、見つかったら何もかも取られちゃう」

「お前、そいつらからずっと隠れていたのか」

 高文はうなずいた。ジョルジュは、少年をぎゅっと抱きしめた。

「怖かったな。何も知らなくて、怖がらせてごめんな」

 気づけば、もう辺りが薄暗い。長い一日が終わりに近づいている。

「一晩どこかに隠れて、朝になったらインドに向かうか」

 ジョルジュはその時、ピエールに背を向けて言った。思わずピエールは聞いた。

「龍は?」

「見なくていいと言ったのはお前じゃないか」

「いや……私は……」

「いいさ、龍をここで見なくても、他に方法はあるはずだ」

 高文を抱きかかえたまま、ジョルジュはねぐらを探して歩き回り、ピエールがその後を追いかけた。ごくかすかな声がピエールの耳に辛うじて届いた。

「だから……代牧になりたくないとだけは、言わんでくれ」

 ピエールは聞こえないふりをした。


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