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Monseigneur Cochinchine V.A.  作者: 六福亭
16/16

16 新しい代牧

 ミサの日に信徒たち全員が集められた。彼らの前で、改めてピエールが新しいコーチシナ代牧として公表された。

 拍手の数は少なかった。信徒の大半がクレインペターの方を好いており、彼が病気で引退を強いられたことを不満に思っていた。司祭たちは、ピエールが自分たちを差し置いて代牧に選ばれたことに良い気持ちはしていなかった。ピエールは挨拶をして、いつも通りミサの司式をした。後になって、その時何を皆の前で言ったかを全く思い出せなかった。

 その日初めて、高文はミサに参加した。

「どうだ、我々と暮らしていけそうか?」

 夜、誰もいなくなった教会代わりの家で、ピエールは高文に聞いた。高文は少し考えて、大きくうなずいた。

内心胸をなで下ろすピエールに、高文が話しかけた。

「大丈夫?」

 ピエールは、自分に向けられた問いであることに、しばらく経ってからようやく気がついた。

「私がかい? どうして?」

「ずっと、元気がないから」

 高文はじっとピエールの顔を見つめている。慌ててピエールは顔を背けた。今にも泣き出したいような、そんな気力もないような。ごたごたした表情を両手で無理矢理に伸ばし、彼は再び少年に向き直った。

「私は元気だよ。これから皆を連れて、あんな感じのホンダットに帰らなきゃならないんだ。大仕事だぞ。落ち込んでなどいられないね」

 景気づけに、高文の頭を思いっきりなで回してやった。

 一人のカテキスタが、教会に入ってきた。古くからの顔見知りで、年の近さもあって打ち解けた仲だったが、彼はピエールに対して慇懃に指示を仰いだ。ミサの後の道具のしまい場所や信徒に配るパンの種類といった些細なことまで、これからはピエールが判断しなければならないのだ。

 彼が出て行ってから、高文を信徒の子どもたちが呼びにきた。彼らはピエールのことを少し恐れているようだ。大人のようにうやうやしい動きでピエールにお辞儀して、高文を連れて行った。

 薄暗い教会の中で、ピエールは一人取り残された。ろうそくの火を一気に吹き消して、ピエールは真っ暗闇の中で呼びかけた。

「ジョルジュ」

 パリに来た頃から今までずっと側にいてくれた友は、もうどこにもいない。

 それでも、

「私は、お前にこそ今ここにいてほしかった」

 彼がいれば、身に余る栄誉を少しでも嬉しく思えたのに。大変な職務も、前向きに頑張ろうと思えるのに。慣れない、仰々しい呼び方も、素直に受け入れることができたのに。


 __コーチシナ代牧司教猊下、と。



 


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― 新着の感想 ―
輝かしい理想を胸に抱きながらも、若く傷つきやすく、未熟な青年であるピエールが否応なしに、残酷だったりドロドロしていたりする政争に巻き込まれていくことがとても痛々しく、拝読していて胸がヒリヒリしました。…
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