13 首領
「やめて!」
高文の絶叫と、男が再び石を振り下ろしたのが同時だった。
ジョルジュはもうぴくりとも動かない。何度呼びかけても、揺さぶっても。起き上がろうとはしない__。
あらん限りの憎しみを込めて、ピエールは下手人を睨みつけた。
見覚えのある男だ。頬のこけた、骸骨のような顔。ピエールが自分の手で解放した捕虜だった。
その男は、ジョルジュを見下ろして吐き捨てた。
「人殺しめ。あまつさえ私の恩人を、襲おうとした」
その言葉でピエールは何が起きたのかを全て悟った。元捕虜の男は、ピエールに恩を返そうと、ずっと好機を窺っていたのだ。そしてジョルジュをピエールの敵と思い込み……
「人殺しはお前だ」
ピエールは男をなじった。
「大義のためには、人も殺す。でなければ生き残れないのです」
男は、ジョルジュの手からこぼれ落ちた丸薬を拾い、指ですりつぶした。
「この匂いは、人の心を壊す薬だ。近くに群生している」
知っていた。特徴のある匂いと葉の形。教会の裏に沢山生えていた植物。
男が不意に、ピエールに手をさしのべた。
「外国から来た、優しい方。私たちと共に、この腐った国と戦いませんか。必ずあなたのためになる。私たちは、阮岳、呂、恵三兄弟の下で戦っています」
男は、輝く瞳で語り、胸を張った。
「逆賊などとは、決して呼ばせはしない」
ジョルジュを殺したその手を、ピエールに取れと言う。
ためらいはなかった。ピエールは高文を抱き上げ、最後に右手でジョルジュの冷たい顔に触れた。それから、地面に転がしていた鉄砲から弾を外した。
「マッチ、持ってないか」
男がいぶかしげに目を細める。
「火をつけられる物なら、何でもいい」
火打ち石を借りて、ピエールは教会の裏に来た。火薬に火花を落とし、うっそうと繁る草むらにそっくりそのまま放り込んだ。
派手に音を立てて燃え上がる畑を走って後にした。追いかけてくる足音は長くは続かなかった。いつまでも側を離れない男にピエールは言った。
「私が司祭でなかったら、あんたを殺していた。……友を殺されたこと、許すことはできても決して忘れはしない」
男は何も答えなかった。ただ頭を下げて、森の中に消えていった。
炎上に気がついて、慌てて駆けてきた者がいる。振り向くと、頭巾で顔の分からない男が睨んでいた。
「やってしまったな」
くぐもった声は、怒りに満ちている。
「お前はもう、代牧にはなれない」
ピエールの意識はやけに冴えていた。ゆっくりと、盗賊の頭に尋ねた。
「いつ、お前たちの前で、代牧になりたいと言った? 我々がそんな話をした相手は__」
不意をついて相手の頭巾をはぎ取る。現れたのは、名前の知らない男だった。顔だけは知っていた。
ピエールたちと、天賜と共に、ホンダットに来た男。馬車の御者だ。
「盗賊も、華僑の操り人形という訳か」
あれだけ貸し借りにこだわっていた天賜があっさりとピエールたちの元からいなくなった理由を、そもそも彼がここまで二人を連れて来た目的をピエールは悟った。
御者__いや、盗賊の首領が、刀を抜いた。ピエールは残っていた鉄砲の弾を万力を込めて彼に投げつけ、その場を走り去った。
盗賊たちの声も聞こえなくなったところまで来ると、高文が降りたいともがいた。一人前に走る少年と、ピエールは港を目指してひたすら駆けて行った。