第9回 教唆 (アコナイト視点)
一方、その頃。
「いや、義兄上の言う通りでした! 」
王都の一角。公爵家の屋敷の一部屋において、公爵家3男、ジーン・アリクは、紺色髪の美青年に向けて謝意を伝えた。
「私は、悩んでいる義弟にちょっとアドバイスをしたまでですよ」
美青年の名はアコナイト・ソードフィッシュ。シスルとクローバーの兄である。
「エイプリルに思いを伝えるべき。そう義兄上は背中を押してくれた。お陰で、良き愛人を得られました!」
好色に顔を緩ませながら言う公爵令息を、アコナイトは心の中で罵倒する。
(馬鹿が。こんな男が次期当主? 本当にシスルの方が……いや、私の方が何倍もマシですね)
彼は内心の侮蔑を隠すように、爽やかな笑みを浮かべて言った。
「それは良かったですね。悩む義弟を不憫に思ったもので……」
「本当に感謝しておりますよ? 私一人の力では、ここまで上手く事は運ばなかったでしょうからね」
「そんな事はないと思いますよ? 貴方ならきっとやり遂げた事でしょう」
そう言って、アコナイトはジーンをおだてた。
今回、この屋敷にはアコナイト、ドロセラ、ピンギキュラの3人で来ている。お忍びなので、通された部屋は、大して豪勢な部屋では無かったが、それなりに広さのある部屋で、秘密の話をしても、外部に音が漏れる事は無い。
この様に、この屋敷にお忍びでアコナイト達が来る事は初めてではない。最近はほぼ有名無実化した軟禁。屋敷から解き放たれた毒華は、猛毒を義理の弟になる男にばらまいている。
ジーンがエイプリル・ブラインダーに懸想を抱いていると知って以来、アコナイト達は、ここで彼を快楽に溺れさせ破滅させる為に、人生相談と称して浮気を煽っている。
具体的には、クローバー宛のプレゼントという体で、公爵家の金で物を買い、それをエイプリル嬢に与える事や、「嫉妬深いクローバーを牽制する為。また、周囲に見せつける為」と称して、白昼堂々と逢引を推奨するといった、貴族令息として色々とアウトなやり方を教えている。
直接推奨するのでは無く、口八丁で煽って、最終的に自分で判断させて実行させているのがよりタチが悪い。
「それで、今回はどの様な助言を下さるんですか?」
期待に満ちた顔で言うジーン。
「いえ、私はもう何も言いません。後は自分で考えて下さい」
「えっ!? 」
ジーンは驚いた顔をする。
「何故です? 今まで散々私の恋愛の悩みを聞いて下さったじゃないですか」
「貴方は、私のサポートが無くとも立派にやっていける人だと思ったからですよ」
「そう……ですか」
ジーンは、少し、不満そうだ。ここで、義兄のサポートが打ち切られるとは思わなかったのだろう。
「まあ、そう悲しそうな顔をしないでください。最後に、どうしても、エイプリル嬢と一緒になりたいなら、こういう手もありますよ?」
アコナイトは、意味深に言うと、ジーンの耳元で、蠱惑的にささやいた。
「……」
「っ! それは……流石に」
「まぁ、そうでしょう。あくまで、こういうやり方もあるという事です。……しかし、この国には、うわなり打ちといって、正室は愛人へ嫌がらせをして良いという風潮というか、権利というものが、不文律とはいえ存在します。我が妹は嫉妬深い女、果たして、エイプリル嬢を大人しく愛人と認めるか……」
「!! 」
「私の所の様に、正室と側室がお互い仲良しこよし、などというのは、本当に一部です。エイプリル嬢。か弱い女性というではありませんか。果たして、正室側室バトルで生き残れるか……」
アコナイトは、わざとらしく、いかにも心配そうな口調で言った。それを見て、ジーンは深く悩み始めた。そして、意を決した様に口を開く。
「思えば、クローバーはつまらない女でした。あんな女に縛られているなんて、俺はどうかしていた。ただ強いだけの、まるで狂暴な竜ですよ。あんなの。か弱い、触れたら壊れてしまう様なエイプリルとは正反対だ!」
「……」
「それに、あいつ、俺の事を好きじゃ無かったんですよ。許嫁なんてそんなもんです。しかし、私は彼女……エイプリルに出会って分かった。本物の愛というものを!! それに、クローバーには、はっきり言って魅力が無い!それに、ソードフィッシュ家なんて、野蛮人の集まりの家に行くなんて、元々嫌だったのです。今回の件でわかりました!やはり、私にはエイプリルが一番だと! クローバーとは関係を清算します」
「……それはそれは。頑張ってください」
笑ってはいるが、アコナイトの笑顔が、わずかに黒いものをたたえている事に、ジーンは気づいていない。
「はい! それでは、失礼します! クローバーと別れても、仲良くしてくださいね!義兄上……いや、アコナイト!」
そう言うと、ジーンは立ち上がり、意気揚々と言った様子で、部屋を出て行った。この後、また逢引するつもりかもしれない。
「……チッ」
アコナイトは、それを見送ると、忌々しげに舌打ちをした。
「……ふぅ」
その後は大きく息をつく。肺の中に酸素を行き渡らせて、落ち着いて、怒りを収める。また、急にアコナイトを呼び捨てする彼の馴れ馴れしさに、彼の乳母姉ピンギキュラも、不機嫌そうだ。
「……あの男、アコちゃんの事、いきなり呼び捨てとか、距離の詰め方がおかしいでしょ」
「アコ兄様。お疲れさま。……珍しくイラついてるね」
そう声をかけて来たのは、アコナイトの乳母妹、ドロセラだ。ポーカーフェイスには自信があるアコナイトであったが、最愛の乳姉妹には、自身の怒りがわかってしまった様だった。
「私がイラついてるのが分かるとは、流石です。」
「私達を誰だと思ってるの?アコ兄様の最愛の義姉妹にして、最高の忠臣、ファイアブランド姉妹だよ?」
「私は良い乳姉妹を持ちました。……ま、とりあえず、ここまで分断を煽れば、アホ婿殿と妹の関係は修復不可能でしょう」
アコナイトは、ドロセラに笑顔を向ける。
「……あの男、本気でクローバー様との婚約を破棄するつもりかな?」
ピンギキュラも会話に加わって来た。
「本気でしょうね。ジーン・アリクはそういう男です」
アコナイトはきっぱりと言い切った。良くも悪くも単純な男なのだ。アコナイトの悪意をまったく見抜けず、呑気に恋愛相談をしているくらいなのだから。
「でも、大丈夫? この事が御屋形様にバレたら……」
「心配はいりませんよ。私がうまく誤魔化します。それに、元々私は、実父様からも実母様からも、これでもかと嫌われていますから。これ以上、印象が悪くなる事も無いでしょう。最悪、絶縁状叩きつけて出ていきます」
アコナイトは笑いながらそう言った。
「その時は、私達もついていくよ!」
「そうなったら冒険者でもしようか!」
「……良いですね。根無し草な生活というのは、大変そうですが、貴女達となら何とかなるでしょう」
満足そうに言うアコナイト。息はぴったりな3人である。
鬼 い ち ゃ ん。皆さんも、味方面しながら対立煽りしてくる輩には気をつけましょう。
ファイアブランド姉妹は、シスル達の味方ではなく、あくまで『アコナイトの味方』です。(重要)
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