第7回 告白 (シスル視点)
12月3日。
「ジーン様、ここのところ、ますます、私につれなくなったのよ……」
そう、義姉さんは、紅茶のカップの淵をなぞりながら呟いた。
ここは、ソードフィッシュ邸。いつもの様に、僕は、彼女と共にお茶を飲んでいる。今日は、ハーブティーだ。彼女が望むままに、愚痴を聞いてあげているのだ。
「そういえば、最近忙しそうにしてたよね。何かあったのかな?」
「何か、って……。そんなの一つしかないじゃない」
一呼吸おいて、我が龍は怒りを露わにした。
「他の女にうつつを抜かしているのよ」
逆鱗に触れるとはこの事だ。声を荒げたりはしないが、その怒りは、彼女の周りを覆う空気を歪ませていた。
「そう、なんだ」
僕は、平静を取り繕いながら相槌を打つ。しかし、内心では冷や汗をかいていた。義姉さんは、かなり怒っていた。蛇に睨まれた蛙。いや、龍に睨まれた吉弔か。この状況は。
「そうなのよ……私というものがありながら……さすがに酷いと思わない? ここまでコケにするのは」
「そうだね。それは、ひどいと思うな。僕も」
アホ婿殿がブラインダー家の令嬢にのめり込んでいるという話は、もう各地で噂になっていた。なんでも、ほぼ毎日、令嬢と夜な夜などこかへ出かけているという。どこに出かけているかというと……まあ、『そういう事』だろう。
アコナイト義兄さんが後ろで煽りまくっているのか、はたまた、アホ婿殿が素でのめり込んでいるのかまでは分からないが。
「……それで、義姉さんはどうしたいの? 」
「もちろん、別れさせるのよ。当然でしょ?」
「具体的には? 」
「そうねぇ……」
義姉さんは、少し考える素振りを見せる。
「とりあえず、あの女の所には行かせないようにする。あとは、相手の親にも会って釘を刺す」
「ふむ……」
「それから……」
「ちょっと待った」
僕は、思わず手を挙げて義姉さんの話を遮る。
「何?」
「いっそ、婚約を解消してはどうかな?あんな奴より良い男は沢山いるよ」
「……」
義姉さんは、苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「……この婚姻は、両家の為になる。私がジーン様の人格に我慢すれば……」
「まだ分からないのかい?」
「何? 」
「あいつはこの家の家人達の中じゃ人気が無い。文治派というだけで、ただでさえ風当たりが強いのに、その上、婚約者をほっぽりだして、浮気相手にのめり込んでるなんて、支持される訳、無いじゃないか!」
「……ヘリオも、前にそんな事言ってたわね」
「それに、義姉さんだって、このままだと辛いだけだよ。あいつは、今の浮気前から、義姉さんのこと、全然大事にしていないじゃないか」
「……確かにそうね」
「なら、早いうちに別れた方が良い。あいつなんかよりずっと良い男がいるから」
「……でも、他に婚約者がいなくて、うちの婿にふさわしい男なんて……」
――ここだ。
僕は、深呼吸をして、覚悟を決める。行け、吉弔。龍をものにするんだ。
「……義姉さん」
僕は、義姉さんの手を握る。
「僕の方を見てくれよ。僕は絶対に裏切らない。君を悲しませるような事はしない。約束するよ。絶対幸せにするから! だから、僕のものになってよ。他の男なんて見ないでくれよ。頼むから……」
「…………!!」
僕の言葉を聞いた後、彼女は唖然とした様に僕を見る。
「あなた……何を言って!」
「僕のことを、義弟としてしか見てくれないのは分かってる。でも、僕も男だ。君の事を愛してしまったんだよ! 僕と結婚してくれ! 」
「そんな、いきなり!あなたは私の弟で……」
「お願いだ! 僕のことを見てよ! 」
「でも……でも……私は、ジーン様の妻に……」
そう言い淀み、顔をそむける義姉さん。僕は畳み掛ける。
「あいつはダメ!あんな奴やめておけよ。義姉さんはもっと素敵な女性なんだ。それを分かっていないアイツは馬鹿だ。あいつは義姉さんのことを、自分がソードフィッシュ家を継ぐ為の道具にしか思ってない。……例えるなら、義姉さんは、龍なんだ。あんな蛇の妻で収まって良い人じゃない!姉さんの隣にいるべきは蛇じゃない。吉弔だ!」
「……」
「……義姉さん、僕を選んでよ。頼むから」
「あなたの気持ちは分かったわ。……でも、少し、時間をちょうだい。」
「義姉さん!」
「必ず、答えは出す。でも、突然過ぎて、頭が追いつかないの。」
「分かったよ。義姉さん。」
「ありがとう。ごめんなさい。」
そう言うと、義姉さんは席を立ち、部屋を出て行った。
押しの一手。弟様は、良くも悪くも一度決めたら猪突猛進な直線番長。
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