第6回 毒物 (シスル視点)
「そう言えば、最近、またどこぞの令嬢と、連れ込み宿から出てくるのを目撃された様ですよ? 」
僕はそう、吐き捨てるように言った。
「……おや? そうなんですか? 」
「ご存知ありません?」
「……ふぅん。知りませんでした」
「なんでも、お忍びで街に出た時知り合い、意気投合したとかなんとか」
「……女たらし」
義兄さんは、そう、呆れた様に言った。
「女たらしについては、義兄さんも人の事言えないでしょ」
「私は良いんです。両方本気ですから。それに、もうファイアブランド家の家族からは姉妹で両手に花をするのは、認められていますし」
まったくあっけらかんとした口調で義兄さんは言った。他人に厳しく、自分には甘くなるという人類共通の悪癖は、この人にもあると見える。
「ちなみに、そのご令嬢とは? 」
「ブラインダー家の御息女のようです」
「ブラインダー家……知っています」
「こちらはご存知でしたか。北方戦線のクラーオス防衛戦で手柄を立てた男爵です。その娘です。金髪のツーサイドアップで、ちょっと背の低い……」
「娘も公爵令息に気に入られて、絶頂期ですねその男爵」
少し、やっかみを込めた口調で、義兄さんは言った。一応、義兄さんは、辺境伯様とは折り合いが悪いものの、我々、妹、義弟との仲は良好だ。特に僕の事は、本物の弟の様に可愛がってくれている。その妹弟が悩んでいるのは、彼にとっても面白く無いのだろう。
「それに比べて、こっちはアホ婿殿の素行の悪さに頭を抱えて……。本当にどうしたものか」
義兄さんはそう言ってため息をつく。
「少し……毒を用いなければいけませんか……」
義兄さんが呟いた言葉を、僕は、思わず聞き返した。
「毒?! 毒って……!毒殺はまずいでしょ!殺しは!」
僕は慌てて立ち上がる。
確かに、姉さんと婚約を解消させる為に、多少強引な手段を取る必要はあるかもしれない。しかし、殺すなんて話は別だ。
いや、お前ら日常的にノスレプ人を殺しまくってるやんけ!捕虜の『処分』までしておいて!というツッコミがあるかもしれないが、あいつらは日常的に攻撃を仕掛けてくる侵略者だし……なんなら、こっちも連中の事はたちの悪い外来種くらいにしか思っていないし……。
これ以上はヘイトスピーチになりそうなので、この話は置いておいて、僕は、義兄さんを流石に止める。というか、美少女の様な顔をしてるのに、意外と手段を選ばないな、この人。
「大丈夫。証拠は残りませんよ。トリカブトの毒と河豚の毒をある調合で混ぜる事で、摂取からある程度時間を置いてから効く毒を作れます。それを食べさせて、あとは適当にアリバイを作れば……」
「それでも駄目でしょ! 性格が最悪で浮気者な嫌われ者だとしても、仮にもうちの婿じゃないですか! 」
「流石アコちゃん!頭良い!」
「兄様素敵!ラノダコール1の美少女!抱いて!」
「あんたらも称えるな!称えるな!」
義兄さんを称える、その乳姉妹2人。駄目だ、こいつら、目がヤバい宗教の狂信者のそれになってやがる。
「流石に冗談です。まぁ、最終手段くらいには考えておいても良いと思いますが……貴方が乗り気なら、本気で実行するのも考えましたが」
「……」
「……まぁ、そう怖い顔をしないでください。毒というのは、例え話ですよ」
「例え話……ねぇ」
僕はジト目で、義兄の事を見た。このトリカブトの様な、一見美少女の男は、常に余裕ぶった態度をとっていて、どうも調子を狂わせられる。
「まぁ、そうですね。私としても、あまり殺人は好みません。それに、今はまだ時期尚早です」
「そう言って頂けると助かります」
「でも、やる時は、協力しますから。安心してください」
「はは……」
義兄さんはそんな風に、僕を茶化しながら話を続ける。
「……その男爵令嬢。利用させてもらいましょう」
「え?」
「公爵家の若……もとい馬鹿様がクローバーと婚約関係にある事は、有名です。他人の男に手を出す女なんてまともな訳ないでしょ。スケープゴートになってもらいましょ。婿殿を焚きつけて、その男爵令嬢にのめりこませる。何だかんだで、実父様は私と違い、クローバーの事は可愛がっています。彼女との浮気の証拠をこれでもかと集め、実父様に報告し、我が家との婚約を解消に追い込むのです。向こうとの交渉次第ですが、向こうの浮気にこちらが愛想を尽かしたという体なら、公爵家を有責に出来るでしょう」
とうとう婿殿呼びする事すらしなくなった義兄さん。何だかんだで、妹を悲しませる相手は許せないのだろう。
「……なるほど」
「そして、晴れて妹はフリーになるわけです。後はあなたが煮るなり焼くなり押し倒すなり……」
「……僕はそれで良くても、クローバー義姉さんの気持ちはどうなりますか」
「大丈夫。あの子、あなたのこと好きでしょ。多分、公爵家の馬鹿様よりは」
「……まぁ、あの男よりは愛されてる自覚はありますが……」
「いいじゃないですか? お義兄ちゃんとしても、歓迎しますよ。貴方が本当の家族になるなら」
「…………ははははは……」
僕は、思わず乾いた笑い声をあげる。まずい、割りと手段を選ばないタイプだ、この義兄。
「じゃ、そういう事でよろしくお願いしますね。シスル。クローバーを全力で落としなさい。馬鹿様の事は私達ファイアブランド家に任せなさい」
眩しい笑顔で言うアコナイトお義兄ちゃん。その乳姉妹2人も、彼に抱き着きながらサムズアップをしている。
「アコちゃんはファイアブランド家の婿にするから! 今更帰ってこいと言われても返さないからね! 弟様に我が家の運命もかかってるんだから、頑張ってね!」
「弟様、アコ兄様のくれたチャンス、無駄にしないでね! 」
「はぁ……」
僕は、思わずため息をついた。いよいよ覚悟を決める時かもしれない。
弟として、義姉さんを愛そうと決めた手前、それを曲げるというのは男らしくはないかもしれない。同時に、ムクムクと、心に芽生えた感情があるのも事実だった。
―—このチャンスは、僕が、義姉さんを手に入れられる最初で最後のチャンスだ。このチャンス、逃してなるものか。義姉さんは、あの龍は、僕のものだ。婿殿でも、他の男でもない。この吉弔だけのものだ……!
「……吉弔が、龍を娶る。なんとも妙な話になったね」
そう、独り言を呟き、僕は心を決めた。
割りと躊躇無く外道行為行える兄上(※代表作主人公)
トリカブトのくだりは有名な保険金殺人のトリックが元ネタです。当たり前ですが、良い子の読者も悪い子の読者も絶対に真似しないでください。手口が知れ渡り過ぎて今やっても即バレるのがオチです。
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