第4回 悪評 (シスル視点)
「……面倒くさいお年頃なんですよ。クローバー様」
槍の手入れを続けながら、ヘリオトロープさんが言う。
「当人も、心では嫌だと思っていると思いますよ。婿殿の悪い噂は、私の耳にも入ってくるくらいですし。ただ、それだけの理由でお家の利益と、御屋形様のご期待を裏切る訳にはいかない、とも思っているんじゃないですかね」
「変な所で律儀で真面目なんだ」
「ま、それがあの人の良い所ではありますが。しかし、家人衆としても、正直婿殿に、お家を継いでもらうのは、あまり面白くないんですよね。切った張ったの中で生きてる我々が担ぐにしては、彼はいささか、担ぎ甲斐というものが無い」
ヘリオトロープさんは、僕の鼻先におもむろに、指を突き付けた。
「弟様が、クローバー様とくっ付いて、正式に御屋形様の子になって貰えるなら、面白いんですがね! 」
「ぼ、僕が?! 」
突然、そんな事を言われて、思わず面食らってしまう。
「はい! アホな浮気男より、弟様の方が、家人達も絶対納得しますって! 」
「い、いや、僕は姉さんとは姉弟で……」
「血は繋がっていないですよね、元々捨て子なんですから」
「いや、捨て子だからこそ、周囲の嫉妬ややっかみだって……」
「それに負けずに、今も、鍛錬や勉強を頑張ってるじゃないですか! 皆、弟様が頑張ってる事は知っていますよ。内心はともかく、表面上反対する人はいませんよ! 」
「いや、僕の意思や、義姉さんの意思だって……」
「だぁぁぁ! もう! 変な所で思い切りが悪いのは、貴方達姉弟の悪い所ですよ! 弟様はクローバー様に惚れてるでしょ! 何を今更! クローバー様だって、意識してない訳では無いはずですよ! 単刀直入に言います! クローバー様を婿殿から寝取っておしまい! 」
「何て事言い出すんだアンタ! 」
僕は思わずツッコんだ。仮にも、主君の娘の義弟に、義姉を婿から寝取ってしまえなんて、下品な事を言い出すとは思わなかった。
「いや、割と本気で、一家人としては婿殿が婿殿になるのは面白くないっていうか……。公爵家って、財務省のお偉いさんじゃないですか。もう、文治派筆頭格」
「ああ。武断派筆頭の辺境伯家と文治派筆頭の公爵家。両家が婚姻を結ぶことで、武官と文官の融和と協調を内外共にアピール出来る」
この国の貴族には二つの派閥がある。軍拡と富国強兵に取り組み、長年の因縁の敵である隣国ノスレプ共和国を打倒すべしという武断派。軍縮と国内の安定化に取り組み、隣国とは妥協点を探り、最終的には和平を結ぶべしという文治派だ。ソードフィッシュ家は、この武断派の筆頭格だ。
「冷静に考えてください! 文官のもやし息子なんかが婿殿として、うちにきたら、絶対、滅茶苦茶やりますよ? 考えてみてください。今まで財務省が軍にしてきた仕打ちの数々を! ことあるごとに予算を削り! 装備更新にケチをつけ! 幾度となくあった領土拡張のチャンスを何度潰された事か! 」
「私怨じゃないか……」
「平時ならいざしらず、日常的に隣国と小競り合いしてる軍隊の予算を減らすとか何考えてるんですかね……。我々としては、これ以上、妙な事をされて軍隊を弱体化させられたく無いんですよ……何とか、この婚姻を潰したいというのが、まごう事無き本音です」
「それで、僕に間男になれと? 」
親指を立てるヘリオトロープさん。僕は溜息を1つ。
「流石に、浮気はまずいでしょう」
「婿殿だってしてますし、セーフですよ、セーフ」
「他人が悪い事をしているからって、自分も悪い事して良い理由にはなりませんからね? 」
そう口では言いつつ、僕の中で、ムクムクと黒いものが芽吹くのを感じる。公爵家の馬鹿息子は、うちの家人からは人気が無い。ヘリオトロープさんほど、ド直球で口に出す事は無いが、これは事実だ。何となく、そういう空気というものは、青少年にも、否、青少年程、察しやすいものだ。
もしも、本当に、義姉さんの婚約解消が成って、僕がその位置にスライドするというならば、文句を言うものは少ないだろう。
「……お、口ではそう言いつつ、心の中では満更でも無いなって思いましたね? 」
「さも当然の如く、人の心読むの止めて? 」
「はは。弟様は分かり易いですから。……もし、本気というなら、協力しますよ? 」
そう、ヘリオトロープさんは、手を差し出した。
僕は、躊躇いつつも、その手を握り返した。
補足設定:義姉の乳母姉という事で、ヘリオさんとシスル君は普通に仲良し。なんなら乳母という関係上、一時期シスル君もアルバコア家で暮らしていました。
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