最終回 二龍 (シスル視点)
僕達は、屋敷へと帰還した。
そうしたら、帰還してすぐに、王家からの使者が来た。この前代未聞の事件について、至急、王城で説明せよ。裁判も行うので、代表者が来い。というものだった。
父上とジークフリート様で釈明に出かけた。帰って来たのは、かれこれ2、3カ月経った後の事である。その間、僕は次期当主として、家令や家人達と共に、忙しく働いた。
「……という訳で、今回。当面の間、討ち入り参加者。及びソードフィッシュ家の主要な面々は謹慎処分が決まった」
「妥当な所でしょうね」
「死人が出てたら、こうはいかなかったでしょうね。苦労して、全員生け捕りにした甲斐があったというものです」
執務室。僕達は、久方ぶりの主が無事に帰って来た事に安堵していた。本当に最悪の場合、王城で殺される可能性すら考えていたのだ。
「まぁ、やらかした事考えれば妥当どころか、大分軽い判決だろう。向こうへの慰謝料は、本来我々が請求するはずの分と相殺。けが人の治療費と、門とかぶっ壊したものについては、賠償金を払う。ということで合意した」
「そうですか」
「ま、ほとぼりが冷めるまで、休暇だと思って、大人しくしてよう。どうせ、またそのうち隣国が侵攻してきたら解かれるだろうしな」
辺境伯様は、大きく伸びをした。相当疲れているようだ。
「それより、報告は家人から聞いている。シスル、儂が居ない間、よく頑張っていたそうじゃないか。ありがとう」
「いえ……」
辺境伯様に褒められて、少し照れてしまう。
「今回の一件で、お前も成長したんじゃないか?何と言うか、以前より落ち着きが出てきた様な……」
「そんな事は……」
「好きな人が隣にいるからか?えぇ?」
辺境伯様は、僕とクローバーを交互に見ながら茶化してきた。
「父上!からかわないでください!」
「ハハッ!すまん、ついな!報告は以上。二人共、下がって良いぞ」
僕と、クローバーは一礼して、部屋を出た。
***
「ねぇ、クローバー」
「んー?」
「それ、そんなに面白い?」
翌日。クローバーは、僕のベッドの上でゴロゴロしながら本を読んでいた。今流行の恋愛小説らしい。暇つぶし用に謹慎処分が出ていない家人に買ってきてもらったものだ。
中々売れ筋らしいが、ただ、そのモデルは明らかにソードフィッシュ家。それも僕らだった。
民衆にも、この事件は中々衝撃的だったらしい。そりゃそうだ。公爵令息が公衆の面前で、婚約者に婚約破棄。それに元捨て子の義弟が反撃して論破。更に報復に屋敷に突撃して公爵家の男を全員ハゲにするなど。
クローバーは、自身がモデルになった主人公、ヨツバ・マァリンに対し、適宜ツッコミを入れながら、それを読んでいる。
「面白いわよ。例えば、このヨツバちゃん、スイッチ入るとヤバいよね。この、アコナイト兄さんをモデルにした男をボコボコにしてるシーンなんか特に。私こんな事してないし。やったのはシスルだし。昔、ジーンの事はボコボコにしたけど」
「はは……確かに」
「このシスルをモデルにしたアザミ君もアザミ君だよ。いくら何でも、やり過ぎだって。普通、もうちょっと手加減するでしょ。シスルはち○こに一発入れただけなのに……」
「う……うん……」
「それに、このドロセラモチーフの娘。アコナイト兄さんを足蹴にするシーンは、流石にどうかと思うよ。いくらツッコミ役だからって、やっていい事と悪い事があるでしょ。あの兄さん狂信者は絶対こんな事しないよ!」
「……そうだね」
僕は苦笑いするしかなかった。どうしよう、中身が本当に気になって来た。
「……でもさぁ、やっぱり一番問題なのはさぁ」
「……うん」
「なんで私がエイプリルと因縁のライバルみたいになってるの!?」
「そこなんだ……」
僕は思わず笑ってしまった。クローバーはムッとした表情を浮かべた。
「あの娘とは、婚約破棄の現場と、アリク邸襲撃の時しか会ってないのに、さも、今までずっと、女同士の激しい愛憎うずめくドロドロバトルがあったかの様に書かれてる!これじゃあ、私がジーン・アリクに執着してたみたいじゃなない!全然違うのに!だいたい、小説では、ジーンが二人の女性から愛されて三角関係になって苦悩するキザな美形みたいに書かれてるけど、美人さでは兄さんの方が何倍も上だし、あいつは、会うたび私の事を『恐ろしいドラゴン』呼ばわりして……」
「はい、ストップ」
僕が止めると、クローバーはハッとして口をつぐんだ。
「ごめんなさい……少し興奮し過ぎた」
「いや、別に怒って無いから。大丈夫。そもそも、事件を元にしたフィクションだし、読者も分かってくれる……と、いいなぁ……。まあ、アリク家とブラインダー家にも多少忖度したんじゃない?ほら、一応当事者だから」
「そうかなぁ」
ちなみに、話題の渦中のエイプリル・ブラインダーは、アリク邸での大立ち回りがファントム様の目に止まり、彼女の親衛隊にスカウトされたらしい。これだけなら大出世だが、親衛隊はエリート中のエリート。規律や訓練はかなり厳しい。彼女の尻軽で、男を手玉にとるのが好きという、問題ある性根も嫌でも叩き直されるだろう。あるいは、ファントム様はそれを狙って彼女を取り立てたのかもしれない。
ジーン・アリクはというと、今回の事がかなり堪えたらしい。しばらく、恐怖とトラウマから引きこもっていたらしい。が、そうして引きこもって、妙な本ばかり読んでいた結果、なんというか、変な方向に悟りを開いてしまったらしく、公爵家と義絶し、出家してしまったらしい。一応、変な宗教にハマったとかじゃなく、きちんとした教会の門を叩いたらしいので、公爵家を含めた他人に迷惑をかける事は無いはず。多分。
あの二人の事はともかく、今は僕達の事だ。
「それに、その小説が大ヒットした事で、我々ソードフィッシュ家に同情的な人が増えた。僕達への処分が甘いものだったのも、市民感情を考えた事は大きいと思うな。ある意味この小説のおかげで助かったと言えば、作者を恨む気も、だいぶ薄れるんじゃない?」
「分かるような、分からないような理屈ね」
ジト目で小説の表紙を見る姉さん。複雑そうな表情だ。
「まあまあ、落ち着いて。紅茶飲む?」
「貰おうかしら」
僕は台所からティーポットとカップを持ってきて、お茶を注いだ。それを彼女に渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕達は、ソファーに座って、紅茶を飲みながら一息ついた。
「まぁ、何にせよ、ソードフィッシュ家は無事で良かった。これでやっと、ゆっくりできる」
「ええ……」
僕とクローバーは顔を見合わせた。そして、どちらともなく笑い合った。
「この小説で、もう一つ、気になった点がある」
「なんだい?」
「『この小説の私』、ヨツバちゃんなんだけど、最後まで、本当に好きなのは婚約者か義弟かで悩んでるの。でも、事実は違う」
「というと?」
「私は、最初から最後まで婚約者じゃなくて、義弟の方を好いていたわ」
「それはそれは……」
クローバーが嬉しい事を言ってくれた。思わずニヤけてしまう。彼女はそんな僕の顔をみて、くすりと笑った。
「取材不足ね!」
「違いない!」
そう言って、龍と吉弔は笑いあった。
読了、お疲れさまでした。これにて、本作は完結です。
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