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第30回 終局 (シスル視点)

 戦いの後、アリク邸から少し離れた所にある教会に入り、僕達は負傷者の手当と、論功行賞を行っている。


 教会の司祭は、突然現れた50人近い武装集団に、始めはびっくりしていたが、事情を話すと、軽食と負傷者への医薬品を持ってきてくれた。大した肝っ玉である。


 場所は礼拝堂。僕は、辺境伯様の前にいる。


「シスル・ソードフィッシュ!一番手柄はお前だ!ジーン・アリクを見事、つるっぱげにしたな!」


「ははっ!」


「約束通り、褒美に好きなものをやろう!何が良い?」


「はい!では、ソードフィッシュ家が息女、クローバー・ソードフィッシュ様との御婚約を!」


「わかった! その願い叶えよう!」


「ありがとうございます!」


 僕がそう言うと、クローバーが真っ赤になっていた。元々こうする予定だったとはいえ、いざ、言われる側になると恥ずかしいらしい。


「さて……次は、信賞必罰の、罰の方も決めぬとな……。アコナイト!こっちに来い!」


 辺境伯様は、自分の実の息子のアコナイト義兄さんを、呼び出した。僕にやられた負傷がまだ癒えないのか、乳姉妹二人に支えられながら、ゆっくりと辺境伯様の前に来て、ひざまずいた。


「アコナイト! なぜこのような真似をした!」


 義兄さんは、股間をさすりつつながらも、冷静に、いつもの余裕たっぷりな態度で応対した。


「平たく言うと、家督が欲しかったのです。クロード様、今回の作戦では、ジーン・アリクの髪を剃り落としたものには、何でも望むものを与えるというではありませんか。私も飛び入り参加し、ジーンを討ち取り、ソードフィッシュ家の家督をおねだりしようかと」


「本当に、それが目的か?」


「はい」


「……誰かに教唆されたのでは無いか? 例えば、王家の人間あたりから、討ち入りのどさくさに紛れ、アリク家の機密資料を強奪してこいとか……もしも、そうなら、少しは情状酌量してやるが」


「断じてその様な事はありません。全て、私一人で計画したものです」


 ニコニコと余裕綽々といった雰囲気で、義兄さんは言い放った。……正直、即答した事といい、うさん臭い感じがする。


「……アコナイト!貴様は儂の許可無く、勝手に軟禁先を抜け出した挙句、ソードフィッシュ家の者達に手を出した!断じて許しがたい。よって、我が息子の称号である『ソードフィッシュ』の名を名乗る事を禁ずる!そして、ソードフィッシュ家から追放、我が領土の辺境に流罪とする!異論はあるまいな!」


「……はい。クロード様。辺境の中の辺境送りですね」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 僕は、義兄さんと辺境伯様の間に立った。


辺境伯様(父上)!いくらなんでも厳しすぎます!」


「いいや。これは決定事項だ。他のものに示しがつかん!」


「しかし!」


「いいえ。クロード様の仰る通りで御座います」


 アコナイト義兄さんは、僕を押し退けると、深々と頭を垂れた。


「私は、クロード様に逆らった挙げ句、弟達に刃を向けました。全ては私の身から出た錆。謹んで、罰をお受け致します。……しかし、逆に言えば、全ての責任は、私にあるという事でもあります。我が乳姉妹二人には何卒、寛大な処分をお願いいたします」


 共にいたファイアブランド姉妹は驚愕して、義兄さんを見る。


「ア、アコちゃん!?話に乗った私達にだって責任はあるよ!」


「そうだよ兄様!何も、自分1人で罪を負わなくても!」


「ありがとうございます。しかし、3人一緒に犠牲になる事はありません。咎は私1人で受けます。」


 アコナイト義兄さんは、それからニコリと笑うと、言葉を続ける。


「ところで……少し、昔の話をしましょう。クロード様、あなたが私を突き放したあの日も、こんな、寒い冬の日でしたね。今回の事は、私が悪いとはいえ、あの時の様に、私をまた不遇な境遇に落とすのですね。……今度こそ、私が這い上がってくるのを、待っていて頂けませんか?『あの時』には失敗した禁忌の魔法。今度こそ完成させてみせます故」


 この言葉を聞いた辺境伯様の顔色が、一気に変わった。『紺碧薔薇の魔女事件』がフラッシュバックしたのだろう。


「ア、ア……アコナイト……?いや、ニリン!お前、やっぱり記憶残ってるじゃねぇか!い、いつまで俺につきまとう気だよ……」


「ふふ……クロード様、それは秘密ですよ?」


「……もう許してくれ。もう、勘弁してくれ。……あの件は俺が悪かった。全部俺が悪かったんだ。」


 義兄の最後っ屁的な嫌がらせだったのか、本当に、紺碧薔薇の魔女の記憶が戻ったのかは分からなかったが、辺境伯様にこの言葉はかなり効いたらしい。辺境伯様(父上)は、悲しみの形相を浮かべる。更に、今度は、アコナイト義兄さんの乳姉妹二人が口を挟む。


「「アコ(ちゃん)(兄様)を追放するのでしたら、我々も同じ所に追放してください!!」」


「お前ら……こいつにそんなに執着してるのかよ!」


「当たり前じゃないですか! 私達の可愛い乳兄弟なんですよ!」


「アコ兄様以外に忠誠を誓うのは嫌です! 忠臣は二君に仕えず、です!」


「うるさい!お前らは黙っとれ!」


 更に、今度は二人の父親であり、アコナイトの乳母夫であるジークフリートが介入してくる。


「おう、俺の娘と婿を追放とは、面白い話してるじゃねぇか」


「ジーク。お前まで口を挟むな。話がややこしくなる」


「いや、話に入らせてもらう。アコナイトの監督役は俺だ。責任は俺が受けるのが筋だ。俺を追放しろ。軟禁を最近は有名無実化してたのも俺だ」


「……うちのエースで、俺の右腕を追放出来る訳ないだろ!お前も黙ってろ!」


「うちの婿が追い出されるかどうかの瀬戸際に黙れる訳ないだろ!」


 ギャアギャアと混沌とした状況になっていく場を、クローバーは一喝した。


「いい加減にしなさい!父上も、皆も!」


 クローバーの声に、一同が静まり返った。


「……父上、折り入ってお願いが。以前、隣国の少将を討ち取った事がありましたよね?その際の褒美をまだ貰っていません。それをこの場で要求します。……アコナイト兄さんを許してあげて?」


「む……」 


 クローバーの言葉に、辺境伯様は、考え込む。


「……わかった。アコナイトの罪を許す。ただし、アコナイト。しばらく儂の前に顔を出すな。それが条件だ」


「……父上!」


「……まだ、俺も色々割り切れてないんだよ。思いつく限り最悪な結末になった自分の元婚約者の事も、その生まれ変わりの息子の事も」


 辺境伯様(父上)は、ため息を一つ。


「アコナイトはもう良い。下がれ。……あばよ」


「ありがとうございます……」


 アコナイト義兄さんは、クローバーの方を見ると、ニッコリと笑った。


「クローバーも、ありがとうございました」


「……別に。馬鹿兄貴が追放されたら、ファイアブランド家もぐちゃぐちゃになる。それが嫌だったの。それに、これは貸しよ。まずは、シスルのやった急所蹴りを水に流す事」


「私はそこまで気にしてませんよ」


「嘘つけ。めっちゃ根に持つタイプでしょ、兄さん。今の魔女様としての会話を、私が聞いていなかったとでも? 」


「ふふ……」


 余裕ぶった態度で、アコナイト義兄さんは微笑んだ。相変わらず、この人は腹の中で何を考えているか分かりづらい。


「……義兄さん、紺碧薔薇の魔女様の記憶って残っていたんですか?」


「さぁ、それもどうだか……ご想像にお任せします。ピンギ、ドロセラ。我々は下がりましょう」


 アコナイト義兄さんは、二人の乳姉妹と共に教会の礼拝堂から出て行った。


「アコの件はともかく、面倒なのは今後だな」


 辺境伯様(父上)は、アコナイト義兄さんが出て行くのを確認すると、気が重そうに続けた。


「婚約破棄にブチギレた辺境伯家が公爵家屋敷へ突撃。屋敷の人間を全員ツルツルに!なんて、前代未聞だ」


「ええ。今後、どうなるか……」


「まぁ、何とかするさ。とりあえず、今日は俺達のねぐらに凱旋するか。兵達を集めろ。帰還する。」


次回、最終回。夜に更新します。


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