第3回 姉弟 (シスル視点)
首実検を終えた後、僕はくじ引きでハズレを引いた兵達と共に、役所の裏庭にいた。捕らえた捕虜の中から強姦や略奪などの戦争犯罪に関わった者達を斬首する為だ。
捕虜の中にも、こちらに媚びへつらう様な奴はいる。そういう奴から、その手の情報を聞き出す。仲間を売らせる訳だ。無論、情報を吐いたらその後の待遇には、色をつけてやる。……冤罪の奴も混じってそうだが……戦争に負けるっていうのはそういう事だ。運が悪かったと諦めてもらうしかない。
本国に捕虜として連行すると、正式な裁判やら事務処理やらで面倒くさい。なので、この手の輩は現場で『処分』するのが通例になっている。最悪、脱走しようとしたので殺りました!で言い訳出来るし。
慣れとは恐ろしいもので、いつもの様に、泣きわめきながら命乞いをする戦争犯罪人の首を、僕は、愛用の剣『ストライクタートル』で無表情で、流れ作業で刎ねていく。
この汚れ仕事には、毎回、僕が自主的に参加していた。なんやかんやで、僕がソードフィッシュ家の養子として受け入れられているのは、こうした誰も積極的にやりたがらない事を積極的にこなしているおかげもあるだろう。戦場で武器を持って向かってくる相手と、罪人とはいえ無抵抗の、命乞いしている相手では、やはり殺した時の罪悪感というものが違う。皆、出来ればやりたくない仕事だろう。
……辺境伯家の、辺境伯様の、そして、義姉さんの為なら、僕の手などいくら汚れてもかまうものか。
処刑した捕虜達を火葬して、捕虜虐殺の証拠を拭い取り、討ち取った首を門の前で晒し首にした後、僕は義姉さんの元に向かう。
果たして、義姉さんは、駐屯地としている役所の一室で自分の乳母姉と共に、愛刀の整備をしていた。刃渡り1.5m程の大太刀『ストライクドラゴン』は、今日何人もの血を啜ったにも関わらず、刃こぼれもせず、妖しく銀色に輝いていた。
僕の『ストライクタートル』と同じ職人が打ったもので、奇しくも、得物同士も姉弟という事になる。
「……義姉さん、良かったのかい? 婚約者殿の事。今度の戦で戦功を立てたら、父上に婚約解消をお願いするって事じゃなかったか! 」
「シスル……。ごめんなさい。やはり、家の事を考えると、この婚姻は成功させるべきなのよ……」
「でも! あの男には、姉さんを幸せにする事なんて出来ないよ! 粗暴で! 浮気性な男なんて! 」
僕は、少し興奮しながら義姉さんに詰め寄る。
姉さんには許婚がいる。公爵家の3男。ジーン・アリク殿。
はっきり言って、僕はこの男が大嫌いだった。聞こえてくる噂は大体悪い物で、実際、何度か顔を合わせた時に抱いた印象は、まったく、噂通りの男であった。この男に、姉さんを幸せにすることは出来ないと断言できる。
「シスル……。口が過ぎるわよ」
「いや、言わせてもらうよ! あの男がこの家の婿になるなんて耐えられない! 必ず家中で揉める事になるよ! あぁ……義兄さんに、この家を継げる資格があれば……! 」
このソードフィッシュ家には、家を継げる男児はいない。
僕は養子とはいえ、元々捨て子。それなりの地位と歴史があるこの家を継ぐには、いささか、出自が悪すぎる。
それから、ソードフィッシュ家には、一応もう一人、男子が居る。姉さんの実兄にあたるアコナイト・ソードフィッシュというお方だ。だが、こちらは、辺境伯様と折り合いが悪く、乳母の家で軟禁状態にある。彼が家を継ぐのは、正直、僕が当主になるより難しいだろう。
なので、よそから婿を連れてきて、彼に跡を継がせる方向になったのだが、この連れてきた男の評判が最悪なのが、目下、僕の悩みの種だった。
「アコナイト様、御屋形様から嫌われまくっていますからねぇ。何度か、お会いした事もありますが、綺麗で、穏やかで良い人っぽかったですけどね」
それまで、姉さんの脇で、槍の穂先を研いでいた女の人が口を挟む。
この人は、ヘリオトロープ・アルバコアさん。
姉さんの乳母姉にして、第一の従者である。歳は僕たちより2歳年上の18歳。オレンジ色の髪をショートヘアにした、優し気な人だ。だが、見かけによらず、戦場では姉さんと共に敵の大軍に突撃するなど、かなり勇敢な女性だ。
「まぁ、色々あるのよ、うちにも。兄さんの話より、私の婚姻の話よ。この婚姻ね、政治的にかなり重要な結婚なのよ。婚約者が気に入らない位で切り捨てるには、惜しいのよ。公爵家と辺境伯家が結びつく事は、両家にも、国の利益になる」
「理屈は分かるけど……!」
「良い? 貴族の娘なんて所詮道具よ。家をより、もり立てる為の。そして道具に自分の意思は、いらない」
「またそういう事言う……義姉さんは、この家の一人娘じゃないか! 道具なんて思っている人、この家中にいないよ! もっと自分を大切にしてくれ! 」
僕は、呆れながら義姉を批判する。
この人は、こういう所がある。妙な所で達観していて、齢16歳にして、戦場で今まで何度も敵の首を落として来た猛者と思えない程、落ち着いている。この位の歳の貴族令嬢といえば、まだまだやんちゃな娘も多いのに。
あるいは、何度も戦場で生死を見てきたからこその、この性格なのかもしれないが。
「話は終わりよ。今後、婚姻に関する話は禁止! 良いわね? 」
クローバー義姉さんは、そう言うと、手入れ道具をしまって、刀を鞘に収めると、席を立ってしまった。追おうとも思ったが、背中で『ついてくるなオーラ』を出していた為、中断した。どうせ、今追っても、まともに話はしてくれないだろう。
伊達に、赤ん坊からの付き合いではない。それ位は分かる。
婚約破棄ものあるある。マス○さんポジションなのに人格的に問題ある系男子。
流れ作業で斬首をこなす通り、シスルは相当剣の腕が良いです。
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