第21回 母娘 (クローバー視点)
私、クローバー・ソードフィッシュは、屋敷の一角。母、ローズ・ソードフィッシュの部屋にいた。
テーブルには二つのグラスが置かれ、そこに注がれているのは、赤ワインだった。
「さあ、遠慮なく飲みなさい」
向かいに座る母はそう言って、私にワインを飲むように促す。私はその言葉に従い、口元へと運んだ。
「いただきます…………ん。お高いお酒らしいけど……正直、酒の違いはよく分からないわね」
「ふふっ、クロード様の血かしら? あの人は酔えれば、お酒は何でも良い人だから」
「馬鹿舌なんだ。嫌な所遺伝しちゃったなぁ」
「ふふふ……」
いつも通り、ぽややんとした雰囲気の母。そんな彼女から、今日は一緒に飲まないかと誘われた。
「作戦前はいつもね。母上から誘ってくるの……」
「作戦開始1日前じゃない。ちょっと話したくて」
「……明日が決行の日だもんね」
「話しそびれたまま、作戦が始まって、そのまま帰ってこなかった人達……そんな人をいっぱい知っているから……娘とくらい、万が一の時、後悔しない様にしたいの」
「……」
12月13日。討ち入り作戦開始前日。
それはつまり、ジーンが夜会から今まで、詫びに来なかったということでもある。あんな男が、自分の婚約者だった事が情けないやら、むしろ、破談になって清々したやら、私の心の中では、複雑な思いが渦巻いている。謹慎中にしても、アリク家から手紙を送るくらい出来るだろうに。それすらしないという事は、舐められているという事だろう。
そんな、私の胸中を察したのか、母は、苦笑しながら言う。
「貴女には、結果として随分苦労をかけていた事になるわね~。」
「今更言っても仕方ないわよ。それより、母上はどう思ってるの?」
「ん~? 何の事かしら~?」
惚ける母に対し、私は少し強い口調で言った。
「シスルの事よ! 一応、母上って王族の一員でしょ? いくら可愛がっているとはいえ、あの子と私が恋仲になる事、反対すると思ってた」
「うーん、確かに最初は反対したかったんだけどねぇ~。でも、今は違うかなぁ~」
「そうなんだ……」
意外な答えだった。てっきり、貴族の娘として血筋を重視した相手を望むと思っていたのだが……。
「決め手になったのは、やっぱりあの夜会ね~。突然の事に、私ですら、パニックになって動けない中、あの子は、果敢に反撃して貴女を守った。中々出来る事じゃないわ~。正直、血筋が良いだけの貴族の子より、断然、得難い男なのは事実なのよね~」
「あの時は必死だったから……。事前に証拠まで用意してたのは面食らったけど」
「それに、その後も、色々と貴女の事を気にかけてくれていたみたいだし……この子なら大丈夫かもって思ったのよね~。それに~あの後、もう、やる事はやっちゃったみたいだし~」
「……!?」
母はニコニコ笑いながら語る。流石に動揺を隠せない。
「……え? 知っていたんですか? あの夜会の後、私とシスルが、その……彼の部屋で……一晩中……」
「え? 本当にやる事やっちゃったの……? カマをかけたんだけど~」
「……~っ?!」
「あらあら~」
恥ずかしさに悶える私を見て、母は楽しそうにしている。
「ま、もうそこまでたどり着いてしまったのなら、母としても覚悟を決めるしかないわね~。……孫の顔、楽しみにしてるわね~」
「……イエス・マム」
「ふふっ、いい返事ね~。婿殿の髪切り大作戦、シスルがしくじっても、最悪、私がなんとかしてあげるわ~」
……まさかこんな形で母上公認になるとは思わなかった。
「……シスルに限ってそんな事ないでしょうけど、貴女を悲しませる事があるなら、すぐに私にチクりなさい?それ相応の対応をしてあげる」
母は、少し怖い口調で言う。腐っても辺境伯家の正室。凄まじい威圧感だった。
「ジーンの事も、もっと早く相談するべきだったわ」
「婿殿も、本当に酷い事をしてくれたものね~」
「ええ……」
「私に任せてくれたなら、あんな馬鹿息子と男爵令嬢1人、すぐ破滅させてやるのに~」
「母上は、やり過ぎるのよ、色々と」
「自慢じゃないけど、あの化け物ストーカー女が文字通り精神崩壊するまで、陰湿な嫌がらせをした女よ。私は~」
恥じるどころか、誇らしげにさえ語る母上。我が兄の前世、ニリン様の事をこの母はどれほど敵視していたかが分かる。
「ああ……うん、知ってます……そういうのをやり過ぎって言うのよ?」
「後学の為、知識を授けておこうかしら~。相手を休ませず、証拠を残さず、尊厳を踏みにじり、辱め、発狂させ、死後も名誉を傷つけて徹底的に笑いものにする嫌がらせ方法……」
「いえ、結構です……」
「あら残念。知ってて無駄になる知識じゃないわよ~? 」
母の駄目な面を見た気がする。ドン引きだよ!
「ともかく、貴女は私の、大事なたった1人の子。幸せになってもらわないと困るのよ~」
「……ありがとうございます」
「……だから、今度の作戦でも必ず生きて帰ってきなさい」
「はい」
その後、私達は他愛のない話をしつつ、ワインを飲み交わすのであった。
「ところで、さっき、1人だけの子って……兄さんの事は……?」
「やだ~。アレは、私のお腹を通して生まれただけの、しぶとい化け物でしょ~。あれは子供とカウントしないわ~」
「……それ、ファイアブランド家の人の前で絶対に言わないでね?」
「もう遅いわ~。前に、アレを引き取ってくれたジークフリート様の奥方に、似たような事を言ったらグーで殴られたわ~。流石に酷くな~い?」
「……むしろよくグーパンで済ませてくれたわね」
やはりこの人は、良い所と駄目な所の落差が激しすぎる……。
ママ上は、気に入った相手はめちゃくちゃ可愛がるけど、一度敵認定した相手にはどこまでも冷酷になれるタイプ。一言で言うなら超陰湿にした織田信長。
悪人ではないけど、少なくとも善人では無いです。
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