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第10回 姫君 (アコナイト視点)

「さて、これで悪意の種は撒き終えた訳だけど、これからどうしようか?」


「予定通りあのお方(・・・・)に会いに行って、報告しましょうか。万事つつがなく進行中と」


 姉妹の姉の方。ピンギキュラの言葉に、アコナイトは小声で返した。


 今回の件では、アコナイト達の裏に『とある方』の後ろ盾がついている。婚約解消を確実にする為だ。


「OK! それじゃあ。ランデブーポイントの喫茶店まで行こうか」


 3人は手早く手荷物をまとめると、帽子や伊達眼鏡で簡易な変装をして、アリク家の屋敷を出て行った。


 向かう場所は、王都にある喫茶店、『スレイブ・テンタクルス』。


 そこが、アコナイト達と、『後ろ盾様』との密会ポイントだった。


 「隷属する触手」という、店主のセンスを疑う店名であるが、そのおぞましい店名とは裏腹に、内部の造りは高級感に溢れて、落ち着いている。


 そんな中、窓から離れた位置にあるテーブル席に、2人組みの女性が座っている。1人は、金髪を縦ロールにした小柄な少女で、もう1人は、黒髪をボブにしたエルフの女性だった。


 彼女達こそ、アコナイト達の『後ろ盾様』だった。


「すいません。遅くなりました」


 アコナイトは、詫びを入れつつ、ラノダコール式の敬礼をしながら、2人に声をかけた。


「問題ないぞ。僕達が早かっただけだ」


 そう言って、微笑みを浮かべるのは、金髪縦ロールの少女。彼女は、この国の第4王女であった。

 

 ファントム・フォース・コール。14歳。いわゆる、僕っ娘だ。


 王族としては若いが、言葉に出来ない程のカリスマ性は確かに感じる。将来はとんでもない大人物になりそうな雰囲気があった。


「そう。姫様は、待ち合わせ時間より前に来られるのが常だ」


 そう言いながら、紅茶を飲むのは、エルフの女性。彼女は、ファントムの側近であり、護衛を務める女騎士だ。名をスペクターと言う。彼女の外見は20代前半といった所だが、実年齢は100歳以上である。クロスボウを愛用する、凄腕の女騎士だ。今日も、大きなカバンを脇に置いている。中には愛用の大型クロスボウが入っていると思われる。


「まぁ座りたまえ。立ち話もなんだ」


 ファントムは3人を座席に座らせた。そのまま、店員に人数分の紅茶とケーキを注文する。


「これは僕からの奢りだ。ここのケーキは旨いぞ。存分に召し上がれ。ああ、無論、公金横領では無く、僕のポケットマネーから金は出すから安心したまえ」


「ありがとうございます」


「いただきます」


「さすが王族。太っ腹ですね」


 アコナイト達は、ファントムに感謝しながら、出されたお茶とケーキを口に運ぶ。店の名前に合わない、上品な味だ。


「それで、アコ。例の話はどうなった?」


「えぇ。無事、滞りなく終わりました。もう、あの男には、妹は見えていません」


「それは良かった。クローバー嬢と、ジーン殿を分断する作戦。上手くいったね」


「正直、ここまで上手くいくとは思いませんでしたが」

 

 アコナイトは、苦笑しつつそう言った。


「あの男、今度は、クローバーへのプレゼントと称して家人を騙し、エイプリル・ブラインダーに高価なアクセサリーを贈っていました。今頃、エイプリル嬢、それを着けてジーンとの逢引に臨んでいますよ」


「それは傑作だ。バレたら面白い事になりそうだねぇ」


「はい。是非とも家庭問題になって欲しいものです。まあ、それをそそのかしたのは、私ですが」


 アコナイトは悪い笑みを浮かべた。


「悪い男だね。君は。アリク家から恨みを買わなければ良いが」


「何、彼が自分の判断でそうする様に、上手く誘導したので大丈夫でしょう」


「ますます悪い男だ。君は。名前通り、トリカブトの様な奴だ」


「この顔は、悪い事をするのに便利なんですよ。絶世の美人が、それっぽい事をそれっぽく言うだけで、内容に関わらず、案外信用されますからね」


「なーるほど。他人を誑かす詐欺師の顔って訳」


「褒め言葉として、受け取りましょう」


アコナイトは、涼しい顔をして、そう言った。


「君に白羽の矢を立てて、正解だった」


 ファントムは、一層、声を落として言う。


「ソードフィッシュ家と、アリク家の婚姻をぶっ壊したいと言われた時は、どうしたものかと思いましたが……」 


「改めて言わせてもらうが。王家としては、両家の婚姻が成立し、貴族側の勢力が増すのは面白くない。だから、君の様な、今回の婚姻に反対なソードフィッシュ家の人間を探していた。」


 ファントムは、運ばれて来た紅茶を飲みながら続ける。


「そして、君に初めて会った時、直感で思ったよ。君なら、両家の仲を分断できるとね」


「お役に立てて光栄ですよ」


 アコナイトは微笑んだ。実の所、シスルから相談される前から、この男は裏で、この婚姻を潰す為に動いていたのだ。そこに、たまたま、義弟が計画に加わったに過ぎない。


 だが、シスルとクローバーをくっつけるというのは、駄目押しとして悪くないアイディアだった。


「しかし、アコ。君は」


「はい? なんでしょうか?」


「君は、何故、そこまでして、この婚約を嫌がるのだい?」


「……」


「アリク家の馬鹿息子を義弟にしたくない、という『だけ』にしては、あまりにも攻撃的に、積極的に動き過ぎていると思ってね。理由を教えてくれないか?」


「…………ふむ。分かりました。少し長くなりますが」


「構わないさ。僕は姫様だろう?部下の言う事は聞くもんだ」


ファントムは微笑みを浮かべてそう言った。


「では、話しましょう。私の身の上話を」


アコナイトは、そう言って、語り始めた。



過激派貴族vs穏健派貴族と、それを煽って潰し合わせて漁夫の利を狙う王家の構図。現実でも、似た様な事あるよね……。


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