第1回 吉弔 (シスル視点)
「クローバー姉さん! 僕、大きくなったら、クローバー姉様の旦那さんになる! 」
「ふふ、期待しているわね。私の最愛の義弟」
時の流れは速いもので、そう最愛の義姉と約束して、早、10年近く経った。
僕の名前は、シスル・ソードフィッシュ。このソードフィッシュ辺境伯家の次男だ。齢16歳。緑色の髪が特徴で、他人からよく亀っぽいと言われる。亀ってなんだ亀って……。名前はシスルなのに……。
顔は、自分でいうのもなんだが、美形に属すると思う。
次男といっても、直接、辺境伯様と血は繋がっていない。
僕は、元々、捨て子だったのだ。
ある、寒い冬の日の朝、屋敷の門の前に、木箱に入れられ、布にくるまった状態で、捨てられていたらしい。
それを、朝、日課の鍛錬に赴く際、たまたま見つけた辺境伯様が不憫に思い、ソードフィッシュ家で、養子として養う事にしてくれたのだ。
この国には、「実子を捨て子と共に育てると強く育つ」という迷信があり、そのげんをかついだらしい。
当初、適当に2、3歳あたりになったら、出家させるか孤児院に送ろうと思っていたらしいが、いざ育てると情も湧いた様で、お陰で、こうして現在16歳になるまでソードフィッシュ家の養子として生きる事が出来た。あの時、拾われていなければ、そのまま凍え死んでいただろう。
本当に辺境伯様には、感謝してもし足りない。
なので、勉学にも、武芸にも、人一倍打ち込んだ。自分の能力を高める事に、全力を注いできた。将来、辺境伯家と辺境伯様のお役に立つために。
ただでさえ、僕は本来『運の良い捨て子』に過ぎない。周りからは常に、嫉妬や、やっかみの視線にさらされる。それを黙らせる為でもあった。
更に言うならそれ以上に、かっこいい所を見せたい相手がいる為でもあった。
僕の、血の繋がらない姉にあたる女性、クローバー・ソードフィッシュ。姉と言っても、歳は同い年である。ただ、数か月、彼女の方が生まれたのが早かったので、僕は姉と呼んでいる。
真紅のショートヘアの髪は美しく、また、藍色の瞳は、雲一つない空の様でこちらも美しい。辺境伯様と奥方様2人とも、赤毛碧眼だが、義姉さんは、2人の髪と瞳の色をより、濃くした色合いをしている。
僕は、彼女に惚れていた。
血の繋がらない、本来、身分が違い過ぎる相手。そんな僕に対し、義姉は、いつも笑顔で、可愛がってくれた。シスコンと言ってくれて構わない。僕は、彼女を1人の女性として、愛している。
勿論、叶わない恋だというのは分かっている。名門、ソードフィッシュ家の令嬢である義姉さんと、出自不明の捨て子の僕。同じ家で育っても、2人の間には、明確な壁がある。
姉さんを美しく、強い龍神とするなら、僕は吉弔だ。
龍が生まれる時、双子で生まれるという、甲羅を背負った龍の様で、龍ではない伝説上の生き物。それが吉弔だ。
それで良い。釣り合わないのは分かっている。ならば、せめて弟として、龍と共に生まれ、共に生きる吉弔として、彼女を愛そう。そう心に決めたのは、いつだったか。
とにかく、僕は、この美しい、強い姉を愛している。家族としても、1人の女性としても。
愛している。が……。
「シスル! ついてきなさい! 侵略者共を皆殺しにするわよ! 」
「義姉さん! まだ突撃するの!? もう、勝負は決まっているのに! 」
「決まっているからこそよ! あいつらはもう逃げ腰よ! 追い詰めて、首を掻き切るのに、これ程良いタイミングは無いわ! 将校から招集兵、傭兵から囚人兵まで、よりどりみどり! 」
大太刀を軽々と手に持ったクローバー姉さんは、手近にいた敵兵を一刀両断した。肩から大太刀を浴びせられた敵兵は、縦に文字通り真っ二つになる。
敵兵の赤い返り血で、元々赤い髪を、さらに真紅に染めながら、姉さんは大声で叫んだ。
「ソードフィッシュ家の勇者達よ! 私に続きなさい! そして敵を1人残らずなで斬りにしなさい! メカジキの如く、素早く! 獰猛に! 狡猾に! 領土盗人どもに、人の家に土足で上がり込んだ事を後悔させてやりなさい! 獲った首の数と種類で、恩賞は思いのままよ! 」
「「「「「おぉぉぉっ!!!!」」」」」
「ラノダコール王国ばんざあああい!」
「国王陛下の御為にいいい!」
「皆殺しにしてやるううう!」
兵達の先頭に立って、敵をなぎ倒していく義姉さん。
……あの約束の日から10年。姉さんは、迷信通り、とてつもなく強い女の子になっていた。