ある何度目かの盆の話
八月も中頃にさしかかろうとする夏真っ盛り。少し暗くなり始めた夕焼けを横目に、私はちょきちょきと切り刻まれるキュウリやナスを眺めていた。
弟は盆の季節になると、毎年ある工作に精を出す。
「お母さーん。コイツまーたこんなの作ってるよ」
「……あら、健二。何作ってるの?」
「精霊馬。ウサギ好きだっただろ。だからそれにしようと思って」
母の問いにそう答えた弟の掌には、キュウリで形どられた可愛らしい緑色のウサギが乗っていた。ご丁寧に顔まで作り込まれている。
「あぁ、そういえばもうお盆だものねぇ。それじゃあ、おじいちゃんの分もよろしくね」
「うん」
「よくもまあ、わざわざこんなに細かく作るなあ」
こんなもの、ただのまやかしに過ぎないのに。そう心の中で呟き、私は首が回らなくなった扇風機の前にどかっと胡座をかいた。
四年ほど前、ついに祖父までもが他界してからというもの、あの弟は毎年キュウリとナスの精霊馬を二人分作るようになった。それも、見ているこちらが疲れてしまうほど精巧に。
頼んでもいないのに律儀なことだ。
最初は何か、友達やらに見せたりするための物かと思ったのだが、弟はそういったことはする素振りも見せず、ただ毎年仏壇に供えては腐らせ土に埋める、ということを繰り返していた。
どうやら純粋に行事としての『盆』を楽しんでいるらしい。……こんな玩具があったところで、本当に先祖の霊が帰ってくるはずもないのに。
陽もじきに落ちきろうという時、名前も知らないバラエティ番組を見てぼーっとしていたら、父が盆前最後の仕事を終えて帰ってきた。
おかえり、などと労いの意も込めて言ってやりたかったのだが、母も弟も父が帰ってきたことに気づいていないのか何も喋らなかったので、渋々やめておいた。
テーブルの上に散らばったキュウリの欠片をつまみながら、父が弟に明るい声で言う。
「おお、精霊馬か。健二はやっぱり手先が器用だなあ」
「よくできてるだろ?」
「ああ」
弟の作業を一通り眺めた父は、スーツ姿のまま私の隣へ崩れるように座り込んだ。
それを見た母は言い聞かすように父へ話しかける。
「ちょっとお父さん! 扇風機の前座んないでって言ってるでしょ!」
「良いだろ別に、今日そこまで暑くないぞ」
「それでも風は欲しいもんなの。もうそれ首回らなくなっちゃったし、買い替え時かしら」
ふとした会話ですぐ捨てられてしまいかける憐れな扇風機をちょんと撫でてから、私は立ち上がって弟のもとへと向かった。
そこではちょうど、牛型のナスに最後の爪楊枝が差し込まれるところだった。
「よし、終わった」
「おっ、どれどれ見せてみな〜?」
弟の完成宣言に、私は手もみをしながら緑や紫の作品たちを覗き込む。精霊馬に意味があるとは思っていないが、手先が器用な弟が作った物を見るのは好きなのだ。
ウサギ型のものがキュウリとナスで一つずつ、後は慣例通り馬型と牛型が一つずつ、それらが弟の手によってトレイへ乗せられていく。そして、もう少し見ていたい、という私の気持ちにも気づかずに、すくっと立ち上がって歩いていった。
……まあ随分と、背丈も高くなったものだ。と、弟の背中を見てしみじみと思う。
私の背丈が抜かされてもう五年が経ったか。見上げるほどに大きくなって、もう背伸びしても目線すら合わなくなってしまった。嬉しいやら、悲しいやら。
追って仏壇のある和室へ行くと、そこでは弟が祖母と話していた。
「健二くん、ありがとうねぇ。おじいちゃんの分まで」
「いいよいいよ。好きでやってることだし」
祖母へ返事をすると、弟は仏壇の右側へ作品を並べていき、目を閉じて二つ拍手をした。
仏壇の上のほうには祖父と若い女の子の遺影が飾られており、祖父のもとには馬と牛の精霊馬が、そして女の子のもとには、キュウリとナスで出来たウサギの精霊馬がちょこんと置かれていた。
「姉ちゃん、いつでも帰って来ていいからな」
「……心配しなくてもずっといるさ」
私のその答えは、目の前の人間にすら届くことはなく、暗い夜空へと消えていった。
この作品は、『夏野菜』というテーマで書かせていただきました。