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脱ぎ捨てる、姿を変える

 蝶のことを書いてて思い出したのだが。虫が苦手という人の中には、虫なのに割と蝶は平気という人が多いのではないだろうか。

 ただその分、幼虫はだめというパターンも多いと思うが……蝶はやはり昆虫界のアイドル的な所があるのだろうか。コレクターの人気も高い、私も余裕があれば様々な蝶の標本が欲しい所だ。

 個人的に蝶の面白さはやはり卵、幼虫、蛹そして成体を含めてだと思うのだ。

 ここでは完全変態を行う蝶の人生を含めた、幼虫の面白さについて話したい。


 なぜここまで面白いかといえば、蝶によって翅の模様も色合いも違うのだが。これは卵、幼虫、蛹にまで言えることなのだ。つまり、一つ一つの形態がまさに作品のように鮮やかで多様なのだ。


 たとえばアゲハ類の卵、まるぽちのクリーム色でいかにも卵だ。それと比べてモンシロチョウは縦長で筋の入った卵。シジミチョウの仲間の卵は細かい突起のような模様もある。さらに驚くのが卵から既に判別が可能であるほどに多彩だ。


 そんなの、どの虫でも同じではないか? と思うかもしれないが意外に難しい。

 確かに種類によっての卵に特徴があるのはそうだ、ただそこからの同定はかなり難しい。

 たとえばテントウムシの卵。黄色で縦長の卵を塊のようにして産み付けるのはテントウムシ類に言えることだし、ぱっと見でテントウムシの卵だとわかるほどに特徴的だ。

 だが問題はここからで、この卵塊が何のテントウムシになるか見定めるのは至難の業だ。ナナホシテントウなのか、ナミテントウなのか。はたまた別のテントウなのか。正直生まれみないとわからないかもしれない。


 蝶類の卵は一種一種で、それぞれ特徴が分けられている。同定しやすく、そしてフォルムもデザインもかなり独特な物が多い。気になる方はぜひ検索してみてほしい。



 そして次に幼虫。

 個人的には卵よりも幼虫が嫌われやすいと個人的には思う。ウニョウニョとしていて、多足……歩くときは体にウェーブが起きるほどの大型の種類もいる。その光景ときたら何とも奇妙な姿だろう。

(正確には幼虫も成虫同様に脚は六本。後ろの足に見える部分は腹部の器官とされる。昆虫の定義として頭、胴、腹と三分割されており、脚は六、翅は四。これらから外れるものを簡単に虫と分けている。つまり蝶は昆虫、蜘蛛は虫という感じだ)


 しかし世の中わからないものだ……ガチャガチャに幼虫模型シリーズを見つけた時はお茶を吹き出してしまった。

 一体誰が、何のために? と思うかもしれないがこれもまた奥が深い。

 幼虫の中で人気が高いのは、やはりオオムラサキの幼虫だろうか。

 ツノがぴょこっと立っているように見える外見に、つぶらな目(あれは単眼らしい、初めて知った)。まるで顔文字のようにも見えると、なんだか取り上げられていた。

 確かにオオムラサキは落ち着いた色合いであるし、あのぴょこっとしたツノは小鬼ぽくて愛らしい。

 幼虫の体色が緑なのは主食である植物の傍を離れることがないためだろう。緑色の背景に溶け込むための体色なのだ。ただ……これも一概に言えないのが幼虫の世界だ。


 私から幼虫と言わせてみれば、ツマグロヒョウモンの幼虫だ。いやこれは初めて見る人には衝撃的な幼虫かもしれない。初めて私も見た時はウゲッと変な声を上げたものだ。

 黒のベースに派手なオレンジのライン、そして棘を持つ。

(ちなみに棘に毒はない。が、さすがの私も掴みたくないくらいの奇抜さ)

 なんて前衛的なスタイルなのだろうか、隠れる気が全くない。

 デザイナーが『オシャレでしょ、これくらい派手でいいのよ』なんて言いそうな奇抜なデザインの服を着させたような、とんでもない芋虫である。

 このツマグロヒョウモンはスミレの仲間の葉を好むために、園芸をやっている人からしてみれば害虫である。私のビオラやパンジーもよくやれたもので、公園などの植え込みを覗き込むと見つかるかもしれない。


 あんなに奇抜なのに見つからないものか? と思いたくなるだろう。

 ビオラやパンジーは病気に強く枯れにくい、そしてこまめなメンテナンスもあまり必要としない種類が多い。そのために人間の目から発見が遅れるのではないだろうか。

 ハッと気がついた頃には既に遅し。大食漢とかした終齢に近い大きな芋虫が、顔を覗かせていたものだ。


 また、あの毒々しい見た目も鳥から好まれないのかもしれない。私が鳥ならまず食べない。美味しくなさそうだし、毒を持っていそうだからだ。見つかりやすい奇抜なデザイン、派手な色を持つ虫は毒を持つというのが定説なのだ。

 無論、全てに当てはまるわけではないが。実際、毒を持ち鳥に痛い目を見せる種類は多い。

 ツマグロヒョウモンに毒はないが、毒を持つ蝶も蛾も実際に存在するところを見るに。その定説に(あやか)ろうとしたのかもしれない。



 そして蝶の人生の中で一番動かず、そして変革の時であるのが蛹だ。奇抜な幼虫も蛹になれば、落ち着きのある茶色や緑が多い。

 地味だし、動かないし。それが面白いの? というのもその通りだと思う。

 ここで一番目立つわけにはいかないのだ。完全変態をする昆虫の中で避けられない一番無防備な姿であり、大きな変化を起こしている時期だ。

 そこがこの蛹の期間の面白さだ。


 想像してみてほしい。翅を持たない生き物が翅を持つ、その大変化を自分の体の中で起こしているのだ。

 鳥は飛ぶために生まれながらに翼を持つ。

 しかし芋虫はどうだろう、脚でよちよち動いているだけの姿から蝶へと大変身するのだ。大きな翅を持ち、遠くへ飛び。餌も葉から花の蜜へと変わる。まるで別の生き物のような第二の人生が始まるのだ。完全変態はまさに神秘だろう。


 蛹の中で何が起きているのか。それはかなり研究されている。

 これは凄く専門的な分野になるために、まとめるのは難しいのだが。簡単に言えば蛹の中で各器官を発達させて体を作り上げているのだという。

 ぜひ興味を持ってくれた人は、私よりも詳しく研究をしている人の文献を読んで頂きたい。



 さて成虫の話に入ろう。

 話の流れに乗せて、まずツマグロヒョウモンの姿から見てみよう。あんなに毒々しいの幼虫だったのに、成虫になってしまえば。なんとも落ち着きのある綺麗なオレンジ色を纏う。豹紋のように黒斑を持つも、派手派手しくない。

 特にオスの翅はフチが青み掛かった黒を持ち、キュッとしまった大人なデザイン。しかし地味に終わらせない、白の模様を加えてほんのり艶やかに。なんて美しいデザインなのだろうか、ビフォーアフターを並べてみてもいい。


 またオオムラサキも良い。メスは地味だがオスは鮮やかな紫、まるで宝石が空を飛ぶように美しい。あの子鬼のように愛らしい幼虫が、ここまで姿を変えるのだから驚きだろう。


 姿を脱ぎ捨て、新しい姿を手に入れる。まるで別物のように生きていく、それが完全変態の面白さだ。

 不完全変態にも、もちろん面白さはあるし利点もある。だがこれはまた別の機会に話そう。あまりにも語りすぎて長くなってしまった。



 ***



「いやーっ、虫!」


 ギャッと高い声が職場に響いて葵はふと顔を上げる。スマートフォンから記事の読み返しを終えて、誤字がないかのチェックをしているところだった。

 どうやら叫んだ女性が扉を開けたところに、休憩部屋に入ってきてしまったようだった。

 お昼休憩の部屋にはブンブンと高速で飛び回る何かがいる。蜂か何かと周りが慌てているところで、葵だけがじっと影を目で追っていた。

 休憩の部屋の隅に逃げ回っているそれに、葵はコンビニの袋を持ちながら近づくと。飛び疲れた一瞬を突いて袋を被せた。慌てて暴れるも袋の中、葵は静かに外に逃してやるとしたところで周りの目に気がついた。


「多摩木さん、それなんなの……蜂とか、じゃないの?」


 殺虫スプレーが事務所にないか聞きに行こうとした、男性社員が苦笑いでこちらに話しかけてきた。


「スズメガです」

「蛾?」


 直線的でビュンビュンと飛び回る姿がはまさにスズメバチを彷彿とさせるが、スズメガも似たような飛び方をする……と、話そうになったところで葵は我に返る。

 そんなこと話したって、と思いながらも『逃してくるので』と静かに部屋を出ていった。


「……多摩木さんってなんか、自分のことあんまり話さないですよね。急に動き出したからびっくりしちゃった」

「う、うん。私、虫とかほんと無理……よく捕まえられるよね」


 大騒ぎになった元凶と去っていった葵、部屋の中はいつもの昼休憩の時間になった。


 昼休みももう半ば、廊下は人とすれ違うことも少ない。袋の中でバタバタと飛び回るスズメガに葵は小さく話した。


「こんなところに来ちゃいけないよ。わからない人からしてみれば、殺されてしまうかもしれないのに」


 建物から出れば、夏の日差しと風にため息はいた。

 こんな人工物ばかりの場所にもスズメガが迷い込んでくることもあるのだな、と思いながらも彼女は静かに袋の口を開ける。

 スズメガがお礼を言うわけでもなく、外へ飛び出して飛んでいく。

 葵は安堵して、静かに会社に戻っていった。


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