出会いについて考える
人はどのような場所で出会い、そして恋に落ちるのだろう。
身内の祝いの話を聞きながら、ふとそう思う。
人間も生物という側面で見れば、現代における移動手段は幅広くなったものだ。
徒歩、自転車、車、飛行機、電車や新幹線、船……どこにだっていけるような時代になったものだ。
出会いの幅もインターネットを通してかなり広がっているだろう。
確率、可能性が広げられて。もはや自分ですら予測のできない未来が用意されているかもしれない。
が、私にはそんな話はしばらくこないだろう。
酒を飲みながら、何を考えているのかといえば……やはり虫の話ばかりだ。
虫で出会いの話をたとえるなら、これもまた面白い分野に変わる。
広大な土地の中でオスとメスが出会う、これはかなり大変なことだ。だからこそ工夫をしている。
たとえば蛾の仲間。
彼らの出会い方は……そう、性フェロモンの放出と感知にある。
蛾の仲間は大体が夜行性だ。鳥は昼行性の種類が多いため、それを避ける時間帯は夜間ということになるが……夜の密会はそれなりに難しい。
一番の問題は夜の暗さだ、視界に頼りっきりではパートナーを探すことだってままならない。
そこで彼らは性フェロモンの放出と感知に行き着いた。
メスが性フェロモンを放出し、オスがこれを触覚で感知する。
蛾の触覚を見たことがあるだろうか、どんな昆虫よりも触覚がモサモサだ。まるでお掃除ワイパーのようにモサモサで、それで風に流れるフェロモンをキャッチするのだ。これなら視界の暗さに影響されず、メスを探せるわけだ。
フェロモンをたどりオスはメスの元へ羽ばたいていく、メスはオスが訪れるのを待つ。これが蛾の仲間たちの一般的な出会い方だ。もちろん全ての種類がそうだとは言い切れないが……大体の蛾はこの流れで出会うことが多い。(私も勉強が足りないだろうから、断言ができない)
中には羽がないメスの蛾の種類がいるくらいだ、夜の闇にしるべを頼りに出会う二匹……これはこれで幻想的かもしれない。
それから蝉の仲間だ。
夏の風物詩、蝉の鳴き声は大体オスのものだ。大きな声を出してメスにやってきてもらう、これぞ蝉におけるパートナーの出会い方なのだ。
毎年毎年、よく鳴くなぁ……なんて思っている人間からしてみれば。風流に感じるよりも騒音に聞こえるかもしれない。
ただ、彼らも必死だ。蝉の命は長くないとよく言われるが、実はあまり詳しくわかっていない。一週間といわれる場合もあれば、一ヶ月は生きるなんて話もある……が、長くは生きられないのだろう。秋に鳴く蝉はなかなか見ない、皆が一斉に羽化して祭りのように鳴き騒ぎ、そして命尽きる前にパートナーに見つけてもらわないといけない。
そのためにオスは大きく鳴く、メスはそれを聞いてオスの元へやってくるのだ。つまりラブソングを熱唱しているような状態だろうか。
もちろんライバルも鳴くので、メスの耳にいち早く、そして強く鳴き声を届けないといけない。
ああ見えても、実はオス同士でメスを取り合っているのだ。これはこれで、情熱的な告白が好きな人には堪らないかもしれない。私は騒がしいのは苦手なので、遠慮したいが。
次にカブトムシの場合も見てみよう。
これまた夏の虫だが、彼らは蝉のように大声で鳴かない。
ただ蛾のように夜行性ではある。だが、蛾のように性フェロモンを風に流してメスがオスを誘導するということはしない。
では、どう出会うのか。
これはカブトムシのオスの習性から考えるとわかりやすい。
子供の頃、虫相撲をした経験がある人ならわかると思うが。カブトムシのオスとオスは争い合う習性がある。大きなツノを相手の体の下に差し込み、そして投げ飛ばす。
誰がどう始めたのかわからないが、これを遊びに応用するのだから虫好きの変わった人もいるもんだと感心する。
この習性について考えよう、なぜオスはオスを見たら戦い合うのか。
それはカブトムシの餌場を思い出してほしい。彼らの餌は樹液、甘い匂いを嗅ぎつけて様々な虫が集まる場所だ。
そこにはカブトムシがメスオス関係なく集まる、つまり出会いの場なのだ。
樹液の出る場所を牛耳ることはメスと繋がりを確実なものにできるのだ、そのためにオスは争う。
樹液に口をつけるために顔を寄せた時、ツノとツノが掠れた瞬間に戦いは始まるのだ。全ては餌場を独占し、やってくるメスのためにオスはそのツノを駆使して戦う。
ただこのカブトムシの習性……というか神秘はいまだにわからないことが多い。正確には研究されているのか、どうなのか知らないが(いまだにそれっぽい文献を見たことがない)。
なんと、オスがオスにアプローチを仕掛けたりするのだ。
なんだったらメス同士が餌場で争ったりもする。これは純粋に餌場にありつけるかの戦いなのだろうが……いまだにオスがオスにアプローチを仕掛ける理由がわかっていないのだから、やはり神秘の解明は難しい。
様々な出会い方を見てきた、他にもまだまだ紹介したい出会い方はあるが。今回はこの辺にしておこう。この記事で少しでも蝉の鳴き声や、樹液に集まるカブトムシの見え方が変わってくれたら幸いだ。
そろそろ……網戸に止まって必死にアピールしているアブラゼミを『センスがない』と追い払うことにしよう。
***
ジジッと鳴いて逃げたアブラゼミの影を見つめながら、葵は窓を閉める。
「出会いねぇ……」
思わずそう呟いた。彼女自身、自分から一番程遠い言葉だと思ったからだろうか。
酒飲みながらコノハムシを飼いたいとか言っているような人だぞ、と自嘲して。
彼女は遮光カーテンを閉めた。