有害と無害の差
アリと言われて一体何を思い浮かべるだろうか。
やはり黒々とアリらしいフォルムのクロヤマアリやクロオオアリだろうか。
人によっては巷で騒がれたヒアリも思い浮かんだりするのだろうか。
海も空も繋がった現代、島国日本の環境でもその流通の影響は強く受けている。どれだけ防ごうともやはり物流があれば防ぎきれない。
これまた厄介なのが目に見えるが、注意しないと見つけられないものだろうか。
ヒアリの侵入経路や発見報告から、かなり研究されているのではないだろうか。かなりメディアでも取り上げられていたし、昆虫の中ではかなり有名になってしまった。
(私個人は、もっと在来種に目を向けてもらいたいのだが……これは話が別になるので一旦置いておく)
しかしなぜここまで、ヒアリが取り上げられたのか。
それは人間に直接的な害を与える生き物だからだ。ここでいう直接的な害とは、人間に対して危害を与えられることをいう。
ヒアリのように有名になった例としてセアカゴケグモをあげておこう。
彼らも外来種であり日本に居付き始めてから、かなり報道された生き物だ。両者ともに人間に対して危害のある毒を持つ。
だからこそメディアはこぞって危険生物だと取り上げた。
もちろんそれらは決して悪いことではない。危険なものには触らない、そして通報する。
これが徹底されるからこそ、駆除されるのだ。
だが、ここでは一つ。見える脅威の裏側でコソコソと広がる脅威について話そう。
アルゼンチンアリをご存知だろうか。
またアリか、はいアリです。もちろんアリです。
ヒアリと同じく外来種である部分は同じである。ただ問題はその認知度の低さと繁殖能力の高さ。ヒアリは水際の対策でなんとか定着を防いでいるが、アルゼンチンアリは日本にかなり定着してしまっている。
その割に初めて聞いたという人の方が多いのではないだろうか。
この繁殖力と広がり方はかなり問題とされていて。在来種のアリや、餌となる在来の昆虫たちの強い脅威になるのではないかと危惧されている。つまり日本の生態系を脅かす、強い脅威ではないかと考えられている。
在来種に限らず、アリは同種同士で争うこともある。
そもそも虫や昆虫に同種や血縁という概念があまりないのかもしれない、共食いをする虫や昆虫は割と多い。
これはやはり強い者が生き残り、強い個体が生き残ることでその種が残されることに繋がるためだろうか。たとえ遠い血縁でも、殺し合うことにあるのは自然の掟なのだろう。
むしろこれの掟があるからこそ、やたらめったらに増えない。バランスが取れているのだ。
だがこのアルゼンチンアリは違う、それこそが彼女たちの最大の武器だろう。彼女たちはなんと同種で協力をするのだ。巣同士で協力をして生存確率を上げていく、これが戦略である。
この性質はかなり厄介であり、まさに数の暴力という言葉がぴったりなくらいで。まさに大国となりさらに侵略し、難攻不落の砦と兵が足元で築かれているのだ。
私がアルゼンチンアリを知ったのは大学の昆虫学の授業だった。
別に昆虫学を専攻していたわけじゃない、ただ単に単位の埋め合わせと趣味が合致したから履修したのだが。ためになることが多かった、できればそちらの進路に行ってみてもよかったのかもしれないが……趣味でグチャグチャと書いている方が私には性に合っている。
それはさておき、私はその時に初めてアルゼンチンアリを知った。
講義で取り上げられてようやく知り、講義で話された内容と自分で調べるうちに『なぜ、このアリの脅威が騒がれないのだ?』と疑問を抱くことになった。
それはやはり、アリゼンチンアリとヒアリの差なのだろう。
ヒアリには毒がある。
じゃあアルゼンチンアリは……別に噛まれようが刺されようが大したことない。人間に有効な毒を持っていないのだ。
この差はかなり大きい。ヒアリは危険生物でアルゼンチンアリは不快害虫という認識になら、記憶に残りやすいのは危険生物の方だろう。
大きな脅威は影を作りやすい、ぜひ他の陰にも焦点を当ててみてはどうだろうか。
有害か無害か、それは視点によって大きく変わるものだ。
***
『お姉ちゃん元気?』
葵はメッセージにどうやって返そうか悩んでいた、妹から直接的な連絡は久しぶりかもしれない。
ちょうどブログを投稿したところで、やることもない。
だからこそ返信をしないといけないわけで……悩んだが『元気だよ、そっちは?』と返した。
『私も元気だよ』
と、返された後に可愛いスタンプが送られてくる。おそらく結婚式の諸々の話をするのだろうと思って次のメッセージを待っていたが。
『お姉ちゃん、この虫何?』
と、画像付きで送ってくるものだから。葵は飲みかけていた麦茶を吹き出す羽目になった。しかもルリモンハナバチじゃないかと返信を打ち込む。
ルリモンハナバチは名前の通り青いハチで、珍しい色合いであることからも人気が高い。なんて返信をすると『綺麗だから写真撮った』とニコニコと笑った絵文字付きで返ってきた。
『桜、結婚するんだって?』
本題に進まなそうなので、葵から踏み込んだ。
『うん、そう』
『結婚式、ちゃんと決まったら連絡してね』
『うん』
桜は、葵の二歳下の妹だ。
葵は二十八歳、桜は二十六歳。
葵からしてみて、桜は女の子らしい子だった。いや正確には母と性格が合う子だった、その反対に葵は全く母親と合わなかった。
葵は桜を避けているのは、どうしても母親の存在がちらついて仕方ないからだ。正確には祖母もセットなのだが。
それを思い出した葵は頭を横に振った、思い出したくなかったのだろう。
「そうか、結婚式だとあの人たちにも会うのか」
葵にとって、肉親はあまり得意な存在ではなかった。めでたいことであるから文句は言いたくはないが、少しだけ憂鬱になる。
家族のつきあいを無害、有害と考えるのは変だろうか……と葵は悩む。向こうにとって自分が嫌な存在であるのなら、顔を合わせるのもなんだかなと思うのだ。
桜が姉をどう思っているのかはわからない、こうしてルリモンハナバチを突然送りつけてくる子だ。
だが母も、祖母も自分のことは好きではないだろう。
それなら無理につきあう必要もない、そう思ったからこそ遠方に住んでいるのに。
「はぁ」
葵はため息を吐いてから、結婚式のマナーについて検索をし始めた。