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70. 常闇と白銀はそれから……~魔女の去りし地~

 

「おや、ワッケンじゃねぇか」

「お久しぶりですボルグさん」



 見知らぬ男に警戒したハルだったが、ボルグとの気安い挨拶に気を緩めた。



「どなたですか?」

「行商人のワッケンだ……そういやぁ、ちょうどハルさん達がこの街に訪れた頃に入れ違いで出てってそれっきりだったなぁ」



 ボルグが仲立ちとなって挨拶を交わすと、流れで三人は同じテーブルを囲んだ。



 それにしてもと、ハルはにこにこと笑みを絶やさぬワッケンと向かい合いながら疑問に思った。


 ハルとトーナがこの地に来訪してから三年以上が経つ。

 行商人とは言え随分と長い間ご無沙汰していたものだ。



「販路を広げようと思いまして、少し遠くまで足を伸ばしておりました」



 前触れもなくワッケンがこの地を離れていた理由を話し始めたので、自分の表情に疑問が出ていたかとハルはなんとなしに顔を(さす)ってしまった。


 その様子をワッケンにふっと笑われ、ハルはどうにも目の前のこの男に全てを見透かされているのではないかとたじろいだ。


 しかし、ワッケンの方は特に何かを追求するでもなく話をつづけた。



「ちょっと西へ二つ国を挟んだ向こうの国まで行商に行っておりました」



 西へ国を二つ(かた)ぐ……その国には思いっきり心当たりがあり、ハルはぎくりとした。



「そんだけ遠い国だと、どんなとこか想像もつかんなぁ」



 当然だが、ボルグはそんなハルの心の機微など分かる筈もなく、呑気にも見た事のない国を思い浮かべようとしているようだ。



「まあ、ボルグさんはこの街から出たことはないですから無理もありません」

「まあなぁ……そういやハルさんは西の方から来たんだったな」

「ええ、まあ……」



 話を振られ、ハルは少し言葉を濁した。


 特に(やま)しい事があるわけではないのだが、何となく決まりが悪かったのだ。



「へぇ、そうですか……あなたは西から来られたのですか」



 ワッケンは無遠慮にハルをまじまじと見ると、何かを思い出したようにそう言えばと話を切り出した。



「それではファマスという街はご存知でしょうか?」



 ご存知もなにも、ハルは以前その街で暮らしていた身である。



「薬で有名な街ですよね」



 だが、ハルはあえてそれには触れなかった。


 自分の妻にとってあの街には複雑な想いがあり、これまで出来うる限り話題を避けてきた習慣から自然とそんな回答になってしまう。



「その通りです。正確には医と薬の街と呼ばれ、医師や薬師が集まる治癒師の街ですね」

「ワッケンさんはそのファマスへ行かれていたのですか?」



 ええ、と肯定したワッケンにボルグが身を乗り出した。



「なんだい、ワッケンは薬でも仕入れに行ってたのかい?」

「まさか」



 二人の横から割って入ったボルグの問いに、ワッケンは手を振って否定した。



「薬は医師や薬師が患者個々に合わせて処方や調剤をするのです。言わば受注生産のようなものですので、行商人の私では取引の対象外ですよ」

「それじゃあ何しに行ったんだい?」

「彼の国は魔獣の森が幾つも点在していて、魔獣被害が絶えない場所なんです。ところが、ファマスは魔獣の森を抱えていながらその被害が圧倒的に少なかったのです」



 どうやら、ワッケンは安全な経路としてファマスの街道を利用しようと考えたらしい。



「ですが、酷い目に遭いましたよ」

「酷い目?」



 ワッケンがぽりぽりと頬を掻きながら述懐を始めたが、彼の苦い顔にハルは首を傾げた。


 ファマスは妻を追い出した不愉快な地ではあるが、それ以外では至って平和な領地であるからだ。



「今まで全くと言っていいほど森の外では魔獣が姿を見せなかったそうなんですが、急に大量発生したんですよ」



 危うく死にかけましたと乾いた笑いをするワッケンの話に、長年あの周辺の魔獣を退けてきたラシアの花畑が枯れたのだと悟った。


 おそらく愛する妻の想い出が詰まった森の薬方店も無事ではないだろう。


 ラシアが枯れてしまったように、彼女の大切な記憶も一つ枯れてしまったのではないかと思うとハルはやるせなくなった。



「今まで魔獣被害がなかったファマスは軍備を(おろそ)かにしていて、それが被害をより深刻なものにしてしまったようです」



 何度も団長が警告していたが、最後までバロッソ伯爵は聞く耳を持たなかったのだなとハルは内心で嘆息した。



「だけどよぉ、そう言う時は教会が聖水を使って魔を祓ってくれるもんだろ?」

「普通はそうなんですがね……ファマスの司祭がとんだ生臭坊主だったんですよ」



 オーロソの事だとハルはすぐに察した。


 ハルがファマスにいた頃から、あの男は贖宥状(しょくゆうじょう)濫発(らんぱつ)して私腹を肥やすとんでもない聖職者だった。



「その司祭が聖水を売り捌いていたんですよ。しかも、魔獣被害が少ないからと殆ど在庫を残していなかったようです」

「ひでぇ坊さんだなぁ」

「こんなものではありませんよ。彼は在庫がないのを隠す為に聖水にただの水を混ぜてかさ増しして売り捌いたそうです」

「おいおいマジかよ」



 この為、ファマスの被害はとても大きなものになった。



「その責で教会から破門され、国王に断罪され……ちょん、らしいです」



 ワッケンが手で自分の首を横に斬る仕草をしてみせた。

 どうやら、オーロソは断頭台で公開処刑されたようだ。



「特に酷い被害が毒を持った魔獣ヴェロムの大群による襲撃でした。街の外壁まで押し寄せかなりの被害が出たんですよ。私も生きた心地がしませんでした」



 このヴェロムの襲来で魔狗毒によってかなりの数の民が犠牲になった。



「うーん……だけどファマスは医療の街なんだからヴェロムの毒にもいい薬があるんじゃないのか?」

「ヴェロムの毒には解毒薬なんてありませんよ……まあ、私もその時に初めてしったんですがね」



 それについてはトーナの治療を間近で見たのでハルはよく知っている。



「これに関してファマスには皮肉な話があるんです」



 ワッケンが提供した話題は、ファマスの薬師(くすし)を牛耳るガラック薬方店のものであった。



「ここの店主は薬至上主義者で、日頃から医師を半端者と馬鹿にしていたそうです。領主であるバロッソ伯爵との繋がりも強く、彼と結託してファマスでの医師の地位を(おとし)めたそうです」

「随分と傲慢そうな奴だなぁ」



 このせいで、ファマスにおける医師の地位が低下してしまい、大御所であるテナーを始めとして多数の医師が他所へと移ってしまった。


 元々、医師は薬師と異なり土地にはあまり縛られない。


 先進の知識を求めて移動を繰り返す者も多く、だからこれは当然の帰結であったのだろう。


 そんな中でヴェロム襲撃の悲劇が起きた。



「この店主は以前より魔狗毒の特効薬と称して偽薬を売っていたそうなんですが、この襲撃時に自分の息子がヴェロムの毒に侵されてしまった時には、なんと医師に助けを求めたらしいですよ」

「随分と面の皮が厚いヤツだねぇ」



 全くだとハルも心の中で頷いた。



「ええ、ですがファマスは彼のせいで医師不足に陥っていましたし、先の偽薬の件もあって医師達からご自分の薬で治したら如何かと皮肉られたそうです」

「ありゃりゃ」

「亡くなったご子息はご愁傷様ですが、親の業が子に返るのも因果応報なのです」



 因果は必ずしも自分に返るとは限らない。

 親となったハルには堪える言葉であった。



「その後、ファマスはどうなりましたか?」

「嘗て繫栄していたファマスに、もう見る影もありませんでした。統治していたのはバロッソ伯爵でしたが、この責任を取って国に返上したと聞いております」

「バロッソ伯爵はその後どうされたのですか?」

「田舎に隠棲されたそうですが、一年と経たずに儚くなったそうです」



 きっと、伯爵は娘の死から立ち直れず、失意の内に亡くなったのだろう。




 どうやら自分の愛する妻を迫害し追い出した者達は、それ相応の報いを受けたようであった……


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