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67. 魔女の去った地~強欲と聖者~

 

「くそっ、くそっ、くそっ、くそぉぉぉお!」



 そのでっぷりと太った体躯を不必要な装飾でぎらつく司祭服に身を包んだ男が、礼拝堂で拳を振り回して怒り狂っていた。



「何故こうも上手くいかんのだ!」



 いらつき周りの人や物に当たり散らすあり様で、今ではこの教会でオーロソに近づくのは彼と一緒になって甘い蜜を吸っている者達くらいであった。



「せっかくこの領地の司祭となれたのに」



 そこまでは順調だった。


 オーロソは教会の権威を後ろ盾に聖水や贖宥状(しょくゆうじょう)を売り捌き、築き上げた財を惜しみなく貴族派の重鎮達にばら撒いてファマス一帯の司祭となったのだ。


 バロッソ伯爵が治めるこのファマス一帯はとても美味しい(・・・・)領地であった。


 それには幾つかの理由がある。


 その一つが魔獣の森。


 本来、魔獣の森は恵みも多いのだが、魔獣の被害も大きくうま味はあまりない。


 ところが、ファマスは森の近くにありながら、何故か他の街とは異なり魔獣被害が異様に少なかった。


 その為、少ない犠牲で大いなる恩恵を受け、更に軍備に充てる費用を街の発展に注いだお陰で、この国の中で最も景気の良い領地となっていた。


 しかも前任のモスカルの人望で領民は信心深く、献金も中々に多い。加えてこの地でも聖水や贖宥状はたいそう良く売れた。


 オーロソはその莫大な金を本山を牛耳っている貴族派の司教達に贈り、太いパイプを作って今の地位を安泰なものとしたのだ。



 まさしく我が世の春。


 ファマスはオーロソにとって正に金の卵だった。


 唯一このファマスで気に入らないのは、穢れた黒い髪と悍ましい赤い瞳のあの魔女の存在だけ。



「それもバロッソ伯爵が追放して領内からいなくなったというのに……」



 ファマスでの地位を盤石に、そして聖水の値を吊り上げる為にとガラックと組んでエリーナの治療に名乗りを上げた。


 しかし、エリーナは死に、その責任を追求されそうになった。

 ガラックと共に伯爵を唆し、その罪を全て魔女に擦り付けた。



「無能なガラックのせいでひやっとさせられたが、穢らわしい魔女を追い出せたのは重畳だった……なのに……」



 そこから何もかもがおかしくなった。


 信心深かった街の者達の心がオーロソから離れ、目に見えるほど献金が減った。


 これは贖宥状のみならず、献金の多寡で信者を差別する彼のあまりに拝金的な態度への反発なのだが、自らの行いが教会に寄与する正しいものと勘違いしているオーロソには理解出来なかった。


 しかも、追い討ちを掛けるように魔獣被害が増大した。


 こんな時に必要になるのが魔を祓う聖水なのだが、先のエリーナへ使用した時のように聖水を万能のものとしてオーロソは聖水の全てを売り捌いてしまっていたのだ。


 人民救済を説く教会に属する者はこんな時こそ社会への貢献を要求されるのだが、既に聖水の在庫は底を突いていた。


 その責任は明らかにオーロソにある。


 周囲からの問責を畏れた彼は、残りの聖水をただの水で文字通り水増しした上に提供せずに懲りずに販売したのだ。


 効果の乏しい聖水を高値で販売する暴挙に、ファマスにおける教会の信用は完全に失墜した。



「これも全てあの魔女の仕業に違いない!」



 だが、この期に及んでもオーロソには自省がない。


 いや、彼にとっては自分の行いこそ教会に多大な貢献をし、正しく神の代弁者なのだと自負しているから悪いと思っていないのだ。



「魔獣が増えたのも、伯爵が失脚したのも、私の信用が落ちたのも、そしてただの水を聖水と偽ったのが明るみにでたのも……全部、全部、あの女が悪いのだ!」



 だから、彼にとって凶事は全て自分の外にあるとしか考えられず、元凶をトーナと決めつけ、彼女へ怒りを振り向けて(ののし)った。



「やはり、追放など生ぬるかったのだ……伯爵があの魔女をきちんと処刑しておればこんな事にはならなかったのだ!」



 とても聖職者とは思えぬ発言である。

 だが、彼にはそれさえも分からない。



「いや……今からでも遅くない」



 オーロソの目がぎらりと怪しく光り、その表情は残忍なものへ変貌した。



「どうせこの国の何処かで魔獣を操っているに違いない」



 本当はトーナの追放により彼女が育てていたラシアが全滅した事が、魔獣の活動範囲を大きく変えた原因なのだが、今の魔獣被害がトーナのせいだと思っているオーロソの結論は全く逆であった。



「必ずあの魔女を見つけ出し、八つ裂きにしてくれる!」



 これは彼にとって神の鉄槌であり、トーナへ下されるのは神の裁き。

 彼にとって、邪悪な魔女に神罰を与える真に正しき行いなのである。



「誰か、誰かおらんのか!」



 さっそく手の者を使って探し出さねば……


 しかし、オーロソの呼び掛けに応じる者は誰もいなかった。



「どうして誰もこんのだ!?」



 彼が癇癪を起こして地団駄を踏んでいるところで、ぎぎぎっと音を立てて観音開きの扉が押し開けられ、礼拝堂に数人の男達が入ってきた。



「遅いぞ、何故すぐに来な……お前は!?」



 入って来たの人物の正体に気がつき、オーロソは絶句した。



「お久しぶりですねオーロソ司祭」



 取り乱し怒り狂うオーロソの前に現れたのは、対照的に静謐(せいひつ)で落ち着いた雰囲気を醸し出している初老の男――



「き、貴様はモスカル!?」



 このオーロソの前任であるモスカルであった……


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