63. 魔女は街を追われ~騎士の誓い~
「ですが……もう、この国には住めないのですね……」
どうしてでしょう……涙が頬を伝って流れ落ちました。
「この街に……この国にとって、私は要らない存在なのですね……」
この国は私を拒絶していました。
だから私も人々から距離を置き、心に壁を築いたのです。
あの森の中で……ラシアに囲まれた私の家で……誰にも頼らず、誰にも依存せず、一人で生きていける。
そう思っていたのに……
それなのに私を不要だと告げられて、どうしてこんなに胸に寂しさが押し寄せてくるのでしょう……どうしてこんなにも胸が苦しくなるのでしょう……
心さえも森の奥深くの暗闇に押し込めていたつもりで、私は太陽の光の下に出たい願望があったのでしょうか?
「力及ばず申し訳ありませんでした」
情け無い表情が表に出てしまったのでしょうか?
ハル様が済まなそうな顔で頭を下げられました。
「そんな……本当なら死罪を賜っていたところです」
あの伯爵の様子から、どうしても私に恩赦を与えるとは思えません。
それなのに、私をこの牢から助け出す算段をつけてきたのです。
きっと、かなりご無理をなされたのではないでしょうか?
こんな私の為に颯爽と助けの手を差し伸べるハル様は本当に素敵なお方です。
その顔貌は見目麗しく、誰よりも優しく、とても頼りになる殿方です。
「ハル様にご迷惑をお掛けしてしまい何とお詫びすれば……」
そんなハル様の手を煩わせてしまいました。
直接の処刑は免れました。
ですが、国外追放……実質の死刑ですね。
死にたいなどと口にしておきながら、死への旅路となる追放を恐れるなんて……己の浅ましさに嫌気がさします。
しかし、ハル様にはみっともない姿をお見せするわけにはいきません。
「ハル様にはこれまで大変お世話になりました」
私は膝の上に両手を添えて頭を下げました。
再び、双眸から涙が溢れそうになりました。
「何のお返しも出来ず心苦しいですが……これでお別れです」
ああ……ハル様と別れなければならないと自覚すると、こんなにも胸が痛く苦しくなるなんて……私はこの方に恋をしてしまっていたのですね。
違う、この想いは気の迷いよ……そう思い込もうとしていましたが……
この段になってやっと理解するなんて……私はハル様が好き……この方を愛してしまっている。
でも、今更それに気がついても遅いのです。
私は追放され、この国を去るにですから……
ところが――
「俺がついて行きます」
「ハル様!?」
――不衛生なこの牢の中で、汚れるのも厭わずハル様は膝をついて私と目線を合わせると、膝の上でぎゅっと握っていた私の両手を取ってご自分の手で包み込みました。
「そ、その、流刑の者を護送されるのは、さすがに国家騎士のお役目から外れるのではありませんか?」
これまでずっと良くしていただいたのです。
さすがにこれ以上ハル様に甘えられません。
「何か勘違いをされていませんか」
「えっ?」
ところが私の手を握るハル様の手に力が篭り、私を写す青い瞳は涼やかさから一転して熱を帯びていました。
「俺はトーナさんについていきます……ずっと……ずっとあなたの傍にいます」
「えっ……それは……あっ、い、いけません!」
私はハル様の衝撃的な発言に呆気に取られてしまいましたが、そんな私をハル様は強引に引き起こすと、腰に腕を回してしっかりと抱き締めたのです。
「お、お離しください……その、一日中この牢に居て私はきっと臭いますから……」
身を捩って抵抗しましたが、ハル様の腕にがっちりと拘束されて全くの無意味でした。
それに、すっぽり彼の胸に収まると、どうにも喜びが湧いてきて……腕に抱かれていると安心し、彼の胸に寄り掛かりたい欲求が勝ってしまう。
私は本当に浅ましい女です……
「ふふっ、トーナさんからはラシアの良い匂いがしますよ」
「お止めください……」
ハル様が私の髪に顔を埋めて匂いを嗅ぐ仕草をするので、羞恥に顔が熱くなってしまいました。
それなのにもう抵抗する気持ちが失せて、ただただ嬉しいと思ってしまっています。
口では拒否していながら、本心では喜ぶなんて……私はいやらしい女です……
「俺があなたを守ります。これからずっとです」
「しかし、それではハル様まで国を捨てる事に……」
「問題ありません。俺は元々この国の者ではありませんから」
「ですが、だからこそ国家騎士になるのは大変だったでしょう。それをお捨てになるのですか!?」
騎士までの道のりは想像以上に困難だったでしょうに、その努力を私の為に放棄するなんて……
「俺が騎士になった理由はリュエスへの憧憬からなんです」
その話は以前ハル様よりお伺いしました。
「そして俺にとってのリュエスはあなたです」
「私は慈愛に満ちたリュエスのような美しい女性ではありません」
リュエスは物静かで、慈悲深く、とても美しい妖精の女王だと聞き及んでおります。彼女と私では性格も性質もぜんぜん違います。
「あなたがリュエスです……俺にとってのリュエスです……いや、俺にとってはリュエス以上に大切な女性なんです」
「そんな……」
しっかり抱き締められながら耳元で甘く囁かれ、私の身体から力が抜けて完全に身を預けてしまいました。
ずっと……ずっと、こうしていたい……
「あなたを見つける為に……あなたを救う為に……あなたの傍にいる為に俺は騎士になったのです……今ならそう確信できます」
「ハル様……私は……」
ああ、私はやっぱりハル様が好きです……大好きです……愛しています……
「だからどうかトーナさん……あなたと共に生きていくことを許してはもらえないでしょうか?」
「ハル様……本当に……本当に私で宜しいのですか?」
そう問い掛ける私を解放し、ハル様は私の両肩に手を置い私の赤い瞳を青い瞳で真っ直ぐ見据える。
「トーナさんが良いのです。俺にはあなただけなのです」
「ああ、私も……私もハル様だけです」
私達はお互いの背に腕を回してしがみつくように抱き合い、お互いの体温を、鼓動を、息遣いを、そして想いを確かめ合いました。
「トーナさん……あなたに付いて行ってもよろしいですか?」
「はい……」
ハル様の確認するような問いに、彼の胸の中で私はこくりと頷きました。
「あなたとこれからも一緒にいさせてください」
「はい……」
ただ頷く……
「俺はあなたの傍を決して離れません」
「はい……はい……私もハル様の傍から離れたくありません。ずっとずっとあなたと一緒にいたい」
そして……
「これから何があっても俺がずっとトーナさんの傍にいます――」
――そして、全てを敵に回しても、俺の全てを捨ててでも、必ずあなたを守ります。
リュエスを守護した白銀騎士と同様、ハル様は騎士の誓いを立てられたのでした……




