5. 常闇の魔女と白銀の騎士~魔女のときめき~
「ハルです」
「はい?」
いったい何なのでしょうか?
思いもよらぬ騎士様の突然の発言に、私はその意図を汲みかねました。
「俺の名はハルです」
「は、はぁ?」
「どうか名前で……俺をハルと名前で呼んで欲しいのです」
「――ッ!?」
私は一瞬、言葉に詰まってしまいました。
「そ、それは……私は平民ですので……」
私がどう対応したものか困惑してしまうのも仕方ないのではないでしょうか?
「可憐なあなたに騎士様などと他人行儀に呼ばれると寂しい」
「その様な口説き文句は、意中の女性にのみ仰ってください」
この騎士様は涼やかな美男子です。この様に惑わす言葉を聞かされれば、私でなくとも勘違いをしてしまうではないですか。
口では強く拒絶していますが、それとは裏腹に私の心臓は早鐘を打っています。きっと、私の顔は茹で蛸の様に真っ赤になっているでしょう。
ああ、もう……
恥ずかしい……
「俺は本心を述べたつもりなのですが……」
ぐっ!
この方はどこまでも……
「騎士様は女性と会う度に、そんなに軽々しく殺し文句を口にするのですか?」
「ハルです……あなたが初めてですよ」
わざと『騎士様』と強調しながら釘を刺してみましたが、この方は全く堪える様子がありません。
「騎士様は街にあまりお出にならないのですね。ファマスには私なんかよりも夭く美しい娘で溢れているでしょうに」
「ハルです……警邏の任もありますので、街へはよく出ます。ですが、俺はあなたよりも美しい女性とは巡りあっていません」
少々胡乱げな物言いをしてしまいましたが、それでもハル様は執拗に言い寄ってこられました。
「騎士様は意外と目がよろしくないのですね」
「ハルです……目は良いとよく言われています。それと同じくらい耳も――」
騎士様の優し気な青い瞳が私を映し出すので、勘違いしてしまいそうです。
「――あなたの黒髪と赤い瞳はとても神秘的で美しく、声は瑞々しく軽やかです」
ですが、私に好意を寄せる男性などいる筈がないのです。
「この国では、黒髪と赤眼は忌み嫌われる容姿なのですよ?」
「そのようですが、俺の両親の故国では真逆なんです」
騎士様の瞳と口調には何処か熱が篭っていて、本当に本気で私に恋慕の情を抱いているのではと思い違いをしてしまいそうになります。
「あなたを見て、幼い頃に母から聞いた故国の心優しき夜の帷の女王の物語を思い出しました。静かに沁みる歌声で、人々を安らかな眠りに誘う篤実な闇夜の妖精なのです」
あなたと同様、磨かれた黒曜の如く艶やかな黒髪とルビーを思わせる煌めく赤い瞳の麗人なのですと、騎士様が更に説明を加えられました。
私はずっと街の人達から罵詈雑言を浴びせられてきました。
だから、この黒髪と赤眼を誰かに褒められた経験は皆無なのです。
ですので、男性から――それも目の前の騎士様ほど誠実そうな美丈夫から、容姿を賛美される事に慣れてはいません。
今のこの状況は余りに据わりが悪いです。
「騎士様は――」
「ハルです」
私の騎士様と呼ぶ声に被せて名前を主張するその余りの頑なさに、自然とため息が漏れ出てしまいました。
「――ではハル様」
「はい」
先に私の方が根負けして名前をお呼ぶすると、ハル様はそれはもう嬉しそうに破顔されました。
それは少年の様に無邪気でとても眩しい笑顔で、それが私に向けられたと思うだけで舞い上がりそうになる自分を必死に抑えるのに苦心してしまいます。
ハル様は騎士にしては線が細く、眉目秀麗な尊顔に浮かぶ優しげな微笑が誠実そうに見えるので、尚更その口から並べられる美辞麗句を迂闊にも信じてしまいそうになります。
自分は軽薄ではないと思っていましたが、これ程に心が乱れる己を鑑みるに、その考えを改めねばならないようです。
「ハル様は不用意ではありませんか。そのように夭い娘を煽てては、その気にさせてしまいますよ」
これ以上は私の心臓が持ちません。ハル様に少し釘を刺しておきましょう。
「そうですね。意中にない女性を勘違いさせるのは本望ではありません。女性を喜ばせる発言は控えましょう――あなた以外には」
私の刺した釘に同意を示したかと油断したところにハル様は甘く囁いた。
私は真っ赤になった顔を見せないように俯いたが、きっと耳まで赤くなっているので、ハル様には私の羞恥に染まった顔はバレバレでしょう。
もう、穴があったら入りたい……