4. 常闇の魔女と白銀の騎士~黒い髪と赤い瞳~
「それに、たとえ魔女であったとしても、あなたはきっと良い魔女だ」
「――っ!?」
本当にいちいち口説き文句を口にされる騎士様です。
ですが、凛々しい顔に清々とした声で掛けられる甘い台詞には違和感がありません。思わず顔が熱くなるのを抑えられません。
自分は異性への浮ついた感情など持ち合わせていないと思っていましたが、私も人並みに女だったようです。
「すみません。この国では魔女には余り良い感情が無いのでしたね」
私は弛みそうになる顔を引き締めて眉間に皺を寄せると、騎士様は私が不快に思ったのだと勘違いされたみたいでした。
「異国の方でしたか」
「子供の時分に両親がこの国に移住しまして……あなたも同じなのでは?」
この国には元来、私の様な黒髪や赤目はいないのです。
「私の先祖がそうであったと聞いております。私は先祖返りなのでしょう」
「そうでしたか……それにしてもこの街の黒髪、紅瞳に対する忌避感は異常ですね」
これは無理からぬ事です。
遥か昔、この街ファマスは黒髪、赤眼の美しい魔女に滅亡寸前まで追い詰められました。かなり酷い状況であったらしいのです。
その為、この国では魔女に対して嫌悪感が強く、特にこの周辺は被害を直接受けたそうです。そのせいで、この町では魔女はまだまだ拭い去れない痛みの記憶なのです。
「まあ、あなたの様な白銀の騎士様を使いにされるくらいですから」
「白銀の騎士?」
意味が分からず騎士様は首を傾げました。
異国の方ではご存知ないのも無理ないでしょう。
伝説には黒の魔女を屠ったのが見目麗しき白銀騎士とあります。おそらく騎士様の依頼主は私が魔女であると勘ぐって、白銀の髪であるこの方を寄越したのでしょう。
もっとも、それは魔女ではない私には関係のない事です。
だいたい、私は魔法も呪いも使えませんし、町の人達を害したためしもないのです。
それなのに黒髪、赤目という理由だけで誰も彼もが私を魔女と詰り迫害します。
本当に溜め息が出そうです。
ですが、それを厭うて街を出るのも難しいのです。
他領への移動には国の許可が必要ですし、おそらく黒髪、赤目の私を受け入れてくれるところはこの国にはないでしょう。
また国を出るにしても、若い女が1人では並大抵の事ではありません。旅路で命を落とす者も多く、無事に他国に辿り着けても糊口を凌げる保証もありません。
そのような訳で私はこの森の中で暮らす現状を甘んじて受け入れなければならなかったのです。
そんな説明を受けた騎士様は不愉快げに眉を顰められました。
「だからあなたは街を避け、斯様な森の中にお住まいなのですか?」
「それもありますが……私は街の中に住む許可を頂けませんので」
「そんな馬鹿な!」
騎士様は驚きで目を大きく見開かれたけれど、落ち着いた雰囲気の精悍な男性の滑稽な表情は不覚にも少し可愛いと思ってしまいました。
「黒い髪、赤い瞳というだけで咎の無い女性が街から放逐されているのですか!?」
騎士様の驚きももっともです。普通に考えて私の様な若い女が街を追い出されるのは死ねと言われているのに等しいのです。
「どうせ許可を頂けても私に住居を貸してくれる者もおりませんから」
「それではトーナ殿は領主の庇護なく、この森で暮らしておられるのですか?」
私が頷くと騎士様は小さくため息を吐かれました。
「この森には魔獣が棲息しているはずですが、あなたはどうやってここに?」
「ここら辺一帯にラシアを植栽しているのです」
「ラシア?」
騎士様は首を傾げました。
ラシアは遥か昔に私の先祖がこの国に移住してきた際に持ち込んだ花で、この国ではおそらく私が育てているものしかないでしょう。
だから騎士様がラシアを知らないのも無理はありませんし、今ではこの花の効能を知る者はきっと私だけでしょう。
「ラシアは魔獣が嫌う匂いを出すのです」
「それで魔獣が近寄らないと……もしかして表に咲いていた小さく可憐な青い花?」
私が頷くと口に手を当てて少し考え込む素振りを見せた。
「ここに来るまであの花はあちこちで見たが……」
「はい、全て私が世話をしております。薬用としても重用しておりますので」
ラシアは魔獣を祓うだけではなく、抽出した油分はあかぎれや切り傷などに使用できる優れものなのです。
「ですから心配されずとも大丈夫ですよ騎士様」
「ハルです」
「騎士様?」
予想だにしなかった騎士様の突然の台詞に、私は意味が分からず首を傾げてしまいました……