22. 魔女と呼ばれた薬師~もう1人の患者~
「無理を言ってお連れしたのに、この様な仔細となって申し訳ありません」
私はが仕方がなく諦めて薬を鞄に片付け始めると、本当にすまなそうに眉根を下げたハル様がさりげなく片付けを手伝ってくださいました。
その心遣いに私の心は救われたのです。
ガラックさんとグェンさんが勝ち誇った顔を、オーロソ司祭は穢れたものでも見るような視線を向けています。
そして、当事者のバロッソ伯爵は顔を背けながらも憤懣やる方なしといった様相でした。
そんな中でハル様はなんの躊躇いもなく私に手を差し伸べてくださるのです。
このハル様の優しさが、思い遣りが、とても嬉しくて、とても温かくて……なんだか胸に沁みてきました。
だからでしょうか、今日お会いしたばかりなのに、ハル様は偏見も無く私に親身に接してくださるので、私は心を許し、この方を頼りにしてしまっているみたいです。
私は誰の助けが無くとも1人で立って生きていけるのだと、そう強がっていました。
いつも思っていました。
私が他者へ手を差し伸べる事はあっても、誰かが私に手を差し伸べてもその手を取ったりはしないのだと……
なのに、ハル様は私が築いた頑なな心の壁をいとも容易く壊してしまわれたようです。
この方が私を支えてくださる手を拒む事ができず、寧ろ喜んで取ってしまうなんて……
自分のそんな変化に戸惑いながら、なんとなしにハル様の顔を盗み見てはどぎまぎしてしまっています。
いったいぜんたい私はどうしてしまったのでしょう?
何かとんでもない病に罹患してしまったみたいです。
今の私は何処かとても変です。
とにかく、早く帰りましょう。
そう思い手早く薬を全て収納して鞄の持ち手を取ろうとしたのですが、それより早くハル様がさっと薬や医療器具のたくさん入った鞄を軽々と持ち上げました。
「ハ、ハル様!?」
あまりに予想外なハル様の振る舞いに、私は裏返った素っ頓狂な声を上げてしまいました。
「あ、あの……その……鞄を……」
手を出して私の鞄を取り返そうとしましたが、しかし、ハル様は黙ってただにこりと微笑むだけ。
私はその容姿端麗な男性から向けられた眩しい笑貌にどうしようもなくどぎまぎしてしまうのです。
ああ、なんでこんなに胸が高鳴るのでしょう。
こんなに優しくされたら勘違いしてしまいそうです。
軽佻浮薄な熱病を患いそうな自分の気持ちを誤魔化す様に、澄まし顔を崩さずにいようと心掛けたのですが……
顔が異常に熱いので、おそらく真っ赤になっているのではないでしょうか。
そんな私の動揺に絶対気づいていると思われるハル様の方は表情が変わらず、私ばかりが恥ずかしい想いを抱くのはなんだかズルいです。
意外とハル様はいけずです……
はぁ、と一つため息を吐き出すと、諦めて仕方なく鞄をハル様に預けたまま帰ることにしました。
「それでは私は……」
ばん!
そして、私が暇乞いをしようとした時でした。
私の挨拶に被せるように扉が勢いよく開け放たれ、一人の中年女性が勢い込んで入室してきたのです。
「旦那様!」
「ソアラか……」
伯爵相手に物凄い剣幕の使用人らしき中年女性。
その方を見た伯爵はばつの悪そうな顔に変貌しました。
「娘のメリルをお救いください!」
暇乞いもせずに退出するわけにもいかず、しかし今のこの状況で声を掛けることもできず、こうなると私もハル様も事情も分からず事の成り行きを見守る他に仕様がありません。
「主人を守り切れなかった侍女など知ったことか!」
「娘は身を挺してエリーナ様をお守りして傷を負ったのですよ。それをお見捨てになるなどあんまりでございます!」
「けっきょくエリーナはヴェロムに傷を負わされ危篤状態だ!」
「魔獣相手にか弱い女の身でどうしろと仰るのですか!?」
本来なら主人に女中が口答えをするなど論外ですが、命を掛けた家臣を見捨てる主人もどうかと思われます。
忠誠心を示した家臣を切り捨てるのは、その主人の為に身命を賭して働く忠誠心が無意味だと下の者に知らしめる行為です。
それは伯爵自身にも自覚があるのだと思います。
だから無礼を働く女中相手に怒鳴りながらも強くは出られないのでしょう。
「今は魔狗毒に侵されたエリーナの治療が優先だ!」
「メリルだって魔狗毒に侵されて、生死の境を彷徨っているのです!」
どうやらヴェロムの被害者はもう一人いたようです……




