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背理法の放課後

作者: 沖田一

こんにちは。沖田おきたはじめです。

初のちょっぴり恋愛系です。

 「天高く馬肥える秋」とは上手く言ったもので、放送室の大きな窓一面に広がる夕焼けた空は、のびのびとしている。


 「今日も綺麗な夕焼けだな」


 ガラス張りの放送ブースで、瑞樹みずきが呟いた。ここ数週間は快晴が続いていて、道端のススキは風が吹くたびにカサカサと穂を鳴らした。


 「そうね。こんだけ綺麗な夕焼けだと、明日も晴れそうね」


 「だね」


 5時30分まであと3分。瑞樹は放送席に座ったまま、頭だけを窓の方に向けている。私は放送ブース内の放送席から少し離れた所にある椅子に腰かけ、同じく夕焼けに目を奪われていた。


 5時30分に下校放送をするのが私たち放送委員会の主な仕事だ。瑞樹とは中学のころから一緒に放送委員会をしているから、もうかれこれ5,6年の付き合いになる。放課後の放送も、もう慣れっこだった。


 そうしていると、チャイムの音が放送ブースに響いた。ふと我に返り壁の時計を見ると、時刻はきっちり5時30分。


 チャイムが鳴り終わるのを待って、瑞樹がマイクのスイッチを入れた。


 「みなさん、下校時刻になりました。部活動、委員会活動、その他課外活動の無い生徒は――」


 瑞樹が、下校放送の文言をマイクに向かって話していく。本来読み上げるはずの台本は、席の後ろにある棚の上に置きっぱなしだ。私も瑞樹も、もうセリフは覚えきっている。


 聞きなれたセリフと、聞きなれた低く透いた声。眠そうな雰囲気をまといつつも、正確に、心地よいテンポでセリフを読み上げてゆく。


 私は、瑞樹の放送が一番好きだ。放送委員会は、誰もが同じ文章を、同じ時間に、同じように読み上げる。でも、瑞樹の放送は心地が良かった。聞いているのも良いけど、放送席に座る瑞樹の真面目な姿に、いつも気が付くと目を向けていた。


 放送が終わると、瑞樹はマイクのスイッチが確実に切れていることを確認して、ふう、と息を吐いた。背を椅子に預けて、そのまま後ろの2本の脚でバランスを取るようにして、椅子を傾ける。


 「お疲れ様」

 

 「うん。奈菜ななもおつかれ」


 瑞樹は、椅子をユラユラさせたまま返事をした。


 「じゃあ、帰りますか」


 「帰りますかー」


 口ではそう言いながら、瑞樹はまだ椅子をユラユラさせ、窓の外を見ていた。私も、椅子からは立ち上がらずに外に目をやる。地平線からオレンジの絵具が湧き出たような、不自然な程に明るい夕焼け。


 「結局、高校でも放送委員会をやり通しちゃったな」


 不意に、瑞樹が言った。


 「そうね。もう6年間になるのよね」


 私は、目に染みるほどの夕景を眺めながらそう返した。


 「だな。っていうことは、奈菜とももう6年の付き合いか。でも、もう受験で委員会も引き継ぎだし、こうやって放送に入るのも、あと数えるほどだな」


 高3生にとっての秋。受験の天王山と言われる夏を超え、あとは目標に向かって進むのみの季節。長らく続いた委員会生活も、もうじき終わる。


 「結局、高校でも特に面白いことはなかったなぁ。委員会があったから部活はやらなかったし、その委員会でもだいたい奈菜と一緒にいたし」


 そう言うと、瑞樹は大きな伸びをひとつして、椅子から立ち上がった。椅子の前2本の脚が床に着地して、コツンと固い音が鳴る。


 「なにかご不満でもあるんですかぁー?」


 私も椅子から立ち上がった。放送席の横の机に置いていた愛用のシャーペン、消しゴムと放送日誌を片し、鞄に戻す。大学へ行ったら、パソコンばかり使うことになるのだろうか。


 「いや、べつにないけどさ。でも、一度くらいは高校のうちに女子と付き合ってみたかったかな」


 瑞樹も荷物を整理しながらそう言った。窓から差し込む夕日が逆光になって、表情は分からない。姿全体が黒っぽくシルエットになっている。


 「大学に行ったら好きなだけ付き合えばいいじゃない。たぶん、高校よりは暇になるでしょ」


 「そうじゃないんだよ。高校のうちに、っていうのが大事なの」


 「じゃあ今から付き合えばいいじゃん」


 「いやいや、受験でしょ。受験期のカップルは男子だけが落ちるって、先輩が言ってた」


 「なにそれ。おかしな話」


 そんな会話をしながら、私たちは放送ブースを出た。ガチャリと、鍵の締まる音がガラス沿いに響く。放送ブースは放送室内に設けられたガラス張りの部屋で、放送席はその中にある。


 いつも、放送が終わると放送ブースからは出るが、だいたいは放送室内で少しだべってから帰る。放送で帰宅を促している放送委員がすぐに帰らないのはなんだかおかしな気もするが、鍵がかかるうえ、完全防音のこの部屋はそうするのにピッタリだった。


 今日も、瑞樹はブースから出ると、放送室内のソファに腰掛けた。いつからあるのか、誰が置いたのか分からないこの緑の古びたソファは、座り心地だけは抜群で、委員からの人気も高かった。


 私も瑞樹の横に座る。体重をかけると、ソファの中にある壊れかけのスプリングがキチキチと音を立てた。


 「ねえ奈菜、奈菜は男女の友情って成立すると思う?」


 ソファに沈み込み脱力していると、瑞樹がそう問うてきた。その質問を女子の私にするのか。若干の気まずい雰囲気が、ソファに染みる。


 「なに?突然。それはするでしょ。してもらわないとそこら中カップルだらけよ」


 返答に時間をかけると意味深長になってしまいそうだったので、手短に返した。


 「奈菜はする派かー。まあ、そんな気はしてたけど」

 

 「どうしてそんな質問?」


 隣の瑞樹を見ると、やっぱり窓の外を見ていた。空は徐々に色彩を強めている。地平線からのオレンジと、空の真ん中からの黒が、溶け合いながら、黒に飲まれてゆく。


 「いや、面白い話を聞いてさ。もし成立しない派の立場をとるなら、彼女が欲しかったら、まず女友達を作った時点で、彼女ができたも同然だ、だからまずは女友達を作れば事は済むって話」


 「友達関係の男女は必ず恋に落ちるからってこと?」


 「そういうこと」


 私は正直に、馬鹿らしいなと思った。本当にそうだったら、世の中はカップルだらけになって、瑞樹みたいに彼女ができないと嘆く男子学生はいなくなる。はずだ。


 友達となれば最後まで友達で、最初に少しでも恋心の糸口があればそれはやがて恋仲に、そうなっていく。そうなっても、それは友情の崩壊とは別の話。私は、ぼんやりとそんなことを思った。この考え方が、私の気持ちの矛盾を解決するのに、一番良い気がした。


 「瑞樹はどっち派なの?」


 私の口からは、自然とその質問が出た。いや、会話の流れ的にも、自然な質問だった。唯一不自然だったのは、やけに早い私の脈拍と、瑞樹が答えるまでの刹那に軽く止まった呼吸くらい。


 「俺は――、俺もする派かな。だって実際、奈菜との関係でしない派の意見は反証されちゃってるようなもんでしょ。だから、男女の友情は成立しないっていう命題は間違い。友達はずっと友達の仲だよ」


 瑞樹の答えを聞いて、どこかほっとした。でも、胸は心臓いっぱいに鉛が詰まったみたいに急に重くなって、ソファのスプリングがキィと悲鳴を上げるのを聞いた気がした。


 「そうよね。よかった」


 この返事も、自然だった。少なくとも、瑞樹からみて自然ならそれでよかった。


 私は、窓の外をみた。オレンジは、空の上からやってきた夜に、潰され始めている。その濃い夕日の中に、カラスたちが羽ばたいて溶けていった。カラスの黒を吸いとってしまったように、夕焼けはどんどん暗くなっていく。


 「暗くならないうちに帰るか」


 瑞樹がソファから立ち上がった。


 「そうね。帰りましょ」


 私も、いつもより跳ね返りの悪いソファから立ち上がった。


 ふたりで放送室から出るとしっかり施錠して、鍵を教員室に返す。こんな時間になっても先生たちは多くが学校に残っていて、まだまだ仕事に追われている。


 「それじゃあ、また明日な」


 「うん。また明日」


 校門で、瑞樹と手を軽く振って別れた。いつもの下校風景だ。


 私も、もう残り僅かになったオレンジに吸い込まれるようにして、家へ帰った。

微妙……という感想が適切な作品かもしれません。

淡い感じにしようと思ったら、私自身の経験が薄すぎて淡い通り越して薄い作品になってしまいました。

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