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【同一世界観・恋愛FT】カフェ・シェラザード

今日から私は、あなたの

「ねえあなた、そんな辛そうな顔をするものじゃなくてよ。とっておきの秘密を教えてあげる。このクローゼットはね、不思議の国への入り口なの。ほら、よく見て。そーっとよ? そこには後板も壁もなくて、妖精たちが住む常若の国への道が開けているわ。風を感じない? この奥から吹いてくるのよ」


 屋敷の使われていない一室。

 鍵のかけられたクローゼットに閉じ込められていた少女は、扉をこじ開けたアレクシスを見上げてそう言ったのだ。


 ときにアレクシス十一歳。自分の身に降り掛かった虐待をそうしてやり過ごそうとしてきたのか、やせ細った顔で微笑んでいた少女イライザは、七歳。

 あなたはいつからそこに。そこまで言って、それ以上言えずに黙り込んだアレクシスに対して、イライザは潰れたしゃがれ声で言った。


 私は大丈夫よ。だからあなた、泣かないで。どこか痛いの? 大丈夫?



 * * * 



 ふんわりと柔らかそうな金髪。紅水晶(ローズクォーツ)のような色合いの、優しげな瞳。

 初めて会ったときよりさらに開いた身長差。十年たった今でも、イライザは首を傾けてアレクシスを見上げている。

 豪奢なシャンデリアに照らし出され、着飾った男女が談笑する夜会の会場。


「帰りましょう」

「そんなに気を回してくれなくても、ひとりで帰れるわ。あなたにはあなたの付き合いがあるのではなくて?」

「もう十分です。同じところに帰るのですから、一緒の馬車に乗ることくらいお許しください。それをあてにして、私の従者は帰してしまっているんです」


 腕を差し出してアレクシスが言うと、イライザは「困った甥だこと」と呟きながら、そっとそこに手を置く。いくつもの目がその繊細な指先に集中したのを感じ、アレクシスは肩越しにちらりと背後を振り返って牽制の視線を向けた。


(このひとは、この期に及んでまだ、自分が注目を浴びていることに全然気づいていない。これ以上、こんな場に置いておけるはずがない)


 まなざしだけで若い貴族たちを黙らせてから、寄り添って会場を後にする。

 正面の大階段を下りて目当ての馬車に向かい、従者には軽く首を振るとアレクシス自らドアに手をかけた。


「どうぞ叔母上」

「ありがとう」


 慇懃な呼びかけに、イライザは唇に上品な笑みを浮かべて応え、馬車に乗り込んだ。アレクシスも後に続く。さほど広さのない車内。並んで座れば肩がぶつかりそうで、アレクシスは体を縮こまらせた。くすっと、イライザが笑い声を上げる。


「今晩もまた、ご令嬢方々、あなたに熱い視線を注いでいたのは気づいているでしょう。そろそろ逃げ切れないのではなくて。いい加減、向き合ってみてはどうなの。結婚。せめて婚約。第二王子殿下」

「臣籍降下の決まった王族で、将来は学者志望とあっては、どこにも旨味がないのが私ですよ。せいぜい物珍しいものを見る目で見ているだけで、本命は皆、別にいるんです。私などより王妹殿下である叔母上の方が」


 勢いで言いかけて、口をつぐむ。

 夢見る少女の横顔は、まるで妖精。イライザは、間もなく十八歳となる。この国での成人年齢であり、婚約者が決まっていれば結婚に踏み切る頃合い。ところが、いまだ決まった相手がいない。

 それだけに、どこに出ても注目の的。それは、自分の比ではないとアレクシスは確信していた。

 自覚がないのは本人ばかり。「私こそ、嫁ぎ先などあるはずもないわ」などと言下に否定してくる。


「『王妹殿下』と呼ばれてはいても、王家と血縁関係に無いのは皆が知るところよ。早くに両親を亡くして、後見人も役目を果たさなかったから、陛下が引き取ってくださっただけ。その一件で父方の親戚関係は没落していて、外聞も悪いこと。十八歳になったら、王宮から下がらせて頂くわ。後見人に使い潰されなかった分の遺産は王室に管理して頂いているから、私一人生きていくだけならなんとでもなるはず」


 イライザはそこで、話しすぎたとばかりに、そっと吐息する。その横顔を見つめていたアレクシスは、無言で顔を背けた。見すぎだ、と自覚したせいだ。そうして意識して見ないようにしなければ、永遠に見てしまう。


 好きなのだ、どうしようもなく。

 血の繋がりのない、年下の叔母のことが。


 イライザの抱える事情は少々、込み入っている。早くに実の母を亡くし、その後父が再婚。相手が現王の妹姫だった。

 しかし間もなく両親が事故で揃って急死。父方の伯母夫婦が後見人となったが、実態はひどいものだった。イライザの弱い立場につけこみ、管理すべき財産を専有し、本人のことはひどく虐げていたのだ。


 葬儀を終えて落ち着いた頃合いを見図り、国王の名代として第二王子のアレクシスが尋ねていったその日、イライザは姿を見せなかった。着飾った伯母夫婦は、アレクシスを丁重に迎えて自分の娘を紹介してきた。その対応に不審なものを感じ、アレクシスは徹底的な家探しに踏み切った。


 イライザを見つけたのは、使われていない部屋のクローゼットの中だった。

 ひと目見て、まともな扱いを受けていないのは明白で、アレクシスは言葉を失った。

 そのとき、まだたった七歳だったイライザは、無言になったアレクシスを気にかけて、かぼそい声で言ってきたのだ。泣かないで、と。微笑みを浮かべながら。


 アレクシスは、後見人たちの弁明もはねのけ、イライザを王宮へと連れ帰った。

 痩せ細り、弱りきったイライザを目にした国王は、激怒した。そして、イライザを王宮に迎え「妹」の身分を与えると宣言した。王位継承権こそないが、亡き妹が保有していた権利を譲り渡し、成人になるまで公私ともにすべての面においてその立場を保証する、と。


 その日から、アレクシスとイライザは甥と叔母になった。ともに王宮住まいで、年齢的にもさほど離れていない。顔を合わせる機会も多く、会えば会話が弾む。

 始めこそ、アレクシスは「自分が連れ帰った相手だから」という責任感で彼女と接しているつもりだった。

 惹かれていると自覚したのはいつのことだったか。


 くぐり抜けてきた辛い境遇をものともせず、イライザは春風のように穏やかにアレクシスを見つめ、微笑む。

 その笑顔が他の相手、ことに男性に向けられていると無性に苛立つ。その理由に思い当たったときに、もはや認めざるを得なかった。

 それは身を焦がすほどの、嫉妬。

 自分は、この少女を誰にも渡したくないのだ、と。

 

 その激しい思いが、かろうじてアレクシスの身の内にとどまり、周囲を焼き尽くすほど延焼することがないのは、ひとえに「叔母と甥」の一線を二人で守り続けているがゆえ。

 その関係性が失われつつ新たなものへと変わる瞬間を、アレクシスは恐れながらも待ち望んでいる。


 * * *


 その瞳、黒瑪瑙(ブラックオニキス)の如く。

 かつて初めて(まみ)えたとき、宝玉のように澄んだ瞳をした少年だと、イライザは子ども心に思った。

 その印象のままに、アレクシスはいまや豊かな黒髪に黒瞳の、見目麗しい青年へと成長を遂げた。


 二十二歳。未婚。婚約者なし。

 王位は兄王子が継ぐものと、いたって自由な暮らしぶり。寄宿学校を経て大学へ進学。社交の場にはそれなりに顔を出しているものの、政治よりも学問の世界、もしくは実業家として生きていくつもりらしいと(もっぱ)らの噂。

 女性には優しいが、特定の相手の名前が人の口に上ることもない。


 ――よほどうまく後腐れない相手と付き合っているのか、それとも誰とも深い仲にはならないのか。


(火のないところに煙を立てようと言わんばかりに……。他人の色恋沙汰など、放っておけないものかしら)


 時折耳に届く憶測話に、イライザはひそかに苛立ちを覚えている。

 血の繋がらない、年上の甥であるアレクシスの女性関係など、イライザの知るところではない。二人の間で話題にしたこともないのだ、恋など。

 もっともイライザがその件に触れないのは、単に話すような目新しいことが自分に何も無いせいでもあった。

 そもそも、イライザは自分がモテないことをひしひしと感じている。


 イライザが王家に迎えられた事情が事情だけに「下手にイライザを粗末に扱えば、国王の逆鱗に触れる」として知られているのだ。

 たとえば、家に迎え入れて嫁姑問題を始めとした人間関係のトラブルがあったら。

 あるいは、夫になった相手が旧来の貴族の遊び感覚で浮気に耽り、イライザを(ないがし)ろになどしたら。

 かつて幼いイライザを食い物にした後見人たちが、王自らによって厳しく処されたことからも明らかなように。どんな断罪があることか、わかったものではない。


 であるならば、「王妹」などという肩書に惑わされることなく、手を出さぬが賢明である。

 大方の貴族たちはその考えのもと、イライザを腫れ物として扱っている節がある。

 イライザ本人としても、その対応に異を唱えるつもりもない。

 結局のところ、持て余される存在なのは昔も今も変わらないのだ。クローゼットの中に押し込まれ、絶食させられていないだけ、扱いには天と地の開きはあるが。

 このまま今の幸運に感謝し、多くを望まず細々と生きていこう。

 そう心を決めていたイライザに、ある日よもやの求婚者が現れた。


 * * *


 そのひとは王宮勤めの文官のひとりだった。

 名はハルダード。異国の血の流れるのがひと目でわかる容貌。褐色の肌に、彫りの深い顔立ちをしており、睫毛の長さが男性らしい精悍さに華を添えていた。


「私ごときが恐れ多いかと思いましたが、王妹殿下は近々王宮を出られるとの噂を耳にしました。お一人で暮らされるといっても、当然ひとを雇い入れるでしょうが、女主人の家と周囲に知られているとあっては誰につけこまれるとも知れません。その点、当家は現在私の父が商会経営で手広く事業を展開しており、人の出入りがにぎやかな分、屋敷の警備にも力を入れております。私もいずれ王宮での職を辞して事業を引き継ぐ所存ですので、もし殿下が王室と距離を置く為に自立されるというのなら、その点でもうってつけではないかと。ぜひ生涯に渡る伴侶として、お考え頂けないでしょうか」


 胸に手をあて、愛想の良い笑みを浮かべて、およそ非の打ち所のない求婚を、白昼堂々王宮の中庭にて。

 イライザは「とても素敵な提案です。考えさせてください」と完璧な淑女の対応を持って、返事を先送りにした。

 ハルダードは鷹揚に頷き「もちろん、急ぎません。良い返事をお待ちしています」と抜かり無く釘をさしてきた。

 念の為イライザはハルダードの上官に確認を入れた。すでに話は上官のさらに上、国王まで通っているという返答があり、それが思いつきやいきあたりばったりの求婚ではないことが知れた。


 なお、目撃者は多数。

 噂はまたたく間に王宮中を駆け巡った。

 どのくらい目覚ましい速さであったのか。

 その日の夜には、イライザの保護者を自認している節のあるアレクシスが、イライザに面会を申し入れてくるほどであった。部屋まで押しかけてきたのを従僕に止められていたが、ドアの向こうで「できればいますぐ、無理でもなるべく早く」と訴えかける声が響いていた。

 イライザは寝支度を終えていたこともあり、「明日の午後に、お茶会を」とひとまずドア越しに伝えた。

 わかった、と答えた声には動揺が滲んでいて、イライザもつられて激しく動揺した。


(独り者同士でここまできて、まさか私に先を越されるだなんてアレクは思ってもいなかったでしょう。でも良い機会かもしれないわ。アレクはモテるのに、私の保護者気取りで、甥と叔母というより父親と娘みたいだったもの。これを機に少し距離を置くべきなのだわ。それがアレクのためにもなるはず)


 ふわふわの金髪に、闇雲にブラシをあてながら、イライザは自分自身にそう言い聞かせる。私も甥離れしなきゃ、と。

 思い出すのは出会ってからこれまでの、アレクシスの様々な言動。ともに過ごした時間。お茶会で一緒にお菓子をつまみ、夜会に連れ立ってでかけ、お忍びで城下のカフェにつれていってもらった。どこに行く時も、アレクシスのエスコートは完璧だった。

 頭の中がアレクシスでいっぱいで、他のことが全然考えられなくて、思いの膨大さに窒息しかける。

 クローゼットの中に折りたたまれてしまい込まれていたイライザを見つけたその日から、アレクシスはどんな時もイライザの味方だった。

 数え切れないほどの彼の笑みを思い浮かべて、イライザはこのときようやく、今まで向き合うのを避けてきた現実を直視することに決める。


 すなわち、アレクシスが今に至るまで結婚も婚約も出来ていない原因は、自分にあるのではないかと。

 独身ながらすでに連れ子がいるような振る舞い、うまく縁談がまとまらないのもなんら不思議ではない。むしろ当然。

 自覚してしまえば、もはや自分の存在はアレクシスにとってお荷物以外の何物でもない。可及的速やかに、身を引かねば。

 その行き着く先はひとつの結論。


 この縁談、悩んでいる場合ではない。受けねば、と。

 アレクシスを自分から解放しなければならない、その一心で。


 * * *


「お時間を割いて頂き感謝申し上げます、叔母上。昨日は取り乱して申し訳ありませんでした。一晩頭を冷やした上で関係各所に根回しを。つまり、父上に話をする時間も頂けたことで、だいぶ落ち着きました」


 翌日。


 奥宮の廊下の一角。

 ドーム型の天井の下、床から壁一面の窓が半円を描いて庭にせりだしたそこには、ソファやテーブルが置かれており、気軽な歓談のスペースが設けられている。イライザとアレクシスはソファに並んで座り、体を傾けて向かい合っていた。

 気軽とはいえ、王族たちの私的空間であるだけに、利用する者はきわめて限られている。廊下を行き交う者さえ、滅多にいない。二人それぞれに付き従ってきた侍女や従僕が控えているくらいであるが、それもお茶の準備が整ったところでアレクシスたっての願いで退去を促され、今は二人だけ。

 いつになく麗々しく完璧な笑みを湛えたアレクシスは、完全に辺りから人の気配がなくなったところで、イライザにそう切り出してきた。


(根回し?)


 奇妙なことを言われた気がしたが、イライザは落ち着き払った態度を崩さぬよう注意を払い、アレクシスを見上げる。


「こちらこそ、いつもありがとう。思えば、初めて会ってからもう十年。私はあなたに頼り切って生きてきてしまいました。今日まで本当に、お世話になりました。あなたの親愛と友情にはいくら感謝してもしきれません」


 居住まいを正し、アレクシスの黒瑪瑙(ブラックオニキス)の瞳を見つめて告げた。

 アレクシスもまた、背筋を伸ばしてイライザをまっすぐに見つめると、唇に微笑を浮かべた。


「それでは、まるで別れの挨拶ですよ、叔母上」

「ええ。私は縁談を前向きに考えています。あなたに関しては、私の都合でずっと縛り続けてきてしまい、申し訳なく」

「なるほど。つまり叔母上は、ここで(てい)よく私を捨てることに思い至ったわけですか」


 イライザは眉をひそめた。アレクシスらしくない、意地悪で露悪的な物言い。どことなく追い詰められるような感覚があって、寂寥感に胸を痛めながらも、イライザはきっぱりと言い切った。


「私があなたを捨てることなどありえません。捨てるのはあなたです。私のことなどさっさと手放してしまってください」

「嫌です」

「どうして」


 即座に言い返され、イライザは思わず前のめりになりかけた。嫌、などと。子どものように。

 苛立ちを見透かしたように、アレクシスは笑顔で続けた。


「『それがあなたの為』だなんて、言わないでくださいね、叔母上。何が私のためになるかは、私自身が判断します。たとえ叔母上とはいえ、私にご自身のお考えを押し付けられるとは思わないように」


 今日のアレクシスはとことん、ひねくれている。そう(ひる)みかけて、思い直す。


(アレクはもともと、こういう強情な性格なのだわ。譲らないときは何人にも譲らない。納得しないことには徹底抗戦。その強靭な意志が私をあの環境から救い出し、いまの身分を保証した。この芯の強さに、私は守られてきた)


 甥離れなどと安易に考えてしまった自分を恥じる。やはり彼はイライザにとって頼りにしてきた相手であり、イライザが自立するにあたっては越えなければならない壁なのだ。

 わかったわアレク、とイライザは膝の上で揃えた手を拳として握りしめる。

 負けてなどいられない。こんな素敵な彼だからこそ、自分から解放してあげなければ。なんとしてでも。


「あなたと私は本来、血の繋がりもなにもない、他人です。甥と叔母ではありません。今こそ私は、その関係を解消すべきだと思っています」

「……良いんですか、それで」

「ええ。もとより、私の身分が『王妹』として保証されるのは、成人して自立するまでの間だったはず。そのときはもうすぐ目の前まで迫っています。あなたは臣籍降下して王室を離れて生きていくと言いますが、私も王宮を出ます。だからアレクはもう、私を気にする必要はないの。自由よ」


 不意に、アレクシスは天窓をあおぐような仕草をした。「自由……」とひそやかに呟いてから、熱っぽい息を吐きだす。


「もう甥と叔母ではないと……、あなたがそれを認めてくれると言うのなら。俺もまた、今こそ手放しましょう。これまですがってきた繋がりと、枷を」

「すがってきた?」


 少し、口調が崩れた。慇懃さが薄れて、普段のアレクシスの青年らしい一面がのぞく。つられたようにイライザは何気なく聞き返してしまった。

 アレクシスは瞳を輝かせて、イライザを見つめてきた。目が合ったその瞬間、得も言われぬ感覚に息を止められる。射すくめるような獰猛さと、溢れ出る奔流のような感情の渦。その強さ。


「子どもの頃からの付き合いです。『いつから』などと問うことは勘弁願いたいのですが。いま振り返れば、出会ってからこの方、どの瞬間のあなたももちろん愛しい。ですが、俺が好きなのは今目の前にいるあなたです。そこは誤解なきよう」

「アレク? いったい、何を言い出したの」

「何をと言われれば愛の告白ですよ。他の何に聞こえていますか? 叔母上……、いえイライザ様には」

「私に? どうして? 何があってそうなったの? 私、いま求婚されているのよ。あなたではないひとに。知っているでしょ?」

「受けてはいないんですよね? なぜ即答を避けたんですか? 俺に時間を作るためですよね? そう解釈しましたよ。俺はあなたが好きですが、あなたも俺が好きだ。異論ありますか?」


 イライザの視線の先で、アレクシスはきっぱりと言い切った。

 青年らしい明るさと陰りを帯びた優美な顔は、徐々に赤く染まっていく。それで、これが彼にとっても何か平常ではいられない発言なのだと、イライザも理解するに至った。言葉はなかなか出てこない。

 いよいよ切なげに目を細めて、アレクシスは呻きながら掠れた声で言った。


「ずっと好きなんです、あなただけを。これまでも、この先もずっと。俺が王家を離れてしまえばと準備を進めてきたのに、あなたまで出ていくと言うし、そこにつけこまれて俺以外の男に求婚までされて。今までどれだけ俺が虫を払ってきたか。あなたは気づいてもいないようでしたが」

「虫……、ハルダードさんはご無事なのかしら」

「今はまだ」


 苦渋に満ちた表情で告げられ、イライザは呆気にとられたまま動きを止めていたが。

 やがて、ゆっくりとその顔に微笑を広げ、腕を伸ばしてアレクシスの手に手を重ねた。


 ――あなたはいつからそこに。


 かつて狭い場所に閉じ込められていたイライザに、アレクシスはそう問いかけた。イライザには答えられなかった。わかっているのは彼と出会った「その日から」自分の人生が彩りを取り戻したこと。

 そしていま。

 甥と叔母。二人で大切に握りしめてきた関係を手放そうとしている。この日から始める日々のために。

 イライザはアレクシスの顔を見上げて、口を開く。


「今日から私は、あなたの」


 腕を伸ばしてイライザを抱きしめたアレクシスは、その先を奪うように耳元で告げた。

 俺の恋人でいてください、これから先もずっと、と。










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 (๑•̀ㅂ•́)و✧

 

 こちらの作品は単独の短編として書いていますが、アレクシスとイライザは別作品「失恋伯爵の婚活事情」にも登場しています。興味を持ってくださった方は、そちらもあわせてお読み頂けると嬉しいです。(この短編は「失恋伯爵~」より、時間的に少し後を想定しています)


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2022.3.18 20:20追記


この二人の行く末がもう少し書きたくなり、ムーンライトノベルズに続きを書いています。18歳以上で興味をもってくださった方はそちらもあわせてどうぞ。(作者名検索など)

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