ゆっくりと歩いて去ってゆく
彼に右腕を掴まれた少女は、流石に足を止めていた。
それでも彼女は、表情ひとつ変えない。
「なっ・・・!」
そこで男は、詰まりながらも動揺の声を上げた。
(この女、本当に平気なのか・・・?)
それは何故かというと、この男は腕力には自身があったからなのである。
そして今まで彼は、喧嘩では負けことがなかった。
そんな屈強な男が、少女の細腕を加減なしに掴んだ筈なのだが・・・。
勿論、彼は少女が叫び声をあげるものと思っていた。
その様になるのを、男は楽しみにもしていたのである。
しかし彼女は平然と澄ました顔をしていて、この男に目を合わせようともしない。
側にいるもう一人の男も、彼女が常人で無いことを感じ取り冷や汗を垂らしていた。
「うおっ!」
再び男達は、驚きの声を挙げた。
今まで、まるで彼らを無視をしている感じだったマトは、急に男の方に顔を振り向いたのだ。
そして男達は恐怖の為、思わず後ずさりをしそうになった。
何故なら、その少女の眼は全てを飲み込まんとする位の深さが、存在していたからなのである。
===== 一瞬 男達の 目の前が真っ暗になった =====
そして次の瞬間、強烈な衝撃が、彼等を襲った・・・。
「・・・・ひ・・!」
その男は余りの驚愕で、痛みを感じる余裕もなかったのであった。
それは、ゴロンと転がっていた。
彼女の右腕を強く掴んでいたそれは、彼の足下に落ちている・・・。
それを見ても、男は何もできずに全身は硬直していた。
「お、おい・・・。」
もう一人の男も、目の前の事に何をして良いのか分からなかった。
===== しかし =====
実は、もう一人の男にも、重大な異変は起こっていた・・・。
「う・・・く・・・!」
もう一人の男の足下に、パラパラと紅い液体がバラ撒かれた。
その液体は、もう一人の男の喉笛から発生していた。
「か・・・・。」
もう一人の男は、意識を失い身体を崩れ落とした。
そして彼の側には、右腕を失い悶絶し、藻掻きながら転げ回っている男がいる。
まさに地獄絵図とは、この事であろう・・・。
~~~~~~ しばらく 時が流れた気がする ~~~~~~
「う・・・。」
「大丈夫か・・?」
その男が目を冷ますと、彼の相方が顔を覗き込んでいた。
「あ・・? あれ・・・?」
一端正気を戻したはずの彼は、目の前の状況が信じられなかったのある。
「お・・・、お前右腕は・・!?」
すぐさま男は、相方の安否を気遣った。
「あ、ああ・・、ついているよ。」
相受け答えをすると、彼は心配なといわんばかりに肩を張った。
(あれれ・・・。)
先程右腕を切り落とされたはずの男は、何故かシッカリと右腕がついている。
「おまえこそ・・。」
相方は彼の喉元を、見つめていた。
「えっ!?」
(本当だ・・・。)
男は、自分自身の喉をさすっていた。
先程、彼も喉笛を引き裂かれたはずなのに、全く喉に傷は無かった。
(こ、これは一体・・・。)
危機を脱したのかどうなのか、二人の男は、その場にへたり込んだ。
(ああ・・・。)
そして道の向こうを、ゆっくりと歩いて去ってゆく、少女の背中を見送るのであった。
===== 場面は変わり 村を見下ろす由太郎 =====
(やはり行こう・・・。)
迷っていた由太郎は、村に帰る決心をした。
彼は村を見下ろして、人通りを確認した。
村人は疎らに見え、いつも通りの農作業をしていた。
もう何も、躊躇する事はあるまい・・・。
そのまま彼は、山から麓に降りていった。
それほどではないはずなのだが、由太朗は永いこと村を離れていた様な気分がした。
というか、ここで居ることに違和感を感じていた。
そして彼は奇妙な空気を、自分の肌に浸透させていた。
その感覚は、極めて正しかった。
「由太郎・・・、お前・・・。」
農作業をしていた知り合いの親父が、驚いた顔で由太朗をみていた。
しかしすぐさま、彼は気を取り直していた様子だった。
「帰ってきたのか、由太朗。」
気遣ってくれているのか由太朗は、それが精一杯の言葉に聞こえた。
「うん・・・。」
そこで、由太郎は気づいた。
これ以上、この人と話をすべきではないと・・・
この親父は村人の中でも、かなり由太郎に対して優しく接していた方だった。
それ故に、彼は思ったのである。
===== この人を傷つけたくない・・・ =====
自分でも理屈は語れないが、由太郎の本能が、そう言ったのである。
そして、それが正しかった事が、後に判明するのであるが・・・・




