彼は幸せだった
「頭領?」
とても不思議そうに首を傾げ、マトは老人を見つめていた。
そこで目を瞑っていた老人は、再び視界を開けた。
「マト・・・。」
「うん?」
長老にとって、幼い頃から育ててきた彼女は、孫も同然の存在だった。
だから長老は、マトを大切にしていおり、案じてもいる。
そしてマトも頭領である老人に対して、遠慮のある態度を取ったりはしない。
「待てば鴉丸や、つばめ、が戻ってくるぞ。
本当に良いのか?」
「うん・・・。」
老人は、まだ少女を引き止めたい気持ちはあったのだ。
それで彼女の気持ちが、揺らぐ様子はない。
「どうしても行きたいか?」
頭領は念を押した。
「うん!」
彼女はハッキリと、力強い返事をした。
どうやらマトの決心は、非常に強いものの様である。
そこで長老は、再び目を瞑った。
その様は、少女の強い気持ちを認めている、と見えた。
そして老人は、黒く小さな入れ物を彼女に差し出した。
「これは?」
それが何なのか全く分からずに、少女は首を傾げた。
「これは生き物を溶かす液体じゃ。
扱いには気をつけるのじゃぞ。」
ゆっくりした口調で頭領に言われ、彼女はその意図を察した。
長老は切り札として、それを渡したのだ。
だからマトは何も言わずに、その液体の入れ物を受け取った。
「もう、行くから。」
彼女は老人に背を向けて、旅立ったのであった。
===== ところは変わり そこに由太朗は居た =====
このとき由太郎は、遠目で集落を眺めていた。
自分が家出してから、どれほどの日にちが経っているのだろうか・・・。
そこで彼は自分自身の気持ちを、落ち着かせるために目を瞑った。
すると脳裏に母親の顔が浮かんできた、そして次には少女の顔が浮かんできた。
由太朗は回想していた。
彼は幼い頃、村の子供達から虐められてきた。
そして周りの大人達も、由太朗に対しては冷たい目で見てきた。
それでも彼は幸せだった。
それは彼の心を支える人物が、2人いたからであった。
その一人である由太郎の母は、彼を大切に育てた。
ある時に近所のモノを盗んだ、という言いがかりを村人につけられたときも、母は全力で由太郎を庇った。
しかし、そんな母を置いて、何故に由太郎は村を出ていたのか。
実際、彼は母を見捨てたつもりは無いのである。
そして、その辺りは、彼も曖昧な記憶であった。
・・・まだ村に帰るという、踏ん切りがつかない。
依然として彼は、山から村を眺めていた。
(菜々子・・・・。)
そこでポツリと、由太郎は呟いたのであった。




