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イギョウ  作者: らすく
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イギョウ

 燃え盛る炎の中、二人は別れを惜しんでいた。

 「おっかあ、どうして・・・?」

 由太郎は自分に取っての母、サメを抱いていた。

 本気でサメは、由太郎を殺そうとしていた。

 それが由太郎には、全く理解ができないのだ。

 「お前と死ぬつもりだった・・・・。」

 その彼女の言葉で、由太郎は気づいたのである。

 やはりサメは、彼を息子として愛していたのだ。

 この由太郎は村を追われて、放浪の身となっていた。

 サメには、わかっていた。

 恐らく由太郎が身を寄せて、幸せになる場所などないということを・・・。

 だからこそ彼女は、由太郎の行く末を案じていた。

 サメは由太郎と、心中するつもりだったのだ。

 しかし彼女は由太郎と刃を交える間に、気持ちは変化したのである。

 「ゆ・・・、由太郎、生きろ・・・。」

 そう、サメは由太郎が生きる事を望んだのだ。

 母の本能が、子供の死を選ぶはずなどなかった。

 たとえ、血が繋がっていなかっとしても・・・。

 もう別れの時が来た。

 「・・・・・。」

 サメは死んだ。

 「おっかあ・・・。」

 サメの気持ちを理解し、由太郎は受け止めていた。

 そして彼は、逃げないことにした。

 自分が菜々子を殺したという、破滅的な事実から。

 由太郎は目を瞑った。


 真夜中に悲鳴が響き渡る。

 しかしそれは一瞬の出来事であった。

 彼は全身から黄色い汗を吹き出し、赤い涙を流していた。

 何者の声とも遠吠えともとれるものが、辺りに響き渡った。

 勿論、家の人間は目を覚まし、そしてすぐに駆けつけた。

 しかしそこにあったのは、惨たらしく引き裂かれた肢体だった。

 もはや元の形をとどめて居ない。

 かろうじて衣服の柄から、誰なのか判別がついた。

 奈々子だ・・・・。

 駆け付けた家族を始めとした者たちは、分かっていた。

 娘を殺害した犯人が誰であるのかを・・・・。

 それは無論、イギョウ・・・・。

 人の心に獣の本能が混ざる存在・・・・。

 そして奈々子を殺したのは、彼女の拒絶に対しての獣の本能・・・・。

 殺したのはイギョウ・・・・。

 由太郎の中のイギョウ・・・・。

 由太郎は悲しんだ・・・、奈々子がイギョウに殺されたことを・・・・。

 そして自分の手で、奈々子を殺したことを・・・・。


 もう涙は止まっていた。

 彼は自分自身の存在を認めた。

 自分は生きるべきである、と。

 自分はイギョウ、イギョウは自分・・・。

 イギョウを否定する事は、自分自身を否定するという事だという結論に、由太郎は達したのだ。

 気配を感じた。

 迷う事もなく、彼は障子を開けた。

 燃え盛る炎・・・、その中に求めている人物はいた。

 「・・・・・。」

 「・・・・・。」

 彼らは対面した。

 しかし二人の間に言葉は無かった。

 その老人の表情は、とても満足げであった。

 恐らく自分の息子が、凱旋した事に対しての純粋な喜びだったろうか・・・。

 それとも自分の研究の成果が表れた事への、確認ができた喜びなのだろうか・・・。

 いずれにしても頭領はイギョウに対しては、好意を持っているのは間違いない。

 由太郎にとって詳しい事は、それほど重要ではなかった。

 ただ自分にとっての父が、この様な表情で迎えてくれたことに、ある意味感謝の心が芽生えてきたのである。

 それは不思議な気持ちだった。

 本来は忌み嫌われる存在に自分を仕立て上げた張本人、憎むべき相手なのである。

 しかしその憎しみの感情は、もはや薄れた。

 それどころか由太郎は、自分の心の内が絶望から希望に変わりつつあるのを肌で感じていた。

 そして老人は由太郎を見つめ、コクッと少しだけ頷いた。

 そんな頭領を、由太郎はジッと見つめていた。

 勿論そこには、敵対的な視線はない。

 「・・・・・。」

 「・・・・・。」

 会見はお互いに、無言のままに終わった。

 そして由太郎は忍びの里を後にしたのだ。

 里は炎と軍勢に滅ぼされてゆく・・・。

 彼の力をもってすれば、この大名の軍勢を思われる集団に抵抗できたであろう。

 しかし由太郎は、そうはしなかった。

 彼は忍びの里の人間では無いのだ。

 頭領の実験体であり、人とは認識されていなかったのだ。

 だから由太郎には、この忍びの里に関わる義理などない。

 自分に取って母のサメがいなくなった今、彼を縛り付けるものなど最早存在しない。

 由太郎は自由なのだ。

 彼は当てもなく歩き始めた。

 その醜い姿のまま・・・・。

 彼にとって安住の場所はあるのであろうか・・・・。

 しかし、それを我々が案ずる事は、由太郎に取って余計なお世話なのかもしれない・・・・。


 少女は目を覚ました。

 (・・・・・・・。)

 彼女は慌てて、自分自身の顔・身体に触れた。

 勿論、本物である。

 マトは生きている。

 あの全てを溶かすという液体を飲んで、彼女は死ななかったのだ。

 「どうして・・・・。」

 意を決して液体を飲んだマトは、その結果にショックを受けていた。

 特に後遺症はないように思える。

 ひょっとして頭領は最初から、全てを溶かす薬品などと言うものを、マトに渡していなかったのかも知れない。

 少女は強かった。

 乱れた衣服を整えたマトは、しっかりと地面を踏み立ち上がった。

 彼女は感じていた。

 自分の身体の内から漲る、無制限ともとれるエネルギーを・・・・・。

 太陽の光は母の様に、マトを優しく照らしていた。

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